今月のベスト・ブック
『マリアを運べ』
睦月準也 著
早川書房
定価 1,980円(税込)
今月のベストは山田裕樹『文芸編集者、作家と闘う』(光文社)で決まり──これがノンフィクションじゃなかったらね。著者は元集英社の文芸編集者で、筒井康隆、小林信彦といった巨匠を皮切りに北方謙三や森瑤子、佐藤正午のデビューに立ち会うなど、錚々たる面々を担当してきた伝説のお方。
1970年代後半、いきなり文庫創刊の渦中に放り込まれてから40年余、当初は編集のへの字もわきまえなかった著者であったが、様々な先輩や同僚、そして作家たちと切磋琢磨しながら逢坂剛や船戸与一、夢枕獏らの名作を生み出していった過程が赤裸々なエピソードとともに描かれていくのだ。面白くないわけがない。と同時に、どうやったらより良い作品にできるか、著者がこれほどまで真摯に取り組んできたとは知らなかった。まさにエンタメ文芸編集者の鑑である。まずは文芸編集志望者必読の1冊といっておく。
というところで、今月のベストミステリー選びに移ると、山田氏は1980年代の冒険ハードボイルド小説界の影の牽引者であったが、今月の1発目もハードボイルド。金城一紀『友が、消えた』(KADOKAWA)は13年ぶりの書き下ろし最新作で、『レヴォリューションNo.3』に始まる「ザ・ゾンビーズ・シリーズ」の続篇だ。殺しても死にそうにない落ちこぼれ高校生・南方とその仲間たち──ザ・ゾンビーズは卒業とともに解散、1人大学に進学した南方だったが、物足りない日々を送っていた。そんな11月のある日、同級生の結城から友達の北澤とその家族の行方を捜してほしいという依頼を受ける。北澤は高校までは真面目でおとなしかったが、大学に入って女性関係が乱れ、犯罪まがいのことまでしているらしい。大麻にも手を出しており、シリアスなトラブルに巻き込まれていると思われた。南方は彼の所属していた学内最大のサークルESSCの先輩・志田篤と会うべく神谷町の彼のマンションへ赴くが、そこで暴漢の襲撃にあう……。
筋立てはシンプルだ。程なく事件の鍵は、ESSCのカリスマ志田が握っているらしいことがわかってくるし、ESSCが四半世紀前、話題になった早稲田大学のイベントサークル、スーパーフリーをモデルにしているらしいこともわかってくる。次第に暴力団も絡んだトラブルの影が見えてくるのである。
南方は志田に踊らされ、力ずくで事に当たらざるを得なくなるが、目標を見失ったかのようだった南方が次第に再燃していくありさまは魅力的。腕力に頼らざるを得ない局面の描き方は、ロバート・B・パーカーの探偵スペンサーを髣髴させるし、その点古典的な正統派ハードボイルドの読み応えありだ。脇役もいい。ライバル役の志田を始め、トレーナーのランボー吉田、ファイターJKのりつなど、個性が際立っている。
シリーズ再開に幸あれ!
続いて取り上げる長篇も海外ハードボイルドの名作を髣髴させる快作だ。第14回アガサ・クリスティー賞の大賞受賞作、睦月準也『マリアを運べ』(早川書房)である。
こちらのモデルはギャビン・ライアル『深夜プラス1』。元情報部員ルイス・ケインが実業家とその秘書をフランスのブルターニュからリヒテンシュタインまで陸路運ぶ話。
一方『マリアを運べ』の方はというと、まず運び屋が17歳の無免許の娘。育ての親が運び屋でその跡を継いで運び屋をやっているという設定で、物語はこちらもシンプルだ。
運び屋の風子の新たな依頼は、東亜理科大医生物学研究所の研究員・志麻百合子が持ち出した開発中の医薬品と研究データを彼女とともに新宿から長野県の諏訪まで運ぶことだった。中央自動車道を西に進むだけの簡単な仕事のように思われたが、走り始めて間もなく尾行が付いた。風子はだが、下道に降り、山道に入ってまくことに成功する。彼女は1度通った道を映像として記憶していたのだ。
その後足を痛めていた志麻の治療のため、湯河原の闇の診療所に寄り、改めて諏訪へ向かおうとするものの、そこで2台の車に襲われる。持ち前の運転技術を駆使して、からくも窮地を脱した風子は知り合いの殺し屋・仁滉一郎を呼び出し、護衛を依頼。一行は足柄サービスエリアで武器を調達するが、事務所からの電話に呼び出された富士川サービスエリアで風子が男たちに拉致されてしまう。
『深夜プラス1』と違い、こちらは運び屋も依頼人も女性であるが、一見単純な仕事のようで、実は依頼人が追われていたり、運ぶ道中に様々な邪魔が入るという大筋は一緒だ。
『深夜プラス1』のルイス・ケインがそこで雇うガンマンはアルコール依存症だったりするが、本書の仁はプロに徹した男で、荒事にも真っ向から立ち向かう。
もっとも風子たちはトラブルに見舞われるたびに、諏訪とは反対方向に逆走を余儀なくされる。当初は余裕があったタイムリミットまでどんどん迫ってくる。筋立てがシンプルなだけに、そこをどうカバーして面白く読ませるかが作者の腕の見せどころだが、世界を根底から覆しかねない“マリア”というお宝の造形にしろ、ヤクザを始め、立ちふさがる敵方の設定にしろ、著者が様々な趣向で読ませる力量の持主であるのは間違いない。
冒険ハードボイルド系の劣勢が続く昨今、心強い新人の登場に拍手。今月のBMもこれにて決定だ。