今月のベスト・ブック

装幀=國枝達也

『革命の血』
柏木伸介 著
小学館
定価 2,200円(税込)

 

 ライブを見に行くのはハロプロなのに、曲に惹かれるのは坂道グループ系が多いのは、何故か。マニア向けと一般向けの違いか、くらいにしか考えたことがない音楽センスの乏しい小生である。ましてやクラシックの世界となるとチンプンカンプンなのだが、そんな男にも衝撃的だったのが、年末に出た逸木裕『四重奏』(光文社)である。

 冒頭、鵜崎顕という伝説のチェリストが登場、オーディションに来た女性にクラシック音楽の特性はオリジナリティが必要ないことだ、クラシック音楽に個性はいらない、必要なのはテクニックと演技力、演奏は模倣しろ等々、極論を並べてみせる。彼にいわせれば「人間は難しいことなど何ひとつ理解できない(中略)抽象から理解できる具象のみを取り出し、手前勝手に解釈をしているだけだ」。

 もちろんこれはクラシックに限らず、小説にもいえることで、いきなり頭をガツンと一発やられた感じ。物語は漫画喫茶でバイトしながら楽団に参加しているチェリストの坂下英紀が同じチェリストの黛由佳が亡くなったことを知るところから始まる。坂下は7年前、居酒屋で彼女の自由奔放な演奏を目の当たりにし魅了される。2人はやがて交際を始め、遊びがないといわれた坂下の演奏にもゆとりが出てくるが、由佳が自分の型を押し付ける鵜崎の四重奏団で活動を始めたことがきっかけで疎遠になっていた。その由佳が、放火に巻き込まれて亡くなった。放火犯はすぐにつかまったが、彼女は何故自分のスタイルとは正反対の四重奏団に傾倒したのか。そして死の真相は。坂下は自ら鵜崎四重奏団のオーディションを受け、それを探ろうとする。

 まず著者のクラシックの知識、教養の豊かさが半端ない。曲名、音楽家名がバンバン出てくるが、どれもこれも著者が熟知している重みがある。演奏描写もまた然り。一音一音まで配慮の行き届いたような細やかな描写は凄いの一言だ。ミステリーとしては、警察が出てこない点にご注目。放火事件それ自体はすでに片付いているのである。問題はそこで由佳が取った行動の謎にあり、というわけで、謎解き自体のインパクトは強烈なものではないものの、伏線回収も決まって、見事なエンディングを呈している。

 前述したように、鵜崎顕の極論はクラシックのみならず、芸術全般にいえることで、もちろんその中にはミステリー小説も入る。小生の“解釈”も都合のいい“錯覚”に過ぎないのかもしれないけれども、本書が第一級の音楽ミステリー、芸術ミステリーであることは間違いない。

 今月の2冊目は柏木伸介『革命の血』(小学館)。つい最近、半世紀近く逃亡を続けていた極左暴力集団のメンバーが身柄確保されたことが話題になったが、本書も元号が平成から令和へと変わる数日前、神奈川県警の元公安刑事・吾妻仁志が爆殺されるところから幕を開ける。爆弾から、彼が長年追っていた日本反帝国主義革命軍(日反)幹部“悪魔のマシュマロ”こと舛田邦麿が関わっている疑いが出てくる。30年間沈黙していたマシュマロが今また何故活動を始めたのか。

 その30年前、横浜総合大学の学生時代に元日反メンバーだった講師の爆殺現場に居合わせた神奈川県警公安課の沢木了輔が、新人女刑事の岩間百合と組んで捜査に当たることになるが、ろくに進まないうちに新たな爆弾事件が。犯人は30年前のオペレーション関係者を狙ったもののようだったが……。

 物語は沢木の現在時の話が「私」、30年前に行われたオペレーションの顛末が「僕」という一人称で交互に描かれていく。「私」の章では、沢木の主な捜査対象である謎多き新左翼系組織・自由革新党(LIP)との関連を始め、岩間との地道な捜査が続いていく。こちらはオーソドックスな公安警察ものの運びだが、一方「僕」の章では、少年時代から公安警察と関わりのある複雑な青春期を過ごしてきた沢木の若き日のスパイ活動の悲喜こもごもとともに、初恋(!?)の戸惑いや悦びも描かれる。その意味では、青春ハードボイルドのタッチも濃厚というべきか。

 公安警察ものとしては、毎度お馴染み刑事部との争いや、警視庁との手柄合戦に注目。特に後者では、仕掛けと裏切りの技の掛け合いに要注意。「僕」の章では、極左暴力集団の犯罪捜査に当たる神奈川県警公安三課の刑事と彼らが操る協力者(タマ)たちとの生々しい関係劇にも注目。20歳前後の沢木が海千山千の公安刑事たちと一丁前に渡り合う心地よさ。いや、彼が相手をするのは刑事だけではない。日反の伝説の大物たちがまるで亡霊のように、彼の前にとっかえひっかえ姿を現す。若き日の沢木は彼らを相手にしても一丁前に渡り合ってみせるのである。

 作家・生島治郎はかつてハードボイルドとはやせ我慢だと喝破したが、本書における青年沢木はやせ我慢ならぬ背伸びの連続を強いられている感じ。だがその背伸びが終盤、黒幕相手の駆け引きにも生きてくる。本の帯でも執拗にハードボイルドにこだわっているが、その甲斐ありといったところか。

 もっとも、終盤には時代の変革期という背景設定を活かした大技も控えており、本格ミステリーファンとて必ずや驚かれるに違いない。まずはハードボイルド一筋に突っ走ってきた著者の代表作と呼ぶにふさわしい傑作といえよう。今月もこれにて決まり。