今月のベスト・ブック

装丁=アルビレオ
写真=Hara Taketo/EyeEm/Getty Images
イラストレーション=のみあやか

『トリカゴ』
辻堂ゆめ 著
東京創元社
定価1,980円(税込)

 

 今月は何を枕にしようかと思案中、東京で三・一一以来の震度五という地震襲来。その翌日レビュアーの先輩でもあるミステリー研究家・松坂健氏の訃報というさらなる激震に
襲われ、目下意気消沈の小生である。松坂さんについては一一月に新刊が出る予定なのでそのときまた改めて紹介するとして、元気があるうちに今月のベストミステリー選びに入ると、まずは先月紹介した江戸川乱歩賞のもう一冊の受賞作、伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』(講談社)から。

 沢村依理子は三〇歳で北海道警察に入った博士号を持つ異色の警部補。二〇一七年、現場研修に配属された中南署捜査一課で瀧本という腕利き刑事から現場捜査のイロハを学ぶが、翌年一月、窃盗犯の男の証言で女児の遺体が発見されたことから二人の運命は揺さぶられていく。やがて女児は五年前に未解決になっていた誘拐事件の被害者、島崎陽菜であることが判明するが、犯人はすでに死亡していた。共犯者の可能性もあり捜査本部が設置されるが、事件は再度未解決に。

 陽菜ちゃん事件の顚末が描かれる序盤だけでも充分スリリングだが、本番はここから。さらに一年半がたち、沢村は札幌方面創成署の生活安全課防犯係係長になっている。そこで少女売春にまつわる事件を調べていた最中、陽菜ちゃん事件の捜査資料が道警と仲の悪い月刊誌にリークされ、内部調査の手がやがて沢村にも及んでくるのだ。

 漏洩者捜しから浮かんでくる道警上層部の内幕と捜査現場の実態。さらには父親や妹の葛藤を抱えた沢村自身の問題も浮き彫りにされ、警察官のドラマとしても一段と深みを増していく。むろん陽菜ちゃん事件も未解決のままでは終わらない。瀧本を始め、警務部の切れ者管理官・片桐や押しの強い女弁護士・兵頭百合子といった脇役にも個性派をそろえ、最後まで読者の目をそらさない。これが初めて書いた長篇で初応募というのだから、その才筆には驚くほかない。同時受賞の桃野雑派『老虎残夢』ともども、ぜひ。

 次の降田天『朝と夕の犯罪』(KADOKAWA)は『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』に続く狩野雷太シリーズの第二弾にして初長篇。父の死を境に別々に暮らしていたアサヒとユウヒの兄弟が一〇年ぶりに再会。ユウヒは自分の働く児童養護施設の再建に大金が必要だという。彼はそのために知り合いの元県会議員の一五歳の娘と狂言誘拐を計画していた。弟に弱みを握られているアサヒは否応なしに巻き込まれていくが……。
 というわけで、こちらも出だしは誘拐案件で、しかも本番は意外な結末を見せてから後のこと。八年後、神倉駅前交番の狩野雷太は通報を受け、マンションの一室から瀕死の男児を救い出す。その傍らには餓死した妹の亡骸が。程なく兄妹を遺棄した母親がつかまり、神奈川県警捜査一課の烏丸靖子が取り調べるが、女は黙秘を続ける。

 やがて市民の情報提供をきっかけにこの母と兄妹が八年前の誘拐事件と関わりがあることがわかり、さらに二つの事件の奥に潜む闇が次第に浮かび上がってくる。狩野は交番警官ゆえに直接捜査にはタッチ出来ないが、部下のみっちゃんこと月岡刑事ともども陰に日向に生き残った子供の面倒を見るし、彼らの代わりに事件に正面から向き合って真相を暴いていく烏丸刑事の姿が凜々しい。彼女は高卒後、一般企業で働いた後、警察入りしたそうで、『北緯43度のコールドケース』の沢村や先月のベスト、若竹七海『パラダイス・ガーデンの喪失』に登場する葉崎署の二村貴美子とも通じる今様の女刑事キャラである。けだし著者の新たな代表作というべきか。

 今月の三冊目は降田さんと同様、『このミステリーがすごい!』大賞出身作家(しかも同期!)の辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)。二〇二一年四月、東京の京急蒲田駅近くの住宅街で二〇代男性が刃物で襲われる事件発生。蒲田警察署刑事課強行犯捜査係の森垣里穂子は近くにいた被害者の女友達・叶内花から自供を引き出し現行犯逮捕する。事件は別れ話のもつれによるものと思われたが、意外な展開を見せ始める。ハナは名前も住所も不定の無戸籍者だというのだ。

 ハナは身元不明のままやがて全面否認に転じ、証拠も上がらなかったことから釈放される。里緒子は普段から利用しているネットカフェにいくというハナを送っていくが、ハナは程なくネットカフェから出てくると歩き始める。尾行した先にあったのは古い倉庫で、そこに彼女を待っている人々がいた。倉庫の入り口の貼り紙には「ここは守られるべきユートピア……」とあった。

 それが里穂子と無戸籍者集団ユートピアの馴れそめだった。里穂子はメンバーの境遇を何とか改善出来ないかと模索し始めるが、彼らは頑なな絆で結ばれていた。そうこうしているうち、里穂子が警察官を志すきっかけとなった幼児遺棄事件、通称「鳥籠事件」とユートピアとの意外なつながりが浮かび上がり、彼女は警視庁特命捜査対策室の羽山に協力を要請する。前半の社会派趣向はもちろん、この後半のミステリー展開にも注目だ。
 今月の三冊はどれも傑作だが、別に示し合わせたわけでもないのにテーマもキャラ的にも相通じるものがあるのがすこぶる興味深い。BM選定も迷うところ大だが、未だ無冠の辻堂さんにささやかながらBМ賞を進呈。