今月のベスト・ブック

カバー写真+ブックデザイン=鈴木成一デザイン室

『リバー』
奥田英朗 著
集英社
定価2,310円(税込)

 

 夏の気配が過ぎ去らぬうちに年間ベストのアンケートが届くようになったのはいつからだろうか。今年も早々と通知が届いたと思ったら、示し合わせたかのように話題作が続々と出始め、読んでも読んでもはかどらない。もっとも小生の読書力がめっきり衰えているせいもあるのだけれども。

 というところで今月のベストミステリー選びに移ると、まずは白井智之『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』(新潮社)。

 1978年に中米のガイアナでカルト教団の人民寺院が集団自殺事件を起こし世界中を震撼させた。本書はそれをベースにした書き下ろしの本格ミステリーである。

 78年11月、ガイアナでジム・ジョーデン率いる教団人民教会が集団自殺する。それをさかのぼる1月前、宮城県石巻市で名探偵横藪友介が射殺される。連続殺人鬼108号の仕業らしい。現場ではもう1人、少年が殺されていた。事件を知らされた横藪のライバル、私立探偵大塒おおとやたかしは直ちに助手の有森りり子とともに現場へ赴き推理を進めるが……解決したのは現役東大生の才媛りり子だった。

 1週間後、そのりり子が宗教学会の聴講にアメリカに行ったまま消息を絶つ。大塒は幼馴染の記者乃木野蒜の協力を得て、彼女がアメリカの富豪の依頼でジム・ジョーデンの調査に行ったらしいことを突き止め、乃木とともにガイアナの人民教会に向かうが……。

 のっけから多重推理が炸裂するが、ほんの序の口で、本番は大塒たちが人民教会の本拠地、ジョーデンタウンを訪れたところから始まる。そこはジョーデンの力により、病める者も障碍者もそれを認識することのない“奇蹟”の地であったが、こともあろうにそんな場所で富豪の調査団の面々が相次いで殺されていく。かくして大塒とりり子の推理が披露されることになるのだが、何しろ作品全体の3分の1強が解決篇という異色の構成。どんでん返しに次ぐどんでん返し、多重解決の畳みかけとはこのことだ。

 ご承知の通り、著者は「鬼畜系特殊設定作家」と称される書き手だが、ロジカルな謎仕掛けの名手としても知られる。その名手が、終盤これでもか、これでもかといった勢いで話を反転させていく迫力はハンパない。むろん鬼畜系ぶりも健在で、真犯人の動機たるや戦慄を禁じ得ない。特殊設定というと、ついタイムリープのようなSF的な仕掛けを思い浮かべがちだが、信仰と崇拝というリアルな形態を駆使することでも特殊な仕掛けを生み出すことは可能で、本書はその証左となろう。けだしこの著者ならではのアクロバティックな傑作長篇というべきか。

 続いては奥田英朗『リバー』(集英社)。こちらはジャンルでいえば警察小説だが、ストレートな捜査小説にはとどまっていない。

 2019年5月、群馬県桐生市の渡良瀬川の河川敷で若い女性の全裸他殺死体が発見される。その捜査も進まない五日後、今度はお隣、栃木県足利市の同川河川敷でやはり若い女性の全裸他殺死体が発見される。両市では10年前にも酷似した事件が相次いで起きており未解決になっていた。

 10年前の最初の事件では遺体から検出された体液から犯罪常習者の男、池田清が逮捕されたが、有力な証拠が得られず不起訴処分に。栃木、群馬両県警の一大痛恨事となった。両県警はそのときの教訓から、双方が捜査指揮権を持つ“共同”捜査本部を置いて捜査を進めることになる。同じ頃、10年前の事件で愛娘を失って以来死体遺棄現場の写真を撮り続けてきた桐生市の写真館主・松岡芳邦が、自分の写真データに不審なトラックが写っているのを発見する。また10年前に容疑者の池田を取り調べた元栃木県警刑事の滝本誠司は、今回の事件で任意聴取に応じた池田の相手を仰せつかるが……。

 物語の主流はむろん両県の刑事の捜査劇。警察小説の刑事というとアクの強い男たちがやり合うドラマという印象を抱きがちだが、本書は刑事個々の造形もさることながら、一敗地にまみれた地方警察のリベンジぶり、彼らの統制のとれたチームワークに注目だ。その意味では、むしろ古き良き時代の警察小説──たとえばヒラリー・ウォーの捜査活動小説などを髣髴とさせる快作というべきか。

 一方、捜査を取り巻く周辺人物のドラマも読みでがある。サイコな池田清を始めとする新旧の容疑者たちや犠牲者家族の松岡、引退刑事の滝本、さらには中央紙の若手女性記者・千野今日子、変わり者の心理学者・篠田といった人々。とりわけ印象に残るのは、まず犯人逮捕に執念を燃やし続ける松岡だ。警察に目を付けられようが、自分の目がいかれかかっていようが、ものともしない暴走ぶり。警察関係のコネを活かして何とか池田をつかまえたい滝本も同様だが、脇役を一人一人紹介していったらきりがない。とまれ、人々の出入りの激しい北関東を舞台に、圧巻の群像劇に仕立てられているのは間違いない。

 本書がベースにしているのは、1979年以降、断続的に発生、未解決になっている北関東連続幼女誘拐殺人事件だろう。小生にとってはまさしく地元の事件であり、ちょっと冷静に読めない部分もあるが、現実の事件とは違えどこのドラマが現代社会の一端を切り取っているのもまた間違いない。1人でも多くの読者に読んでいただきたく、今月のBМもこれにて決定!