今月のベスト・ブック

装幀=菊池 祐
装画=Re°(RED FLAGSHIP)

『名探偵のままでいて』
小西マサテル 著
宝島社
定価1,540円(税込)

 

 年末のベストは季節外れのホラー系、高野和明『踏切の幽霊』と相なったが、ホラー系はそれ一作にとどまらなかった。年始の候補作の一発目は冲方丁『骨灰』(KADOKAWA)。SFアクションから国際謀略ものに時代小説までこなす著者新境地の都市ホラーである。

 2015年6月、渋谷駅の再開発事業をになう大手企業で投資家向けの広報を扱うIR部の危機管理チームに所属する松永光弘は、東棟と呼ばれる高層ビル建設現場の地下に向かう。東棟地下に関するSNS上のデマの真偽を確認するためだったが、彼はそこで地下深くに延びる階段を発見、白い粉塵と異臭にまみれたその底には、ドアで仕切られた空間の中に不審な穴と祭壇があった……。

 この発端の地下探索からして充分怖いが、本番はそこからで、思いも寄らぬ体験をした松永とその家族の身にやがて忌まわしい出来事が降りかかり始めるのだ。テーマはずばり都市民俗に根差した祟りで、そういわれてみればなるほど東京という街は火災や震災、大空襲などで多くの犠牲者を出してきた。そのことは前半で早々と明かされるのだが、わかっちゃいるけどやっぱり怖いというところで、著者の並々ならぬ筆力がうかがえる。

 中盤から始まる松永とその父親との相克劇も読みどころ。父親であって父親でないそれとの関係から松永のトラウマが浮かび上がってくるだけでなく、家族のありよう、引いては国家と個人との関係のありようにも迫る。渋谷駅再開発という着眼の妙もさすがだし、今月はこれにて決定としたいのは山々だが、2号続けて他人の縄張りを荒らすのは止め。お奨め印を押すだけにとどめておこう。

 2冊目の麻宮好『恩送り 泥濘の十手』(小学館)は警察小説大賞をリニューアルした警察小説新人賞の第一回受賞作。警察小説と時代小説という取り合わせに違和感を持つ向きもあるかもしれないけど、捕物帳は江戸時代の立派な警察小説である。

 おまきは深川の甘味処・梅屋の一人娘。八百屋お七と同じ丙午の年生まれで不吉だと捨てられ、利助夫婦に拾われる。利助は手練れの岡っ引きだったが、火付けの調べをしているうちに失踪、彼女は天才的な画力の持ち主である材木問屋の息子・亀吉と、鋭い嗅覚と洞察力をそなえた盲目の少年・要の手下コンビと共にその行方を追っていた。だが町方の役人は相手にしてくれない。新たに見廻り方になった臨時廻り同心・飯倉信左も同様だったが、手がかりは漆に金蒔絵が施された容れ物の蓋くらいで捜査は一向に進まない。そんなある日、大川に若い男の溺死体が上がり、その袂から漆塗りの毬香炉が見つかる。

 その前後から、利助の捜査の軌跡が次第に明らかになってくるが、新たな火付けは起きるものの大きな進展はなかなか見られない。読みどころは事件のほうもさることながら、やはりキャラクターの魅力ということになろうか。健気な警官見習のおまきもさることながら、注目は亀吉と要の天才コンビ。薄幸の要とその支えになろうとする亀吉の絆がいじらしい。現代でいえば悪徳警官のような悪い岡っ引きを毛嫌いする飯倉の好漢ぶりも好印象。こちらもまた、家族小説の色合いが強いが『骨灰』のような黒い装いとは対照的な宮部みゆき調なので安心して読まれたい。

 3冊目はご存じ第二一回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作、小西マサテル『名探偵のままでいて』(宝島社)。こちらは全6章からなる連作集で、一見ベーシックな安楽椅子探偵ものだ。

 第1章は小学校教諭のヒロイン、27歳の楓が夭折した文芸評論家・瀬戸川猛資の遺作を中古通販で買ったところ、中から4枚の栞が出てきた。それが皆、瀬戸川氏の訃報記事だったという謎をめぐる〝日常の謎〟もの。楓はそれを目黒区碑文谷に住む祖父のもとに持ち込み、2人で謎解きに挑むのだが、このおじいちゃんが元小学校校長のミステリーマニアというだけでなく、認知症、それも通常の認知症ではなく、幻視を最大の特徴とするレビー小体型認知症(DLB)の患者であるところがポイントだ。彼は推理をめぐらすうえに、それを映像として視てしまうのである。

 第1章はいかにも軽いタッチだが、第2章は楓の同僚・岩田の後輩で劇団員の四季が直面した割烹居酒屋における密室殺人事件の、第3章はかつて碑文谷の祖父が校長を務めていた小学校で起きたマドンナ先生の消失事件の、そして楓の教える教室で起きた不可解な事件の顛末を描いた第4章を挟んで、後半の第5章は岩田がランニングに励んでいる河川敷で傷害事件に遭遇、彼が容疑者としてつかまってしまう事件の謎の顛末が描かれる。

 各章では名作古典の数々が引き合いに出されるだけでなく、それらを髣髴させるギミックを駆使した独自の本格ミステリーが繰り広げられるという次第で、本格の様々な形式を自在に操ってみせるあたりはすでに熟練の境地というべきか。また本書も期せずして家族小説としての読みどころが多々あり、楓と祖父の家族をめぐる過去の経緯はもとより、岩田と四季たちの造形にもそれは立ち現れている。深みのあるドラマ演出が炸裂する終章では、楓自身の身に危機が降りかかる。驚愕のエンディングに注目だ。瀬戸川氏へのオマージュは授賞に際しては別に考慮しなかったけど、ワセミス出身の一読者としては謝意を表さずにはいられず、今月はこれにて決定!