今月のベスト・ブック

写真=(C)Adobe Stock
装幀=坂野公一(welle design)

『さかさ星』
貴志祐介 著
KADOKAWA
定価 2,420円(税込)

 

 MLBはドジャースの劇的な世界制覇で終わり、早くもストーブリーグに移っている。あちらはスター選手でも平気で動いてしまうから気が抜けない。ドジャースに敗れたヤンキースは大砲2人が抜けてガタガタになりそうだとか。ミステリー作家も今時分ベストテンの結果次第で各リーグごとに作風が変わらなければならないとしたら大変だ。本格ものからハードボイルドへ、ハードボイルドからホラーサスペンスに転身とかね。

 というところで、今月のベストミステリー選びに移ると、まずは「物語の名手が初めて挑む、本格的ミステリー」ということで吉田修一『罪名、一万年愛す』(KADOKAWA)から。

 横浜の私立探偵遠刈田蘭平のもとに九州の実業家梅田一族の3代目・梅田豊大から大きな仕事が舞い込む。創業者・梅田壮吾が手にした時価3500億円ともいわれる宝石「一万年愛す」を探してほしいというのだ。壮吾は認知症の疑いがあり、長崎県の孤島で一人暮らしをしていたのだ。豊大は遠刈田に島で行われる壮吾の米寿の祝いに列席するよう依頼、台風が接近する中、遠刈田は梅田一族が集う九十九島に向かう。壮吾は認知症とは思えぬ壮健ぶりで祝いも滞りなく終わるが、その夜、失踪してしまう。

 帯に「絶海の孤島」とあるし、つい『そして誰もいなくなった』を連想してしまうが、前半は正統派ふうではあるけれども、連続殺人ものとはちょっとちがうような。それは中盤、壮吾が観ていたという3本の日本映画がクローズアップされるあたりから社会派色が強くなっていくことで明らかになる。ちなみにその3本はどれも原作もので(松本清張、水上勉、森村誠一)、小説的にも高い評価を受けている名作だ。

 後半はそれをきっかけに嵐の中の冒険譚に一転、昭和のエモーショナルな社会派ドラマと渾然一体となった独自の展開を見せていくことに。なるほど著者が初めて挑む本格「的」ミステリーであって、単なる本格ミステリーではなかった。遠刈田蘭平もの、シリーズ化されるといいですね。

 2冊目は第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の優秀賞受賞作なんだけど、浅野皓生『責任』(KADOKAWA)は、これまた社会派系ど真ん中の警察小説だ。

 松野徹警部補は12年前、職務質問した不審車両が暴走し家族4人が亡くなる大惨事を招いた。運転していた藤池光彦は事故前に強盗致傷事件を起こしていたが、光彦は事故で死亡。しかし遺族は冤罪を疑っていた。その遺族と久しぶりに再会した松野は、光彦の両親から再捜査を懇願される。自責の念に駆られる松野は単独引き受けることに。

 といっても、何か派手な立ち回りを演じるわけではなく、事件の関係者に改めて聞き込みをして回る。あくまで地道な捜査なのだ。いかにも渋いタッチ、キャラ立てで、ははあこれはある程度人生経験を積んだ中高年の書き手によるものだとばかり思ったが、とんでもハップン、作者は現役の東大生というからびっくりだ。しかし後半は視点人物が一転、意外な展開を見せる。20代前半の若者が何故かような、笹沢左保や佐野洋といった1960年代の新本格作家を思わせる作風に挑んだのか興味深いが、それは今後の活躍によって明らかになっていくことだろう。

 3冊目はホラ―系ど真ん中の貴志祐介『さかさ星』(KADOKAWA)。本来は東さんに預けちゃうところなんだけど、フーダニット趣向、ホワイダニット趣向も強いとあらば、ミステリーレビュアーも黙っちゃいられないということで。

 物語は秋雨降る中、一家惨殺事件が起きた戦国時代から続く旧家・福森家へ向かう人々の姿から始まる。祖母の中村富士子と親戚のユーチューバー中村亮太、そして霊能者の賀茂禮子。事件の記録役を頼まれた亮太は賀茂が指摘する異常をチェックする役目だったが、賀茂の指摘は屋敷の前の立ち木から始まり、屋敷の屋根瓦、玄関の三和土と目に付くところ忌まわしさに満ちていた。

 それはやがて屋敷の大黒柱から、福森家が保管する名画、骨董の数々へと及んでいく。賀茂がいうには、いずれも尋常ならない怨念のこもった呪物であると。3人はお手伝いの稲村さんの案内で惨劇のあった部屋へと導かれていくが、主の虎雄の亡くなった中の間であり得ない痕跡を見る。屈強な大男の虎雄が何物かに抱え上げられ、逆さにして壁にくし刺しにされたのだ!

 一家を殺したのは間違いなく魔物である。だが賀茂によれば、呪物を利用して事件を引き起こした黒幕が存在するという。果たしてそれは誰か。はたまた、それは何のために。

 著者はのっけから賀茂の口を通じて、樹木から建築、絵画、骨董等、蘊蓄を傾けつつ、忌まわしくも面白き呪物世界へと招いてくれる。ときに島田荘司に倣って、賀茂のヴィジョンで知られざる過去劇が挿入されたりするあたりはご愛嬌というべきか。

 もちろんフーダニット、ホワイダニットが明らかになっても、誰(の遺体)に呪いが掛けられるのかというハラハラドキドキが終盤に待ち受けている。恐怖プラス謎解きにさらなる妙。さすが本邦モダンホラーの第一人者の力作というだけあって、600ページ緩みなし。今月のBMもこれにて決定だ。