今月のベスト・ブック

写真=RAKU 44/shutterstock
ブックデザイン=鈴木成一デザイン室

『完全なる白銀』
岩井圭也 著
小学館
定価1,980円(税込)

 

 本稿の〆切と前後してマスクの着用が緩和される。されるのだが、コロナ患者が激減したわけではなし、花粉症で高血圧の高齢者としてはまだまだ外すわけにはいかない。果たして外せる日は本当に訪れるのだろうか。

 今月のベストミステリー選びの候補は、そんなことを考えていたときに見た、気になるタイトルの作品から。第26回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作の柴田祐紀『60%』(光文社)がそれであるが、いったい何が60%なんだ? 舞台は杜の都・仙台で、まずは粕谷一郎を始めとする暴力団山戸会系田臥組の面々の紹介から始まるが、主役は若頭の柴崎純也。柴崎は億ション住まいのクールな美男だが、無類の映画狂でキレると荒れ狂うアブないヤツ。だが経済、金融に通じており、今も県警暴力団対策課の高峰岳を通じて酒気帯び運転で銀行をクビになった後藤喜一をスカウトし、マネーロンダリング専用の投資コンサルティング会社を立ち上げようとしていた。その社名が「あなたの資産を60%増へ」を謳った「60%」という次第。

 扱うのは麻薬マネーで、柴崎たちは中国の福建マフィアと組むことになるが、粕谷が薬に手を付けてやがて破局が……というと、この手の犯罪小説にはよくあるパターンかと思われる向きもあるかも。読みどころとされる闇の哲学で誘う柴崎の魔性キャラにしても、とりわけ斬新というわけではない。素晴らしいのは、それらを伏線とした終盤の大胆なヒネリ技だ。どんでん返しには馴れたつもりでいたが、まさかこんな手でくるとはと唸らされた。ま、ちょっとやり過ぎ感はあるけど、後半登場する〝傀儡組長〟田臥和彦のお惚けキャラもいいし、シリーズ化に期待。

 新人作品をもう1冊。美原さつき『禁断領域 イックンジュッキの棲む森』(宝島社)は第21回『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリ受賞作で、一言でいえばアフリカを主要舞台にしたマイクル・クライトン直系の秘境冒険小説だ。

 東京の公立大学の大学院で霊長類学を学ぶ父堂季華は優秀な反面、口の悪い自己中極まりないリケジョ。早秋の某日、指導教員・黒澤教授のもとに米国企業から、コンゴでの道路建設に関する環境アセスメントへの協力依頼が舞い込む。調査対象はボノボの生息地。念願かなって、季華も調査隊に同行することになるが、副リーダーには幻の類人猿・ライオンイーターの存在を主張して学会を追われた広瀬哲郎も選ばれていた。調査隊一行は、途中ライオンイーターらしきものの腕を手に入れたり、森の中から助けを求めて現れた少年を保護したりしつつも、無事調査地近くの村にたどりつくが……。

 読みどころはむろん調査隊がやがて出会うことになるライオンイーターの脅威とその正体。類人猿であることがわかっているぶんインパクトは弱いなどと思っていたらトンデモない、一頭や二頭じゃないんだから、その迫力たるや! 2月号で紹介した増田俊也『猿と人間』を読まれた方ならおわかりいただけるかと。もっともヒロイン季華のパワーも負けちゃいない。環境破壊も辞さない米企業のエリート相手に引けを取らぬ押しの強さ。

 応募作の段階では、コンゴの背景描写が今一つ弱いという声もあったが、その点も補強されていて読みごたえは充分。キャラの濃さに馴れるまでちょっとページを要するかもしれないが、物語展開はオーソドックスそのもの。霊長類のこともたっぷり学べるし、季華嬢にもぜひ再登場願いたい。

 アクの強い作品が続いたところで、最後に取り上げるのは岩井圭也『完全なる白銀』(小学館)。著者はミステリーにとどまらず広くエンタテインメント系で活躍中の新鋭だが、本書は初の山岳小説である。

 2023年1月、フリーカメラマンの藤谷緑里は北米最高峰デナリの冬季登頂を目指しアラスカにやってくる。彼女には15年前、1冊の写真集に魅せられ訪れた島、サウニケで知り合った2人の友がいた。その1人、リタ・ウルラクが七年前冬季デナリ単独行に挑み、下山途中で行方を絶っていた。リタは登頂に成功したらしいが、残されたのは頂上から「完全なる白銀」を見たという言葉のみ。それゆえ新進登山家として「冬の女王」の異名を取ったリタは「詐欺の女王」呼ばわりされるようにもなった。緑里はその汚名を晴らすべく、残されたもう一人の友、シーラとともに冬のデナリを登ることになったのだ。

 物語は緑里&シーラの登頂と3人の軌跡のドラマとが交互に描かれていく。サウニケは地球温暖化の影響で海に侵食され徐々に没しつつある。リタはその危機を世界に訴えるため登山家になり、急ピッチで世界の高峰を制覇、名をあげていった。そんなリタにくらべ、緑里はなかなかうだつが上がらず苦悩する。この環境危機に女性の成長譚を交えた回想パートがいい。シーラはシーラで、自分とリタの絆に割り込んできた緑里に妬ましさを感じずにはいられず、そうした感情のもつれが現在の登頂パートにも反映されるのだ。

 もちろんその登山シーンもリアルで迫力あり。ブリザードにクレバスの罠、高山病……冬のデナリの凄まじさは想像を絶するが、それをサスペンスフルに描き切った著者の筆力に拍手。この人、どんなジャンルを注文されても何でも来いだな。今月は女性2人の相棒小説としてもお奨めの岩井作品で決まり!