今月のベスト・ブック

装丁=川名潤

『地雷グリコ』
青崎有吾 著
KADOKAWA
定価1,925円(税込)

 

 作家の伊集院静が亡くなった。享年73。伊集院さんは一般小説の作家、ミステリー作家じゃないのにとお思いの方、本欄で異色の任侠ノワール『羊の目』や社会派ミステリーに挑んだ『星月夜』を取り上げたことを思い起こしていただきたい。『星月夜』を刊行されたとき「ミステリーを書かれるとは思いませんでした」と本人にいったら、「うん、俺も思わなかった」と返答されたが、実はミステリー読みだったようで、『星月夜』の執筆も還暦を過ぎての新たなチャレンジだったとか。某文学賞の二次会でいきなり声を掛けていただいたときは、人たらしといわれる人柄の一端を見た思いがした。深い付き合いがあったわけではないが、喪失感は大きい。

 さて。逝く人あれば、復活する人あり。今月のベストミステリー候補の1発目は本岡類『聖乳歯の迷宮』(文春文庫)。今年はン年ぶりの新作というのが目立ったが、本書は16年ぶりの新作だ。

 イスラエルのナザレ近郊で日本人考古学者の夏原圭介がキリストの乳歯とおぼしき遺物を発掘。その歯からホモサピエンスとは異なるDNAが検出される。それは神の実在を証明するものとしてインターネットやSNSを通じて様々な宗教ブームを巻き起こす。

 一方、夏原の大学時代の仲間で科学誌編集者の小田切秀樹は同じ仲間だった沼修司の訃報を受け取る。青ヶ島で転落死したというのだ。沼は八丈島で教師をしていたが、退職して青ヶ島に伝わる源為朝の鬼退治にまつわる調査をしていた。事件性はないという話だったが、小田切はキリストの乳歯の真偽の取材を進めるとともに、同じ大学仲間の外科医・秦野牧とともに沼の足跡を追い始める。

 物語の進行役は小田切。話は彼を通じて、人類全体の行方を占う謎と伊豆の孤島に伝わるローカルな謎の解明を両輪に進んでいくわけで、一見どう考えたって結びつきようもない2つの謎が終盤どう結びつくのか、著者のアクロバティックな手際に注目だ。むろんその合間合間に、宗教や民俗、伝説にまつわる蘊蓄はもとより、小田切夫婦の危機から青ヶ島観光等まで、随所に読みどころを盛り込んでみせるあたりベテランならではのテクニックというべきか。

 真相のインパクトも確かなもので、長年のブランクを感じさせない。今後の創作活動にも期待大の伝奇ミステリーである。

 今月の2冊目は青崎有吾『地雷グリコ』(KADОKAWA)。こちらはガラリと趣向が変わってゲーム小説。といっても、パソコンやスマホを使ったハイテクなものではなく、老若男女にお馴染みのゲームを駆使したものばかり。

 まず表題作は、グリコといえば、ジャンケンのグーチョキパーに合わせて、グリコ、チヨコレイト、パイナツプルと大声で呼び進めるあれだが、他愛のない児戯と思ったら大間違い。文化祭を控えた都立頬白高校でイベントや模擬店の場所決めの争奪戦――愚煙試合が進められる。2年連続で優勝している生徒会の代表・3年男子の椚迅人と相対するのは、だらしない恰好でいちごオレをすする1年生女子の射守矢真兎。審判役の塗辺が二人に提示したのは神社の46段の階段でグリコをやれというものだが、ただし、互いに3つの段に地雷を仕掛け、そこを踏んだら10段下がらなければならないとする。

 グリコは必ず3の倍数で進むゲームだが、その結果数学的な読み合いと相手の虚をつくダマし合いが繰り広げられることに。いやはや単純なジャンケンゲームだと思われたグリコがこんな波乱に満ちたものになるなんて!

 続く「坊主衰弱」は真兎が窮地に陥ったかるた部のために一肌脱いで、百人一首の坊主めくりにトランプの神経衰弱をアレンジしたゲームで戦う。ただしイカサマもありというわけで、かるたカフェの問題マスター相手に奇策に打って出る。さらに「自由律ジャンケン」では、椚も弱腰の強面の生徒会会長相手にグーチョキパーに新手を加えた五種のジャンケンで戦う。勝ったら中学時代の同級生・雨季田絵空と戦わせてもらい、負けたら生徒会に入ることを条件に。会長は何やら腹に一物ありそうな気配であった……。

 そして入札制のだるまさんがころんだに挑む「だるまさんがかぞえた」と4部屋に伏せられた52枚のトランプを探り当てる「フォールーム・ポーカー」では、今やチームとなった真兎たちが校外に出張し、優秀だがすんごい秘密を抱えた埼玉の星越高校の面々との戦いが描かれるが、これは真兎と星越の生徒で彼女の旧友・雨季田絵空との因縁に決着をつけるものでもあった。

 という次第で、各篇のゲームの行方もさることながら、青春学園ものとしても読みごたえのあるものになっているところがミソ。

 そう、実は真兎と語り手の鉱田ちゃんと雨季田絵空との間柄については、それまでにも何かがあったらしいことが随所で仄めかされており、真兎がただの天然の名探偵キャラではないことも明かされているのである(悩めるJK!)。してみると彼女の造形には相沢沙呼のシリーズキャラ、城塚翡翠なんかと相通ずるものがありそうで興味深い。

 ともあれゲーム小説としての面白さに加えて、青春学園ものとしての作りもよければ、後味もよしという完璧さで、今月のBMはこれにて決定。シリーズ化に期待したい。