今月のベスト・ブック

装画=キギノビル
装幀=坂詰佳苗

『雷龍楼の殺人』
新名智 著
KADOKAWA
定価 1,870円(税込)

 

 猛暑で仕事が手につかぬままパリ五輪中継を眺める日々。金メダル候補の柔道選手が序盤で敗れるなど波乱の幕開けとなったが、フェンシングを始め、今回の日本選手団は予想を超える活躍を見せてくれた。それに呼応してか、今月のベストミステリー候補も予想を超える反転技で迫る作品が揃った。

 まず阿津川辰海『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)は本格ミステリーの鬼才が警察ものに挑んだ長篇。物語は主人公の永嶺スバルが警視庁捜査一課から警視庁公安部に新設されたコトダマ犯罪調査課、通称SWORDに異動するところから始まるが、このコトダマ犯罪とは、2年前、某国に謎の隕石が落下して以来、世界に突如100の言葉に応じた能力を発揮できる者が出現し、彼ら能力者──コトダマ遣いによる犯罪が起きるようになったというもの。SWORDはそれに対応するべく、自らもコトダマ遣いである三笠葵課長がコトダマ遣いの中から選抜、組織したチームであった。
 って、この設定どこかで聞いたことがあるような……そう、堤幸彦のドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』へのオマージュということなのですね。SPECサーガのファンはそれだけでも必読。SWORDと相対するのは「燃やす」のコトダマを持つホムラとその相棒スズキ。両者が激突するシーンはまさに風太郎忍法帖さながらの奇想に満ちた能力合戦で読ませる。やがて永嶺はホムラの恐るべき謀略を突き止めるが……。フーダニットの妙とそれに重ね合わせたお約束のどんでん返しの切れ味。B級テイスト漂うお遊びに富んだ特殊設定ミステリーシリーズの誕生だ。

 警察ものをもう1冊。呉勝浩『法廷占拠 爆弾2』(講談社)は副題通り、稀代の爆弾テロリスト、スズキタゴサクと警察捜査陣との白熱した戦いを描いた『爆弾』の続篇だ。
 スズキの被害者の遺族である柴咲奏多は友人の新井啓一が拳銃を手に入れたことから、ある犯罪を思いつく。それは法廷を乗っ取ることだった──。東京地方裁判所104号法廷。未曽有の連続爆破事件から1年がたち、犯人スズキタゴサクの公判が始まり、5回目にして捜査関係者にお鉢が回ってきた。野方署の倖田沙良と伊勢勇気が証人に立つこととなり弁護人の尋問が始まるが、その最中に傍聴席から「異議あり」の声が。男は異議を唱えるだけでなく、拳銃を天井に向けて発射、男の反対側の出入口にも警備員を制圧した共犯者がいるようだった。男はスズキが使ったのと同じ規模の爆弾を持っているといい、前代未聞の要求を突き付けてくる。「ただちに死刑囚の死刑を執行せよ。ひとりの処刑につき、ひとりの人質を解放します」と。
 こちらは『バーニング・ダンサー』のコトダマ遣いとは異なり、1発の銃弾と最低限の暴力で100人の法廷を占拠してしまう。実に効果的というか、素早い展開で、読む者をも圧倒する。また、その異様な状況にもまったく動じていないスズキタゴサクの不気味さも伝わってこよう。その点、『爆弾』を未読の方にも配慮されているので大丈夫。
 柴咲と相対するのは警視庁捜査一課特殊犯捜査第一係の高東柊作だが、用意周到な柴咲に押され気味。しかし、スズキ事件以降、特殊犯係の遊軍で事実上の謹慎処分となっていた類家刑事がアシストについて、五分五分の読み合いが繰り広げられていく。そこで待っているのは衝撃的な展開だったが……。
 いやはや、これまた反転に次ぐ逆転技が冴えわたる新手の法廷占拠ものの逸品としてお奨めするとともに、このシリーズがさらに続くことも寿ぎたい。

 今月の3冊目は横溝正史ミステリ&ホラー大賞作家が「孤島×館×密室殺人」という本格ミステリーの王道にチャレンジした新名智『雷龍楼の殺人』(KADOKAWA)。
 こちらも『法廷占拠』と同様、展開が速い。プロローグでヒロインの中学生・外狩霞は下校途中に誘拐、監禁されてしまう。犯人の1人である女の話では、自分たちが欲しいのは外狩家を破滅させかねない危険な情報で、今霞が身を寄せている東京の高森家のいとこ、穂継がそれを手に入れるべく、富山県の沖合の油夜島にある外狩家の屋敷・雷龍楼に行っているという。しかし穂継が到着したその夜、殺人事件が発生する……。
 驚くべきはわずか10ページほどのプロローグの後、いきなり「読者への挑戦」が提示され、そこで犯人が明かされてしまうのだ!
 まあ、富山県の沖合というのがちょっと異色だけど、本篇に入ってからの展開はオーソドックス。島では2年前にも霞の両親を含む4人が亡くなる変死事件が起きており、今度の事件はそのときと同じ密室状態だった。穂継に殺人容疑がかかり、情報を手に入れるどころではなくなるので、誘拐犯は霞に何とかするよう協力を迫るが……。
 いやそれにしても、読者への挑戦が強烈過ぎて、犯人が出てきても肝心の犯人像がさっぱり浮かんでこない。「完全なる密室殺人」の謎にしても然り。ホントにそんなのありかよとぼやくことしきり。しかるに、中盤の破局シーンからは文字通り一気呵成でし たわ。いやはや「孤島×館×密室殺人」のはずが、読み終えてみれば、まったく別物になっていたという新名マジックの奇跡。今月の反転劇は数あれど、これにて極まれり!