今月のベスト・ブック

装丁=関口聖司
写真=高野和明
アートワーク=矢部弘幸(SPACE SPARROWS)

『踏切の幽霊』
高野和明 著
文藝春秋
定価1,870円(税込)

 

 大沢在昌『黒石 新宿鮫12』(光文社)は、新宿署の孤高の刑事の活躍を描くシリーズ第12作。物語は前作『暗約領域 新宿鮫11』でコンビを組んだ矢崎が鮫島の前に現れ、相談を持ちかけるところから始まる。中国残留孤児二世、三世のメンバーを中心にした地下ネットワーク「金石」幹部の高川が警視庁公安部に保護を求めてきたという。正体不明の幹部“徐福”が謎の殺人者“黒石”を使って組織の支配を進めているというのだ。

「金石」と闘ってきた鮫島は高川と会って事情を聞くが、その頃黒石は千葉で組織の幹部をまた1人処刑していた。頭を潰す黒石の犯行と類似した過去の事件を検討した結果、大量殺人の可能性があることが明らかに。

 かくして鮫島たちは金石の幹部「八石」の特定とともに、徐福、黒石の正体を暴くべく関係者への聞き込みを進める。その合間合間に黒石の暗殺シーンも挿入されるのだが、「それはシリーズ最凶最悪の殺人者」という帯の惹句にもうなずけよう。

 っていうか、新宿鮫のファンなら、殺人者キャラといえばシリーズ第2作に登場する“毒猿”を思い起こさずにはいられまい。同作をシリーズのベストとする向きもあろうとなればなおさらだが、本文中には「このときの殺し屋に匹敵する危険さと超える異常性を、鮫島は“黒石”に感じていた」とあり、それだけで一読の価値ありというものだ。

 その一方で、金石の成り立ちや黒石の素性からは、彼らの置かれた過酷な境遇やそれを生み出す日本社会のひずみも浮き彫りにされる。新チームも結束が固まりつつあるようだし、これで鮫島にも新たな出会いなどあればいうことないのだが。

 それにしても、黒石の殺人者ぶりはまさにホラー顔負けといえようが、今月の2作目は動物パニック・ホラー。増田俊也『猿と人間』(宝島社)がそれであるが、増田といえば、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を始めとする一連の柔道ものが有名。何故動物ものをと思われる向きもあろうが、もともと本格的なデビューは『このミス』大賞優秀賞を受賞した『シャトゥーン ヒグマの森』であった。同作は北海道の山間を舞台にヒトとヒグマの死闘を描いた圧巻の作品だったが、本書もその迫力は衰えていない。

 高一の加藤英輔はジビエ料理店経営の父・誠一郎とともに山奥の廃村に鴨猟に訪れる。両親の離婚後、一緒に暮らしていた母の再婚が決まった。誠一郎はそんな息子に自分の仕事の一端を体験させようというのだ。村は1980年代に限界集落と化し、今では80代の霜田良枝だけが住んでいたが、その良枝も3日後には町に移る予定だった。誠一郎たちが良枝の家に挨拶にいくと、今や村中が動物だらけで、特に猿は10個以上の群れが疎開してきて850頭を超えるという。誠一郎たちのテントの近くにはその調査に来ている大学のグループもいた。翌朝目的地の沼に行く途中で父子は動物に襲われた鹿の死体を目撃、その後鴨猟は成功に終わるが……。

 英輔たちが村に到着するや動物の影が見え隠れし始めるが、脅威ではない。しかし、国や自治体の施策の遅れやその他の要因で野生動物は格段に増えつつある。猿だけでも、自衛隊員や警察官と同じ30万頭を数える。

 著者はそうした蘊蓄を傾けながら徐々にサスペンスを高めていき、後半一気にヒト対猿の闘いを炸裂させる。体重90キロのクロザル率いる850頭の群れに英輔を始めとする数人の男女はどう抵抗するのか、ラストまで目が離せない。著者には引き続きこのジャンルでも書き継いでいただきたい。

 3冊目は高野和明『踏切の幽霊』(文藝春秋)。こちらも話題作『ジェノサイド』以来11年ぶりの長篇で、しかもホラータッチ。国際謀略活劇の『ジェノサイド』とはガラリと変わるが、著者には『グレイヴディッガー』『K・Nの悲劇』等のホラー系の佳作もあり、このジャンルも十八番とする。

 1994年12月、『月刊女性の友』の記者・松田法夫は大物政治家の収賄事件の取材から外され、読者投稿の心霊ネタ取材に回される。松田は大手新聞社の社会部記者として鳴らしたが、2年前に妻を病気で失ってからやる気をなくして退社、編集長の井沢に拾われた身だった。若手カメラマンの吉村と取材に回ったものの、どれも腰砕け。しかし私鉄の下北沢駅近くの三号踏切で撮影された心霊写真は本物のようだった。その日の深夜、不審な無言電話もあって、松田は調査にのめり込み始める。北沢署の旧知の刑事に協力を求めると、1年前に現場で殺しがあったという。通報があったのは深夜1時3分。それは無言電話を受けた時刻に他ならなかった。

 殺された20代前半の髪の長い女は、心霊写真の女と同一人物でキャバクラのホステスだったようだが、身元は最後まで不明のまま処理されていた。前半こそホラー調だが、ここから松田の渾身の身元調査が始まるのだ。昔取った杵柄で、女の関係者を探り出しては話を聞きにいく日々。それは出世作『13階段』の階段の記憶を追うドラマ演出に立ち返ったような社会派調のサスペンスをも生成していよう。本書はホラーとは謳ってないけど、最後には心霊趣向もちゃんと戻ってくるし、立派なモダンホラーじゃん。東さんのベストとかぶるかもしれないが、今月のBMもこれにて決定だ。