今月のベスト・ブック

装幀=高柳雅人
写真=Getty Images

『爆弾』
呉勝浩 著
講談社
定価1,980円(税込)

 

 コロナ禍が深まるとともにすっかり出不精になってしまった。老母の話し相手になるため、月に1、2度帰省するなど外出していないではないのだが、旅行気分には程遠い。そうこうしているうち一人旅をする体力も気力も失せてしまうのではと怖れつつ、スーツ氏の旅行チャンネル@YouTubeを覗き見る日々。

 今月のベストミステリー選びの1発目は、そんなわけで旅心を強くそそられた作品から。床品美帆『431秒後の殺人 京都辻占探偵六角』(東京創元社)は2018年の第15回ミステリーズ!新人賞最終候補となった表題作(「RОKKAKU」改題)他四篇収録の、古都京都を舞台にした連作集だ。

 表題作は、不貞を犯した妻と離婚協議中の写真館主・松原京介が妻との会見後、烏丸六角交差点の路上でビルからの落下物により亡くなる。警察は事故死と断定したが、松原を恩人と慕う駆け出しカメラマンの安見直行は妻と不倫相手の謀殺と確信、祖母のすすめる失せ物捜しの達人、六角法衣店を訪ねる。だが店にいた主人らしき青年、六角聡明はけんもほろろの対応で追い返されてしまう。

 その後六角はひょんなことから安見の捜査に協力することになるが、松原の死亡時、妻はタクシーに乗っており、犯行は不可能と思われた。さて松原の死は本当に殺しだったのかというわけで、ハウダニットの謎解き劇が繰り広げられる。一見マジメな安見は意外にチャラいが、六角とのコンビは有栖川有栖の火村英生&アリスのそれを髣髴させないでもなく、人気が出そうな予感。

 ミステリーとしては一貫してハウダニットもので、第2話ではお洒落なカプセルホテルで、第3話ではミニシアターとシネコンの中間に位置するような劇場の客席で、第四話では繁華街の準中箱規模のクラブで事件発生。出だしで古都京都という言葉を用いたが、実は舞台的にも道具立てという点でも、京都の現代都市としての側面を浮き彫りにしているところがミソ。また安見と六角が仲直りするきっかけになる出来事を始め、随所に怪奇趣向がまぶされている点も見逃せない。そもそも「六角家の祖先を辿れば、遥か平安の時代に宮中は陰陽寮に参内した陰陽師に行き着くとさえ言われている」大家。今後長篇はもちろん、スピンオフにも期待出来よう。

 なお、著者は「二万人の目撃者」(「ツマビラカ~保健室の不思議な先生~」)で第16回ミステリーズ!新人賞を受賞しているが、そちらの方も近刊予定とのこと。
 続いては呉勝浩『爆弾』(講談社)。何ともシンプルなタイトルで、ただ漠然と東京を舞台にした爆弾テロものというイメージだけ抱いて読み始めたら、なるほどトンデモない爆弾だったよ、ホント。

 9月27日夜、酔っ払って酒屋の自販機を蹴りつけ、止めに入った店員を殴って野方署に引っ張られた男、スズキタゴサク、49歳。見た目いかにも冴えないいがぐり頭の中年おやじだったが、取り調べに当たった等々力功に爆弾発言をする。5分後、その言葉通りに秋葉原で爆発事件発生。自分の霊感では、ここから3度、次は1時間後に爆発するという。それがスズキと捜査陣との息詰まる対決の始まりだった。

 1時間後、今度は東京ドームのそばで爆発。警視庁も捜査一課特殊犯捜査係の清宮と類家を送り込むが、スズキは動じない。動じないどころか、朴訥な物言いで記録係の伊勢勇気を自分のペースに巻き込んだり、清宮に相手の心の形を当てる「九つの尻尾」ゲームを持ちかけたりする。だがそこには、爆発事件に関わるヒントが隠されていた……。

 読みどころはむろん、スズキタゴサクという犯人のキャラクターで、名前から素性からその日の足跡まで、皆目正体がつかめない。だからといって昔の特高のように拷問にかけるわけにもいかず、捜査陣はあの手この手で犯行を探り出そうとするのだが、のらりくらりとかわされてしまう。いやはやその怪物ぶりは、これまでの日本ミステリーにはちょっと見当たらなかったかも。

 即思い浮かぶのは、アメリカFBIのプロファイリングチームの活躍を描いた『クリミナル・マインド』や、FBIに犯罪者の情報提供をして互角に渡り合う国際犯罪人が登場する『ブラックリスト』等、海外ドラマ。そういえば、スズキのキャラって『バットマン』に出てくる歪んだユーモアの持ち主ジョーカーを髣髴させはしまいか。スズキはさりげない言葉遣いや動作でゲームやクイズを仕掛けてくるが、いやその手が込んでいること!

 事件の真相はまったく先が読めないかのようではあるが、スズキはヒントをほのめかしてもいて、後半捜査陣も次第に追いついてくるのだが……。

 著者のテロものといえば、巨大ショッピングモールで起きた無差別銃撃事件の?末を追った『スワン』がある。事件に巻き込まれ生き残った五人の男女の証言から真相が浮かび上がってくるが、本作はさらに謎解き度が高いというか、大小の仕掛けを巧みに組み合わせ、恐るべきジグソーパズルを作り上げることに成功している。

 不公平感が蔓延する日本の現状をうがつという意味でも、もちろんスズキのかけた呪いは衝撃度抜群。『スワン』同様、社会派ミステリーとしても仕上がりは上々で、今月のBMベストミステリーもこれにて決定。