今月のベスト・ブック

装幀=川名 潤

『爆発物処理班の遭遇したスピン』
佐藤 究 著
講談社
定価1,760円(税込)

 

 コロナがまたぞろヤバい雰囲気になってきたと思っていた矢先に起きた安倍元総理銃撃事件。深層はこれからえぐり出されていくことになろうが、これを契機に規制や監視のきつい社会に傾いていかぬよう切に願う。

 というわけでベストミステリー選びに移ると、今月は濃ゆい短篇集が揃った。まず阿津川辰海『入れ子細工の夜』(光文社)は『透明人間は密室に潜む』に続く第二短篇集。特殊設定の表題作を始め先鋭的な4篇を収めた前集と同様、今回も「本格ミステリの極限を探る」4篇を収録。

 頭の「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」は殺されたフリー記者の持ち物を探偵の「おれ」が捜し歩く。被害者は立ち寄ったバーでカバンを取り違えたらしい。取り違えたカバンには購入した古本が詰まっていたことから、おれは最寄りの古書店に聞き込みに回る。意外な真相が待ち受けている捜索の行方もさることながら、何より古書(店)ミステリー趣向が味わい深いハードボイルド篇。続く「二〇二一年度入試という題の推理小説」は表題通り、ある大学が入試に「犯人当て」を採用したことから起きる騒動劇で、問題の犯人当てミステリーや様々な関係文書から再構成されている。思いつくのは簡単だが実際に書くのはとても難しそうな話を見事な作話とブラックユーモア演出でしのいでみせた。

 表題作はアンソニー・シェーファーの舞台劇を映画化した『探偵〈スルース〉』にオマージュを捧げた一篇で、ベストセラー作家と新人編集者の秘密の暴露合戦の果てに明かされるのは……。そして「六人の激昂するマスクマン」は6つの大学のプロレスサークルの代表者会議がコロナ下、久々に執り行われるが、やがてスター格のマスクマンが殺されたという知らせが入る。前集収録の「六人の熱狂する日本人」に続く“六人シリーズ”第二弾。設定はマニアックだが、謎解きはロジカル。帯の惹句じゃないけれど、いいぞ。さらにやれ。といいたくなる。続巻を待つ。

 2冊目は結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮社)。こちらは現代的な題材を活かした話が揃っており、全5篇収録。

 頭の「惨者面談」は、中学受験専門の家庭教師仲介ビジネスの営業スタッフ・片桐が新たな顧客の家を訪問、ドアホンになかなか応じなかったものの、出てきたのは普通の掃除途中の主婦とその息子に見えた。続く「ヤリモク」は42歳の既婚者なのに32歳の独身と偽ってマッチングアプリで女を漁る「僕」が、その夜もマナという20代OLと飲んだ後、彼女の部屋を訪れることに。何だか上手くいきすぎているような気がしたが……。3篇目の「パンドラ」は妻の香織と高2の真夏と3人で暮らす「僕」の話。僕の生活は円満を絵に描いたようなものだった。2週間前、真夏から、かつて世を震撼させた連続幼女誘拐殺人事件の犯人と似てない? といわれて一波乱あったくらいだが、ある日、衝撃的なメールが。自分が精子提供した女性が生んだ“我が子”からの連絡だった。

 家庭教師の仲介サービス、マッチングアプリ、精子提供と今様なテーマを素材にヒネリを加えた好篇が続くが、続く「三角奸計」はそこに凄みが加わる。東京に住む「僕」桐山と関西在住の茂木、宇治原は学生時代のポン友。3人は久しぶりにリモート飲み会を開くが、2時間後には〈いまからあいつを殺しに行く〉といい出す騒ぎになっていた。そして掉尾を飾る第74回日本推理作家協会賞を受賞した「#拡散希望」もまた、凄い。長崎市の沖合80キロに位置する匁島。現代文明からちょっと遠ざかったその島で暮らす4人の少年少女がやがてYouTubeに目覚めるが……。ヒネリを超えた大仕掛けと残酷なクライマックスを見よ。けだし現代ミステリーの先端をいく傑作集というべきか。

 3冊目は佐藤究『爆発物処理班の遭遇したスピン』(講談社)。話題作『テスカトリポカ』で直木賞と山本周五郎賞の二冠に輝いた著者の第一短篇集だ。全8篇収録。

 頭の表題作は鹿児島市の小学校で爆破予告が入り県警の爆発物処理班が出動、爆弾は簡単に処理出来るかに見えたが、爆発。その収拾もつかぬうち、同市内のホテルで第2の爆弾事件発生。しかもそれは沖縄の米軍基地に仕掛けられたものと連動していた。表題のスピンとは量子力学上の電子運動のことで、ホテルの爆弾と沖縄米軍基地の爆弾は量子力学を応用したものだった。環境テロ組織の犯行に日米両国はどんな判断を下すのか!?

  続く「ジェリーウォーカー」は映画の怪物クリーチャーのCGクリエイターが主人公。オーストラリア人の彼は独創的な造形で世界に知られていたが、実は友人と組んで密かに実物のキメラ作りに勤しんでいた。以上SFスリラー系の二篇で『テスカトリポカ』色を払拭したかと思いきや、新宿やくざの試練を描いた「シヴィル・ライツ」、シリアル・キラー・アートに執着するコレクターの悪夢を描いた「スマイルヘッズ」、退職刑事を取材するライターの受難劇「ボイルド・オクトパス」、川崎で更生を図る少年が猟奇事件に遭う「くぎ」で、猟奇犯罪ものもしっかりと押さえ、なおかつ同郷の作家・夢野久作や乱歩賞の大恩人にオマージュを捧げた奇譚「猿人マグラ」と「九三式」で文学色濃厚な作品までこなしてのけるあざとさ。これまた、いいぞ。もっとやれ。で、今月もこれにて決定。