今月のベスト・ブック

装丁=大島依提亜

『君のクイズ』
小川 哲 著
朝日新聞出版
定価1,540円(税込)

 

 近年プロ野球を見なくなって、今年の日本シリーズの行方も数日前まで知らなかったが、他にもいろいろ知らないことはあって、たとえば150キロ以上の速球を投げる投手が増えたこと。中には160キロ前後の剛速球投手もいて、まさにメジャーリーグ顔負けだ。

 今月のベストミステリー選びも久しぶりに野球ものからで、河合莞爾『豪球復活』(講談社)は表題通り、豪速球投手の謎をめぐるミステリーである。

 物語本篇はハワイの地でジミィと呼ばれるアジア系ホームレスとある日本人の再会から始まる。彼、沢本拓はプロ野球・東京ティーレックスのブルペンキャッチャーで、再会したジミィはかつて彼とバッテリーを組んでいたティーレックスの大黒柱・矢神大。10年前、高校球界に登場して以来、天才投手の名をほしいままにしてきた矢神だったが、肩の故障から運動障害を引き起こし、LAで治療することに。だが半年前、その治療施設から、彼は失踪していた。おまけに記憶も失っていたが、沢本は彼の肩が治っているのを確認。帰国後、球団に復帰を直訴する。だがお偉方を前にマウンドに立った矢神は、ボールの投げ方さえ忘れていた。

 かくして矢神は戦力外通告を受ける羽目になるが、彼の再起を願う沢本とともにトレーニングを続ける。そんなある日、矢神は自宅の地下で自筆ノートを発見、そこには彼が昔投げて人を殺した“消えるボール”を封印するという言葉が。

 記憶喪失というミステリー趣向が端から繰り出されるものの、前半は堂々たる野球小説乗りで(ちなみに矢神のモデルは元巨人の江川卓かと)、現役時代とキャラも変わった矢神が沢本と2人でこつこつと再起に励む姿は読ませる。ミステリーとしても、矢神の過去が明かされるとともに封印されていた犯罪の謎が浮上してきて後半俄然面白くなる。さらにはこの著者ならではの驚愕仕掛けも炸裂ということで、9月刊作品ながら、改めて取り上げる価値は充分ありとみた。お奨め。

 藤井太洋『第二開国』(KADOKAWA)は著者の故郷・奄美大島を舞台にした国際謀略サスペンス。主人公の昇雄太は島の南部・古志埜町のスーパーで働く32歳。島の出身だが東京の大学を出て大手スーパーに勤めていた。しかし父が認知症になり、半年前に帰郷、地元スーパーの社長に乞われスタッフとなる。店の掃除から、資材の買い付け、品出しにレジ対応まで忙しい日々を過ごしていた。

 というと、いかにも島民の帰郷譚、第二の人生ものっぽい出だしだが、そこへ警視庁公安部外事課の刑事2人が町に潜入していることが明かされ、話が急にきな臭くなる。実は長年過疎と人口減少に悩まされてきた町では、巨大クルーズ船寄港地〈ユリムンビーチ〉を中心にしたIR誘致計画が進んでいたが、何せ奄美は中国から太平洋を守る島嶼防衛の要衝、そこへクルーズ船が中国から多くの観光客を運んでくるというのだ。中国政府が関係していないわけがない! かくして公安警察の出番という次第だが、クルーズ船エデン号には前代未聞の事業内容が隠されていた。

 さすが故郷の話というか、奄美大島の現状から自然風物に至るまで細部描写が行き届いている。話ものんびりしたペースで進むのかと思いきや、公安刑事の登場に続き、エデン号の内部紹介に移ると観光船にしては設備がいかにも不自然だったりして、にわかに秘密が立ち込め始めるのである。もっとも傑作『ワン・モア・ヌーク』の首都を破壊してしまうような禍々しい方向には向かわないのは、故郷が舞台ゆえか。出来事の鍵を握る祝佳乃も“宿命の女”というにはあまりに陽気。冒頭「謀略」もの扱いしたけれども、シリアスなテーマを突きつけながらも、海洋活劇もたっぷり楽しめるエンタメに仕上がっている。

 3冊目もSF系作家の長篇、小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)。長篇とはいっても、この著者にしては短い200ページ足らずの中長篇。題材もテレビのクイズ番組となるといかにも軽めな話に思われようが、予想を超える手ごたえがあった。

「将棋でいうところの名人戦、野球でいうところの日本シリーズみたいな」クイズ番組、『Q-1グランプリ』。決勝に残ったのは、主人公の三島玲央と「世界を頭の中に保存した男」の異名を取る東大医学部4年の本庄絆。賞金1000万円をかけた2人の熾烈な戦いは6勝6敗で最終戦を迎えるが、MCが問題を告げる前に本庄が回答する。

「ママ、クリーニング小野寺よ」と。

 正解。それは山形県を中心にしたクリーニングチェーンの名称だった。それにしても、本庄は問題が出る前に何故回答できたのか。ヤラセだったのか。三島はプロデューサーや本庄自身にも問い合わせるが、回答はなし。かくして彼は自らその謎を解くべく、本庄の素性はもとより、自らのクイズ人生の軌跡もたどり始めるのだった。

 ミステリーとしての謎はシンプルだが深い。そもそもクイズは出題にただ答えればいいというものではない。早く、時には賭けに出ることもある。それにはそれなりの対策も必要で、ただ知識があれば勝てるものではないのである。著者は事件の真相を探りつつ、クイズの深層をも掘り起こしていく。その果てに見出した結論は──その一文のカッコよさに惚れました。今月はこれにて決定。