次作を書く関係で、地方に移住した人の本を手当たり次第読んでいる。
東京で長く暮らした人が地方に移住すると、どれだけ大変かがよくわかる。田舎で生まれ育った私でさえも、たまの帰省で人間関係の濃さや無遠慮な質問や行動に驚くことがある。
体験談を綴った書籍の中にも、移住してきたばかりで近所の人々に矢継ぎ早にプライバシーを尋ねられる場面が出てくる。
──あんた、今までどこで何してきたの?
──あんた、大学はどこ出てんの?
──親の職業は何?
絶対に逃さないぞという迫力で穴の開くほど見つめられる。咄嗟のことで、うまくかわす間もなく、思わず正直に答えてしまうという。
自分は相手のことを何も知らないのに、相手はこちらのプライバシーを知っている。そういった状態は、何とも言えず不快で不安な気持ちになるものだ。
そして、月日を経たのちも、「強制的に言わされた(としか思えない)」場面を繰り返し思い出し、トラウマになってしまうこともある。そういったことは、有名人や芸能人なら嫌というほど経験しているに違いない。
そういった地元民からの不躾な質問が一段落したあと、お返しに移住者からも質問をしてみるのだが、地元民は自分のことは一切答えない。そのことは、どの体験談にも書かれている。
地元民への質問といっても、学歴や来し方を不躾に尋ねるわけではない。そんな無礼な質問をする人は少数派だろう。
そもそも相手のことを深く知りたくて尋ねているわけではない。お近づきになるために、当たり障りのないことを軽く聞いてみるといった程度で、単なる儀礼上のものだ。それなのに、相手は一切答えないというのだ。
そういうやりとりがあった時点で、「ああ、大変なところに引っ越してきちゃったなあ」と早々に後悔し、この先の暮らしを思うと、嫌な予感で頭の中はいっぱいになる。
──だから言ったじゃないか。いきなり田舎の家を購入しちゃだめだよ。まずはお試しで賃貸物件を数か月間だけ借りなさい。そして実際に暮らしてみて、よく考えてから判断しなさいと。
そんな忠告に耳を傾けなかった自分を思い出し、気持ちが落ち込んでしまう人も多いらしい。
当たり前のことだが、田舎の人がみんながみんな不躾な人ばかりではない。上品で教養あふれる人だっている。
性格も品格も人それぞれだし、生きてきた時代背景もあるし、田舎とひと口に言っても、地域によって違いは大きい。
とはいえ、前述のような不躾な質問をする人が近所に一人でもいると、それだけで移住者の精神的ダメージは大きいものだ。
さて次回作を書くにあたり、「だから田舎暮らしはやっぱり私には無理でした。都会暮らしの方が向いていると思い知りました。ですので都市部に舞い戻ってきました。はい、終わり」というのでは困る。小説のあらすじ云々よりも、日本の行く末が心配になる。
今後も都市部への人口集中が加速するのだろうか。
田舎は更に過疎化が進み、インフラ整備も行き届かなくなり、イノシシやクマが跋扈するようになるのか。
新型コロナウイルスがきっかけで、在宅勤務が広まってきた。自宅にいても十分仕事ができることが知れ渡ったからか、ウイルスが収まったあとも、出社日が少ないままの企業は多い。
都市部の住宅は庶民の手の届かない価格になった。高給取りのエリートサラリーマンでさえ住宅ローンが重くのし掛かる。だったら賃貸ならいいかというと、家賃が高すぎて貯金ができない。となると、やはり田舎暮らしという選択肢を思い浮かべてしまう。
だが……。
──田舎は人間関係が濃すぎるし、賃金が安いから暮らしにくい。
──東京のマンションは一億円以上するから買えない。
そんな状態が続く限り、日本はどこへ行っても住みにくさから逃れられないことになる。
田舎の人の気持ちも考えてみた。見知らぬ人が近所に引っ越してきたら、警戒するのは当然だろうと思う。
そもそも私も地方から上京してきて東京に住んでいるだけで、元は「田舎の人」だから、その感覚はよくわかる。
移住者の祖父母か両親か親戚の誰かが、その土地の出身であるとなれば話は別だ。だが、その土地と全く縁のない人となれば、「なんでこんな田舎に移住してきたのか。何か訳アリなのか」と疑心暗鬼になる人は、特に年寄りの中に多いだろう。
だからこそ、冒頭で述べた不躾な質問となるのだ。素性のわからない人間が隣近所に住み着いたとなれば不安で落ち着かない。
都市住まいの人であっても、自分たちの平和な暮らしが乱されるのではないか、まさか危険人物ではあるまいな……などと想像してしまうこともあるだろう。
見知らぬ人を警戒するのは普通のことだ。となると、相手の情報は多い方がいい。だから矢継ぎ早に質問してしまう。そして、相手が善人か悪人かわからないうちは、自分や自分の家族のことは一切知られたくない。だから何を聞かれても答えない。それも当然だろう。
こう考えてくると、田舎の人の態度が特別に「感じが悪い」わけではなくて、仕方のない反応だとわかってくる。
昨今は、外国人が日本の山や水源や田畑やリゾート地を買い漁るようになった。本当に恐ろしいことだ……などというと、やれ人種差別だ、やれ考えが偏っている、と非難する人がいる。だが、そんなことを言う人の方がもっと恐ろしく感じる。
スウェーデン政府が、「移民一人につき三十五万クローナ(約四九〇万円)をあげるから故国に帰ってくれ」という政策を打ち出した。そのことに衝撃を受けた人は多かったのではないだろうか。
それらに比べたら、都市部の人が地方に移住したり、セカンドハウスを持ったりする方が、ずっと安心だ。
都市部に住む人間が、田舎にも家を借りたり、所有したりするのはどうだろうか。今や百万円を切る価格や、無料で譲るという物件も増えているのだ。
そうすれば、日本の人口が減っても、空き家はぐっと減ることになる。
日本は災害が多い国だから、各自に避難先が確保できていれば、日々の暮らしにも安心感がある。
ロシアの人々のほとんどが田舎に田畑を持っていると聞く。食料不足を解消するため、第二次大戦中に国民に農地を与えることが法制化されたからだ。田舎の家や畑を「ダーチャ」と呼ぶらしい。
都会に住みながら、休日には農業をする。健康にもいいし、植物を育てる喜びや収穫の喜びも味わえる。
そんなゆったりした生活ができればどんなにいいだろう。
このことは学生時代から思い続けてきたが、なかなか実現しない。