今日、久しぶりに銀座に行った。
 特に用はなかったのだが、ここのところずっと家で仕事ばかりしていたので、華やかなところに出かけてみたくなったのだ。
 平日だから空いているだろうと思ったら、とんでもなかった。
 外国人観光客でいっぱいだった。銀座の大通りは歩道の幅が広いのがお気に入りなのだが、真っ直ぐ歩けないほど人で溢れていた。
 銀座に行ったときは、たいがい文明堂のカフェでランチかお茶をする。ガラス張りの路面店だから、道行く人が見えて楽しい。そのあとは、ユニクロに行き、気に入ったものがあれば買って帰る。それが私の銀座散歩の定番コースだ。
 スターバックスやドトールもあるにはあるが、いつ行っても満員で入れたためしがない。銀座に来てさえも、私と同じように安価なカフェを求めている人が、これほど多いのかと思うと親近感を覚える。
 いつ頃からか、庶民にとって銀座は面白い街ではなくなった。外国の高級ブランド店だらけになった。そういった店の前には、黒いスーツをびしっとキメたスレンダーな男性店員がガードマンさながらに立っていて、入店人数に制限をかけて睨みを利かせている。
 以前のように、お金もないのに冷やかしで入店できたのは過去のものとなった。小説を書くために、どこにでも出かけて様々な人間模様を見てやろうと考えている私にとっては残念な状況だ。
 デパートにしても、今は超高級品しか売っていない。以前は銀座のデパートといえどもワゴンセールもあって、手の届く物があったのに。
 だから、銀座に行ったときは文房具の伊東屋かユニクロくらいしか行かなくなった。だがユニクロも外国人客でごった返していた。たぶん銀座にあるどの店よりも入店人数は多いと思われた。
 それでもせっかく来たのだからと、冷房対策用のジャンパーを探した。すぐにぴったりなのが見つかったのだが、レジを見ると長蛇の列だった。見たところ、並んでいるのは全員が外国人だった。
 ちょうど店員さんが通りかかったので、別の階のレジでもいいかと尋ねたら、三階にセルフレジがあるから、そこだと早いと教えてくれた。
 行ってみると、何台も並んだセルフレジはがらんとしていた。そのすぐ横の普通のレジは、やはり長蛇の列だった。私は誰も使っていないセルフレジの一台を選んで精算し、さっさと店を出た。
 大通りの混雑を避けようと、一本奥に入った道を歩いたが、そこも混んでいた。途中でシネスイッチ銀座の前を通り、映画でも観ていこうかと立ち止まったものの、興味を引かれる作品がなかったので、通り過ぎて有楽町まで歩いた。
 面白くなかった。
 広い歩道をぶらぶら歩くだけでも楽しかったはずの銀座が、うんざりするほどの人混みに変わっていた。日本橋か東京駅まで歩こうかとも思ったが、きっと混んでいるに違いないと思い、早々に電車に乗って家に帰った。
 こういう状態はいつまで続くのだろう。円安ブームの今だけならいいが、ずっと続くとしたら、もうどこにも行く気がしない。
 各地でもオーバーツーリズムが問題となっている。テレビは連日のように混雑ぶりを映し出す。浅草の三社祭や京都の葵祭の様子を見ると、行こうと思わなくなる。歩き疲れたときにカフェで休憩しようとしても満員で入れないだろうし、ベンチにもきっと空きがない。
 祭などのイベントがない日でも、渋谷のハチ公前や雷門の前はもちろんのこと、どこに行っても混雑を目にするようになった。京都や鎌倉などでは、地元住民が生活手段として使っているバスや電車が満員で乗れなくなったと報道している。
 観光客相手の商売をしている人は、きっと面白いほど儲かって笑いが止まらず、口を閉める間もないのだろう。だが、日本全体として見れば経済効果は微々たるものだというではないか。そう聞けば、できれば日本に来ないでほしい、などと思ってしまう。
 SNSなどで、渋谷のスクランブル交差点が有名になった。あんなにたくさんの人が歩いているのに、よくぶつからないものだと外国の人は驚くらしい。
 最初は意味がわからなかった。そりゃあ前から歩いてきた人とすれ違うときは、互いによけようとするから、ぶつかるわけないでしょうよ、と。
 だが最近になって自分なりに解明できた。
 外国人が多い街を歩いていると、何度もぶつかりそうになる。なぜそうなるのかと言えば、理由は簡単で、相手が道を譲ろうとせず直進してくるからだ。大柄な人が多いから、私が少しよけたくらいでは間に合わない。
 そのとき私は初めて気づいた。私たち日本人は、視界の隅にいる人の動向まで察知して、背後の気配も感じ取っている。そして擦れ違う何メートルも手前から無意識によける準備をしているのだと。
 整然とした東京のきれいな街も、今後は変わっていってしまうのだろうか。
 ローマやパリの住民は、もう慣れたのだろうか。これらの街は、もうずっと前から世界中の観光客が押し寄せている。
 富士山の登山道が渋滞している映像も何度か見た。そんな混雑がきっかけで通行料二千円を取るようになったという。
 水の都ベネチアでは、入場料徴収制度が試験的に始まったらしい。日本の各観光地も入場料を取っていいのではないかと思う。飛行機に乗ってせっかく遠い日本まで来て、そんな少額の出費を惜しむ外国人はほとんどいないのではないかとも思う。 
 私自身が海外に行ったときは、現地住民が迷惑しているなんて考えたこともなかった。今こうして逆の立場になって初めて、観光客を歓迎していない人々がたくさんいることを知った。
 私自身はゴミのポイ捨てや大声で話すことはしないが、それでも、「お邪魔させていただいております」という気持ちを忘れないようにしたい。
 それにしても……ああ、のんびりと日本各地を旅して歩きたい。
 だけど、うんざりするほど混んでいると思うと二の足を踏んでしまい、今日も家でごろごろするのでした。

 

(第22回へつづく)