つい先日、青森に行ってきた。
 道の駅に寄ったとき、アケビと、オカワカメと、ポポーという果物を買った。
 東京のスーパーでは出回っていないものばかりだ。
 オカワカメは、濃い緑色をした葉っぱ状のもので、茹でるとワカメのようにヌルっとした状態に変化する。スマホで検索するまでもなく、「絶対、これは身体にいい!」と直感してしまう野菜だ。別名は雲南うんなんひやくやくや、マデイラカズラと言い、ツルムラサキ科だという。
 ポポーは小さめの黄色いマンゴーといった外見だが、食べてみるとドリアンのようなねっとりした食感で、甘みが強くて癖になりそうなコクのある美味しさだった。
 そういえば、子供の頃、庭になっていたグミの実やコンメなどの果物を食べた。コンメというのは方言だったのだろうか。山桜桃梅(ゆすらうめ)とも言うと知ったのは、ずいぶんあとになってからだ。それ以外にも、庭には柿の木が四本と巨大な無花果いちぢくの木があり、隣家との間の塀越しには、枇杷びわの木やザクロの木が見えた。
 今では、スーパーでも無花果を売っている。だが十数年前までは、うちの近所では、どこのスーパーでも見かけたことがなかった。子供の頃から食べ慣れていたから、ときどき思い出しては、無性に食べたくなることがあった。
 だが最近は秋になると、ほんの短い期間だが見かけるようになった。とはいえ、少量が入ったパックがひっそりと隅の方に少しだけ置かれているので、見つけたら速攻でレジかごに入れている。
 そして、大学時代に伊東に合宿に行ったときのこと。初めて民宿なるものに泊まったのだが、そこでは今まで見たことがない魚が食事に出された。まるで小さな怪獣のような姿かたちをした魚たちだった。
 たい秋刀魚さんまなど、誰でも知っている魚以外に、市場に出回っていない魚の種類が、実は何百、何千とあることを初めて知った。網に引っかかったが売り物にならない魚を、民宿を経営する人がタダ同然で仕入れてきたのだろう。
 つまり何が言いたいかと言うと、市場に出回っていない無名の野菜や果物や魚などの食材が、日本には数限りなく存在するということだ。
 海水温の上昇により、今まで庶民の味方だった青魚の値段が上がってきた。
 北海道ではブリが大量に獲れるようになったとニュースで流れた。だが北海道民はブリを食べ慣れていないので、全く売れていないということだった。
 本当にそうなのか。さんの知り合いに尋ねてみると……。
 ──ブリ? あんなの誰が食べるもんですか。道民はね、鮭かホッケに決まってるっしょ。
 ああ、なんともったいない。
 ブリの刺身に、ほんの少しワサビ醤油をつけて、一切れずつ大葉に巻いて食べてみてくださいよ。本当に美味しいんですから。
 食料自給率の話に戻るが、肉に関して言えば、増えすぎて困っている鳩や猪や鹿などが思い浮かぶ。日本には「鳥獣保護法」があり、ベランダの鳩を駆除できないから困っているという人々がたくさんいる。
 戦時中はイナゴでも食べたのに、今では様々な法律が、人々の食生活や安全を脅かしている。
 そんなことを考えているとき、ふと、ある映像を思い出した。鯨類捕獲調査船に体当たりする、グリーンピースやシーシェパードだ。
 鯨や海豚いるかのような、知能が高いうえに可愛らしい哺乳類を食べるなんて、言語道断、日本人はなんて野蛮な民族なのか、ということらしい。
 昨今になって、カラスの知能が高いことも知れ渡ってきた。
 それは、つまり、
 ──実は○○も○○も○○も知能が高い。
 調べれば調べるほど、知能が高いと言われる種類はどんどん増えていくのではないか。
 そして、その事実が知れ渡るにつれて、「可哀想だから」「可愛いから」と、人間が食べてもよいとされる生き物が減っていく。猿などは見るからに賢そうで、ほとんどの人が食べたいとも思わないだろう。
 となると、本当は牛の知能も驚くほど高いのではないか。だが、決して欧米人はそれを言わない。
 青森旅行の話に戻るが、ツアーガイドの女性の言葉が気にかかった。
 ──恐山の本堂には、白無垢の花嫁人形が何百体も置かれているんです。戦争などで独身のまま亡くなった息子を、あの世で結婚させたいと願って供えるんです。今も毎年二十体ずつ増えているそうです。
 それを聞いて、私は子に先立たれる悲しみを想像し、胸が詰まる思いがした。
 だが、そのあとだ。
 ──その部屋に入るとぞっとしますよ。寒気がするっていうか、なんだか怖いんです。男の人でも怖いらしいです。大の男でも怖がるんですから、女の私なんか恐ろしくて入れません。
 彼女は何度も「男でも恐れる」ことを強調した。
 はて?
 六十代と見える彼女の心の中では、いまだに「男は何をも恐れない勇敢な人間である」ことが、スタンダードであるようだ。
 誰に対しても、「らしさ」を押し付けるのは、もういい加減やめようよ。
 ──ガイドさん、あなたの考え、古いですよ。男も女も迷惑します。
 ああ、あのとき、そう言っちゃえばよかった。
 東京に帰ってきて数日経ってから後悔した。
 いつも私はワンテンポ遅れる。

 

(第32回へつづく)