第四話 永遠の縁日（承前）
花火が終わりに近づいてきたのか、いちだんと大きな音が鳴りだした。
夜空に大輪の花が光る。夏祭りが終わってしまう。二人の最後の夏が、こんなにもあっけなく過ぎ去ってしまう。
気がつくと、声に出していた。
「引っ越しなんて、うそだよね」
うつむいていても、大地が顔を上げたのがわかる。あきらめたような声が答えた。
「ほんと。夏休みのあいだに引っ越して、三年間は関西で暮らすらしい。春くらいにはさ、なんとなくだけど話があったんだ。リモートの時代に遅れてるって、真穂もお母さんもお父さんも、すげえ嫌がってるけどな」
「大地は？」
「え」
「大地はどうなんだよ」
花火の光が親友の頬を照らしたけれど、どんな表情をしているのかは、わからなかった。
相手は、いつの間にか、お面をかぶりなおしていたから。
「嫌に決まってるだろ。俺、まだまだ空斗と野球したかったし、遊びたかった。転勤するかもって聞いてたけど、なんとなく空斗とはずっといっしょだって思って――て」
最後の言葉は囁くようで、よく聞こえない。
なにか答えようとするのに、なにも言えなくなった。どんな言葉も当てはまらない気持ちが、喉の奥で出口を求めてあばれている。
「うう」
細い声が漏れる。空斗も慌ててお面をかぶりなおした。
これまででいちばん大きな花火が空に輝いて、ついに夏祭りにピリオドが打たれた。打たれてしまった。
数え切れないほどの光の線が、夜空にじわりとにじんでは消えていく。
目をぬぐおうとして、手がお面にぶつかった。持ちあげた手首に光っていたはずの棒も、はかなく消えかけている。
もう、時間がないんだ。
「大地っ」
名前を呼んだのに、やっぱりあとがつづかない。
ぼく、ほんとは半年後のぼくなんだ。一度目の夏祭りは、約束をやぶって、すっごく後悔して、やり直すために過去に戻ってきたんだ。鎌倉の神社で怪しい神主と巫女さんに会って、うそみたいな時帰りなんて儀式をすすめられてさ。
違う、こんなことを伝えたいんじゃない。
いろんな色が混じりすぎて、胸の中は、夜空みたいな色になってしまった。このぐちゃぐちゃの気持ちを、どんな言葉ならちゃんと伝えられるんだろう。
目の前に大地がいる。
それだけで胸がいっぱいになって、どれだけ必死に考えても、やっぱり言葉なんて見つからない。
花火の音が消えた暗い部屋で、二人ともお面をかぶったままじっと動けないでいる。手首で光っていた棒は、目をこらしても、ほとんど見えない。
このまま、さよならなんて嫌なのに。
今度こそ涙をこらえきれないと思った瞬間、大地のほうが声を発した。
「来年の夏祭りは、いっしょに行こう」
思わずひゅっと息を吸った。空斗が見つけられなかったぴったりの答えを、大地が見つけてくれたのだと思った。
「――うん、ぜったいだよっ。遊びにきてよ。ぜったい、ぜったいだよ」
「約束っ」
さっと差し出された大地の小指に、空斗の小指が触れる。
次の瞬間、意識がふわりと体から剥がれたのがわかった。
ぐんぐん上へとのぼっていく。まるで空斗自身が花火になったみたいに。
頭の中に、ドラコのお面を大切に飾っている記憶がよみがえってきた。
こんな体験はしていないはずなのに、それはたしかに空斗の過去として記憶されている。
ほかにも、この半年の記憶が、泡のように浮かんでははじけていった。
大地と離れて、寂しくて泣いていた夜のことも。ひとりいなくなっただけなのに、やけにだだっ広く感じた野球の練習グラウンドのことも。
けれど、大地とあの夜をいっしょに過ごせた。
「うう」
涙をこらえる空斗を、光の海がやさしく包みこむ。
ぐんぐんのぼって、のぼって、いつの間にかうとうととしかけるほどのぼったころ、すとん、と足がどこかに着地した。
あたりを見渡せば、もとの竹林にたたずんでいた。
