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第二話 想い出の苦いヴェール(承前)


 翌朝、まだ薄暗いうちに目覚めた大輔はジョギングをしなかった。スムージーも飲まず、ただベランダに突っ立って、昇る朝日をぼんやりと眺めていた。
 この時代に帰れば、どんな未来も選択できると思っていた。ただし、記憶どおりの自分だった場合に限る、である。
 未来は、“今”の連続だ。
 こんなしょぼくれた今の先には、やはり現在の自分が送っているようなしょぼくれた現実しか待っていないように思えた。
「会社、行きたくねえな」
 つぶやいてぎくりとした。このベランダでこんなふうにつぶやくのは、初めてではない。当時の自分が、口癖にしていたことだ。
 あれほど好きだったはずの朝日を浴びるのさえけだるくなって部屋に戻ると、スマートフォンにメッセージが届いていた。
『昨日はめんどうな話を聞かせて悪かったな。もし起きてたら走らないか。今、マンションの前だ』
 土岐からだった。そういえばお互い、出勤に時間がかからず緑の多いこのあたりに住んでいる。
 すぐに返事を送った。
『ストーカーかよ。今降りる』
 打ち返しながら「助かった」と声に出していた。

 道に出ると、土岐がのんびりと笑って片手をあげた。
「ひと汗かいて、酒を抜いてから出社しようと思ってさ」
「おまえ、けっこう飲んでたもんな」
 おっさんと呼ばれるにはまだほんの少し抵抗のあるふたりで、ストレッチをはじめた。
 土岐が膝を動かすたびに、ポキポキと骨の鳴る音が響く。こんな男が、わざわざ酒を抜くためにジョギングなど思いつくはずがない。
「もしかして、俺のこと、気を遣ってきたのか」
 朝日をしょった土岐の顔はよく見えなかった。
「昨日はさ、俺の話ばっかになっちゃっただろう。よくよく思い出してみたら、少し様子がおかしかったし」
 日常の小さな違和感を見過ごした結果が離婚だったからな、と土岐は笑った。
「俺、そんな変な態度だったか」
 走りだしながら問いかけた大輔に、土岐は曖昧あいまいにうなずく。
「変な言いかたかも知れないけど、なんか一気に年食ったおっさんになったみたいだった」
 意外と鋭い。こういう男を手放して須崎を選ぶなんて、麻美さんは愚かだ。
 ひゅっと息を吸ったあと、大輔は「ははは」とあえて大声で笑ってみせた。
「失礼なやつだなあ」
「悪い、でも、まるで別人みたいだったって意味だよ。ほら、雨野ってふだんはもっと偉そ――威勢がいいだろう」
「遠慮しなくていいよ。なあ、土岐から見て、俺って、偉そうのほかに、どんなやつだと思う」
 土岐が息を切らしながらこちらを見た。やや垂れた細い目が見開かれている。
「頼むよ。俺、自分を、いや、未来を変えたいんだ。そのためには、今の俺が変わらなくちゃだろ」
「雨野、おまえ、ほんとに大丈夫か」
 早くも息を切らしながら、土岐が気遣わしげな声をかけてきた。
 大輔がムッとして言い返すまえに、土岐が畳みかけてくる。
「雨野といえば、多少勘違いしてようがなんだろうが、重機みたいに現実をならしていく俺様って感じが売りじゃないか。現実に自分をアジャストするより、現実のほうを自分に合わせさせるってタイプだな」
「そう、だったか?」
「そうだよ。昇進試験だって、永山さんに強引に頼みこんだって陰口たたくやつもいたけど、そういうやつに限って文句ばっかりで行動しないって、雨野はバカにしてるだろう。その考えがにじみでてるから、またさらに反感かってさ。そんなおまえが自分を変えたいなんて」
「……そうか、俺、昇進試験のこと、永山さんに頼みこんでやっと受けさせてもらえることになったんだっけな」
「うん。それでもすごいことだよ。同い年で昇進試験受けさせてもらえるやつなんて、他にいないんだからさ」
 試験をパスするための指導は直属の上司が担当する。下手な部下を指導して自分のキャリアに味噌をつけたくないから、それぞれ、人選は慎重になるのは本当だろう。しかし……走りながら、大輔の脳裏にゆっくりと本来の過去の記憶がよみがえってきた。
 昇進試験を打診したときの上司――永山の表情は、お世辞にも快いものとは言えなかった。
「本気か」
 これが、永山の本当の第一声だった。明るい響きで尋ねられたのではもちろんなく、言い出したらきかない大輔の性格を知っているがゆえの、諦めに似た確認だっただろう。
 土岐に合わせてペースを落としながら、独り言のようにつぶやく。
「でもいまは俺さ、どうしてそんなに昇進したかったのかわからなくなってるみたいなんだ。畑違いの業種なんかも探しちゃってさ」
「ええ? 転職ってステップアップのためじゃなかったのか」
 土岐のこめかみからは、幾筋もの汗がしたたり落ちている。
 朝日が、それまで夜の名残なごりに沈んでいた風景を容赦なく浮きあがらせていった。
 まぶしさに目を細めながら、土岐とふたり、無言で走りつづける。
「もしかしておまえ、仕事、嫌いだったのか?」
「俺もそれを、ずっと考えてたんだけどさ、今思い出したんだ」
 キラキラと、川面が光るのを見ながら答える。
「俺、そもそも、仕事が好きか嫌いかなんて考えたことなかった。ただ俺のことをバカにしてきたやつを見返したくて、そいつらが入りたかった会社に内定もらって、そいつらに自慢できそうな役職が欲しかっただけだった」
 中高一貫の男子校から同じ大学にごっそりと大勢で進学して、そのあいだ、大輔はずっと小太りだった。ずっと小馬鹿にされていた。いじめに遭っていたわけではない。いや、より正確に表現すると、いじめ、とまではいかないが、明らかに対等ではない関係だった。
 だから、勉強だけは頑張った。特別に頭がよかったわけではないから、大輔の半分の努力でずっと上の成績を取るやつもいた。だから、そいつらの倍の努力をして、そいつらより少しでもいい成績を必死でキープした。
 動機はただひとつ――いつか見返してやるため。
 その姿をどう勘違いしたのか、ゼミの教授がいたく評価してくれ、今の会社に口をきいてくれたのである。
 大輔をひと一倍バカにしていた同じゼミの生徒が目の玉をひんむいて悔しがる姿を見たときの快感ときたら。
「ただのデブじゃん」
 酔ったはずみでそいつらのひとりが毒づいたのを漏れ聞いて、翌日から大輔はダイエットに励んだ。励みに励んで、一時は本当にシックスパックを手に入れ、とある合コンでは好みの相手と連絡先を交換することだってできた。
 だが、それがなんだったというのだろう。
 俺は、一度でも本当に満足できたか?
 悔しがる同級生たちを目の当たりにして、ほんの一瞬すっとすることがあっても、心の中心にはいつも空腹に似た焦りがあった。
 それでも何をすれば満たされるのかわからず、大輔は働いた。働いて働いて、ときどき思い出すこの焦りがどんどん膨らんでいることに、気づかないふりをしていた。
「おい、雨野、おいっ」
「え? ああ、すまない。なんだって?」
「いや、そろそろUターンしないと間に合わないだろと思ってさ」
「そう、だな」
 そろそろ、Uターンしないと間に合わない。
 土岐の言葉が、深淵な意味をともなって心に響いてくる。
 手首を確認した。短い光の棒がなにごとかを語りかけてくるようだった。
 なりたい自分になるチャンスは、もうあと半日しか残っていない。
 それじゃあどんな自分になりたいか。そんなことはわからなかった。ただ、どうでもいいやつらを見返すための自分ではないことだけは、わかった。
 Uターンするんだ。まっさらなスタート地点まで。
「俺、この仕事が好きかどうか、そこからちょっと考えてみるよ」
「はあ?」
 朝日に照らしだされた川沿いの景色は、ガードレールの錆まで美しく見えた。

 その日、出勤してすぐに永山と面談のアポを取り、大輔は率直に告げた。
「俺、今回は昇進試験を受けません」
 あからさまに解放されたような表情をした相手に、畳みかける。
「会社も、辞めるかもしれません」
 ことり、と永山がコーヒーカップを置く。
 その顔には意外にも、安堵ではなく真摯な表情が浮かんでいた。
「なぜそんな顔を? 俺みたいなのがもし辞めたらうれしいはずですよね」
「いや――それは誤解だよ。正直、ほかの社員にも雨野君みたいに発奮してもらえたらと思っているくらいだし。ただ、君はこの仕事をつづけるには不器用すぎる気がずっとしていてね。そんな君に、さらに負荷のかかる昇進試験を受けさせていいのか悩んでいた」
「不器用? 俺がですか」
「他人が見過ごすようなことを、色々と考えてしまう性質だろう。私の同期にも似たようなやつがいて、いちばんの出世頭でね」
 永山が目を伏せる。
「へえ、自分の知っている方ですか」
「――いや。君が入社する前に亡くなったよ」
 永山が、うつむいていったん言葉を切ったあとで続けた。
「自殺だった。俺なんかよりも、ずっと仕事が好きだったし、真面目だったし、いい奴だった」
 そういえばいつか聞いたことがある。このビルから飛び降りた管理職がいたと。
 長い息を吐いたあと、永山はつづけた。
「もちろん、君のような戦力が残ってくれたほうが社としてはうれしいが――もしかしてほかにやりたいことが、もうあるのか」
「いえ。まあ、とりあえず、ホノルルマラソンにでも出て、それから考えようかと」
 他人より優位に立つためではなく、自分の満足のために生きる。その答えがどんなものになるかは、この時を生きる大輔に委ねるべきだ。
「そうか。ホノルルか。いいじゃないか」
 永山はほんの少し目を細め、「写真を送ってくれよ」と笑った。
 
 面談を終えて自席へと戻ると、土岐がすぐそばを落ちつかなげにうろついていた。
「で、どうだったんだ」
 声をひそめて尋ねる土岐に、大輔も小声で答える。
「ああ、ちゃんと話せたよ。俺、思ったよりもずっと、愛されてたわ」
「なんだよ、それ」
 土岐はぽかんとしたあと、ふっと口元をゆるめた。
「締まりのない顔だな」
「お互いにな」
 ひと呼吸おいたあと、ふたりして笑う。珍しい組み合わせのふたりを、同じフロアの連中がいぶかしげに眺めては通り過ぎていく。
「朝のジョギング、いいな。体、引き締めたいし。かっこいいおっさんになって、せいぜい麻美を後悔させてやるさ。だから――明日からも俺、走るよ」
「そうか」
 つづいて、思いがけない言葉が自分の口から飛び出していく。
「それじゃ、いっしょに走らないか。今日、走ってみてわかっただろう? ああやってくだらないことを話しながら走ると、余計なこと考えなくて済む。一日を健全に過ごせるんだ」
「そりゃ、よくわかったけど、いいのか? 俺、ペース遅いだろ? 気を遣ってくれてるなら――」
「なんて、土岐のためってふうを装って、俺のためだ。俺、たぶんこのままだと走らなくなるからさ。毎日、ハッパかけに来てくれよ。中国に転勤するまででいいからさ」
「はは、中国は旅行でいいよ」
 土岐が、あしらうように笑った。

 土岐が去ったあと、大輔は慌てて自席に腰かけた。
 おそらく残された時間はあと数分。手首の光の棒は、見ているあいだもどんどん薄くなっている。手近にあったコピー用紙をひっつかみ、大いそぎで伝言を残した。
『どんな時もとりあえず走れ! 本当にこの仕事が好きか、ちゃんと考えろ。他人を見下すためだけに惰性で今の仕事をつづけてたら――むなしいまま、文句たらたらの面倒くせえおっさんになる。だから、昇進試験はいったん断ってやった。もっと好きに生きろ。自分を喜ばせろ。』
 そうだ、それから大事なことを――。
 走り書きをし、ペンを置いて左手首を見ると、まさに光の棒が消え失せるところだった。代わりに、身体ぜんたいが強い光に包まれていく。
 ふわり、と浮かびあがったのがわかった。眼下に、そこそこ痩せている若かりし自分がオフィスのデスクに座っているのが見える。
 光の中をたゆたいながら、まったく覚えのない“記憶”がとびとびに、泡のように浮かんでは消えていった。経験したことがないはずなのに、たしかに実感をともなっているのが不思議だ。
 そうか、これは、もうひとつの俺の人生、時帰りをしたあとのつづきの人生なんだ。
 そうひらめいたのが覚えている最後で、気がつくと大輔は、元の竹林に立っていた。

 時帰りする前とは別のお茶が、ことりと目の前に置かれた。
「どうぞ召しあがってください。喉が渇いていませんか」
 言われてみれば、ここへ来たときと同じくらい喉が渇いている。
 あれから迎えにきた雅臣によってこよみ庵へと導かれ、言われるがままに椅子に腰かけたのである。
「もしかして、三日も何も食べていなかったんですかね。俺の体は」
「いいえ、時帰りしていたのはほんの十分ほどじゃないでしょうか」
「たったの十分」
 起きたことを理解しようとする気持ちは、とうに失せている。そんなものかと受け入れるしかなかった。
「おかえりなさい」
 汀子がけだるげに身を起こしたあと、隅の席のテーブルに突っ伏してしまった。
「時帰りの神楽を舞うと疲れるらしいので、しばらくああです。放っておいてください」
「はあ」
「それにしても」
 雅臣は、立ったままじろじろとこちらを見下ろして告げた。
「ちょっと痩せましたよね?」
 そこに皮肉な響きはなく、純粋に驚いているようだった。
 すらりとした若い神主の反応に、それでも苦笑いしてしまう。
「まあ、前よりはね。でも立派なメタボ腹ですよ」
「それくらいの変化でちょうどいいと、個人的には思います」
 答えながら雅臣は、何やら熱心にメモを取っている。時帰りをした人のデータを集めているのだそうだ。
「で?」
「はい?」
「モテてたしイケメンだったと豪語してましたが、実際――」
「お・に・い・ちゃ・ん」
 しんどそうに上半身を起こし、汀子が雅臣の声をさえぎった。
「はは、そうですね。実は自分の都合がいいように記憶していた部分がかなりあって。時帰りした当初は戸惑いました。腹筋は思ってたほど締まっていなかったし、仕事も嫌気がさしていて――。合コンも参加はしてたみたいですが、ぜんぜんモテてなかったです」
 お茶をひと口飲んで、雅臣を見あげる。
「あなたみたいなイケメンだった記憶があったんですけどね。今よりは痩せてたってだけのただの証券マンでした。でも――葛藤しながら必死で生きてましたよ。そこだけは美化していなかった」
「そうですか」
 雅臣の声音は、温かかった。
 そんな態度の兄を、汀子が意外そうに見守っている。
「どうせならあの必死さを、いい方向に向けてやりたいと思ったんです。だから、今回は昇進試験は受けずに自分を見つめなおすよう、書き置きしてきました。ジョギングもつづけるようにメモを残したんですが」
 いったん区切って、お茶で喉を潤しながら周囲を見渡す。
 あれほど濃厚な時間を過ごしてきたのに、たった十分しか経っていないなど信じられなかった。
「時帰りしたあとの俺は、ちょっと休暇を取ってホノルルマラソンに参加して、ハワイでよく考えてみたらしいんです。そしたら、証券マンの仕事が嫌いじゃなかったことに気がついて。分析して予測して、実際の数字がついてくると楽しいし、給料だって悪くないですしね。で、管理職にはならずにあえて平社員として働きつづけたんですよ。ただ、合コンや、マウントだらけの人付き合いはすっぱりやめました。ジョギングは最初のうちはつづけてたんですが――」
「へえ」
 雅臣はもの言いたげに大輔の体を眺めたが、結局、片眉を上げただけだった。
「今度は仕事が楽しすぎてのめりこんじゃいまして、結局、上からの圧力で昇進試験を受けるしかなくなって。さいしょはしぶしぶ管理職についたらやっぱり激務になって、ジョギングする時間があんまりとれなくなって今にいたるみたいですね」
 仕事をもう少しセーブして健康を意識した生活を送ってほしかったが、これも自分の選択である。仕方がないと、大輔は腹をさすった。ただ、先ほど雅臣が指摘したとおり、たしかに時帰りする前の自分に比べれば、いくぶんすっきりしている。
「それでよかったんですか?」
「実は、不思議と管理職もそこまで嫌じゃないんです。自分のことを嫌いじゃなくなったら、人のこともそこまで否定しなくなったというか。それに、部下も順調に育ってくれて、だんだんこっちも仕事が楽に回せるようになってきたんですよね」
 思わずこぼれた笑みとともに、大輔はつづけた。
「十年後の俺に残したメモがまだ残ってるんです。こんなふうに――」
 くしゃくしゃのメモを、雅臣へと手渡す。
 大輔が、今朝、出がけにポケットに突っこんだ紙片だった。これも、時帰りによって起きた小さな変化である。
 前半はちぎれてなくなっていたが、後半は大切にとってあった。
『十年後、一条神社へ行け』
 メモ用紙の皺を丁寧に伸ばしながら、雅臣はほっとしたように口元をゆるめた。
「時帰りには基本的に反対です。でもまあ、今回はいい方向へ転がったようですね」
「ええ。すごく。嫌な人間関係は絶ちましたけど、代わりにけっこういろんな人にかわいがってもらってます。仲間も多くて、副業をち上げるかもしれません」
「へえ、いったいなにを?」
「ジョギングステーションですよ。自分でつくっちゃえば、走るモチベーションになるかなって」
 語る自分の声に張りがあるのに気がつき、大輔は興奮気味に立ちあがっていた。
「それじゃ俺は、そろそろ戻ります」
「あ、お賽銭をお忘れなく」
 すかさず汀子が声をかけてくる。
「少しはずんでおきますよ」
 大きくうなずいた大輔に、雅臣がペットボトルを差し出した。
「お気をつけて。これは神社の湧き水です。帰りにふらつく方もいらっしゃるので、そのときは、このお水を飲むと楽になるはずです」
「ありがとうございます。本当はやさしい方なんですよね」
 雅臣がぱっと動きを止めたあと、みるみる赤くなっていった。
「別に、これはやさしさではなく、神主として義務を果たさねばと思っただけです。それでは、俺はこのあとご祈祷に出かけるので」
 慌ててこよみ庵から出ていこうとする雅臣の背中を見送りながら、汀子と大輔は朗らかに笑った。
 大輔のスマートフォンに、メッセージが届く。
『今夜、晴れるらしいぞ。たまには夜に走らないか』
 ジョギングステーションをやらないかと持ちかけてきた土岐からだった。土岐はみずから願い出て上海支店ではなく経理部へと異動し、一からキャリアを積み直した。今では経理のプロフェッショナルとして部に君臨しており、たいがいの社員は頭が上がらないのではないだろうか。
『いいな。今から戻る』
 返事をして、本殿へと向かった。
 来たときに案内してくれた白猫がいつの間にか足元にいて「にゃあ」とひと鳴きし、じっと空を見あげている。
 つられて顔を上げると、すっかり明るくなった空に大きな虹がかかっていた。

 

(第二話・完/第三話につづく)