今月のベスト・ブック

装画・装幀=柳 智之

『ブラッディダイスの殺人(上・下)』
M・W・クレイヴン 著
東野さやか 訳
ハヤカワ文庫HM
定価 1,210円(税込)

 

 いつの間にやら、もう第七長編となる刑事ワシントン・ポー・シリーズの新作『ブラッディダイスの殺人』(東野さやか訳/ハヤカワ文庫HM)は、シリーズ最大規模の事件を扱う娯楽大作に仕上がっている。なにせ本編開始時点で犠牲者は実に16人、作中でも数名増える。イングランド各地で次々に人が射殺され、警察は犯人の影すら踏めない。これはいかんと、英国政府は前作で解散した重大犯罪分析課を復活させて、ポーと相棒ブラッドショー、上司フリンを呼び寄せる。

 

 上巻ではポーとブラッドショーは一切が謎のままの犯人の正体に迫ろうとして、様々な分析を行う。今回もブラッドショーが気付くある事項が突破口となり、捜査陣は犯人に迫るのだが、そこで意想外の事実が判明。そして下巻は、犯人と捜査陣の対決がスリリングに描かれる。プロローグで示される通り、今回の犯人はブラッドショーを狙う。そこに至るまで事態がどう動き、襲撃がどのような結末を迎えるのか、とくとご覧いただきたい。恐らく、プロローグ時点で予測したものとは大幅に異なる展開が読者を待ち受けているはずだ。ドラマティックでダイナミック、おまけに意外性もたっぷりなシリーズは、今回も絶好調なのである。今月のベストももちろんこの『ブラッディダイスの殺人』である。

 

 ただし、本書はシリーズで最もトリッキーだった前作『デスチェアの殺人』を盛大にネタばらししてくる。もし未読であれば、『デスチェアの殺人』を先に読んでおくことをオススメします。非常に勿体ないので。

 

■ケイト・モートン『時計職人の娘』

 

 娯楽路線に振り切ったM・W・クレイヴンとは対照的に、小説のふくよかな膨らみを感じさせてくれるのが、ケイト・モートン『時計職人の娘』(務台夏子訳/東京創元社)である。2017年、裕福な婚約者との結婚を間近に控えた女性エロディは、勤務先で古いスケッチブックを見付ける。そこに描かれていた館は、25年前に亡くなった母が語り聞かせてくれた館そのものに見えた。強く興味を引かれたエロディは、そのスケッチの来歴と謎を解くべく、過去への探求を開始する。

 

 この現代パートに並行して、19世紀半ばを舞台に、裕福な家の出で才能があった芸術家が婚約者の死を契機に創作活動を止めてしまう顚末が語られる。ただし、メインの語り手は芸術家本人ではない。婚約者でもない。時計職人の娘としてこの世に生を享けた女性である。彼女がなぜ芸術家と接点を持つことになるのか。芸術家の婚約者の死の真相とは。そして、百年以上も前の出来事が、エロディの人生にどのように繫がるのか。

 

 過去から何かが受け継がれていく、実にケイト・モートンらしい作品である。登場人物がそれぞれ抱える大小様々な事情、屈託、感傷が鮮やかに丁寧に描き出されており、小説としての味わいは格別だ。この雰囲気はどうレビューしても伝えられるものではなく、是非実際に読んでいただきたい。

 

 なお本書は、超常現象が起きるわけではないものの、ゴースト・ストーリーの要素がある。この要素が目立つのは確かで、だから本書はミステリではないと判断する読者も生じそうである。しかし、作品の各要素の関係性が全く見えない状況から、物語の進行に応じて徐々に霧が晴れるように事情がわかってくる展開と、ある《事件》の真相や、《犯罪》の存在は、少々のサプライズ要素と共に、確かにミステリの技巧が凝らされているのだ。よって本欄でも主要作品として取り上げた。

 

■ケン・ジャヴォロウスキ―『死体はどうなる』

 

 ミステリの手法を有効活用しているといえば、ケン・ジャヴォロウスキ―『死体はどうなる』(白須清美訳/集英社文庫)も忘れがたい。ペンシルヴァニア州の田舎町を舞台に、大学生の息子にとんでもないことを告白されたシングルマザー(夢だったレストランの開店を控える)、亡き母との約束を言葉通り守ろうとするASDの青年、歌手志望だが鳴かず飛ばずで人間関係にも金銭的にも恵まれない女性、この3人の主人公がそれぞれにトラブルに巻き込まれる。しかも、いわゆる《要らんこと》を本人も周囲の人物も行い、状況は三者三様に悪化の一途を辿る。この展開はシニカルなコメディと言え、行き付く先はタイトルからも予想できる《死体が生じるような犯罪行為》だ。彼らは、そこから復活できるのか。このまま堕ちてしまうのか。手に汗握る展開が楽しめる。この味付けと手法はクライム・ノベルのそれに他ならない。

 

 なお3つのパートは、中盤以降、狭い街の中で交錯する。それがどのように為されるかも読みどころの一つである。本書が楽しめた人は、同じ街を舞台にした前作『罪に願いを』もオススメしたい。救いは今回の方があるかな。

 

■ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ』

 

 ウィリアム・ハッセー『名探偵ジェリコ』(矢口誠訳/文春文庫)は、イギリスの本格ミステリながら、紅茶片手にゆったり楽しむわけにはいかない作品だ。移動遊園地の芸人一族が出自の主人公は、暴力沙汰を起こして服役した元警官で、身を持ち崩しつつある。そこに、100年以上前の事故をモチーフにした連続殺人が起きていると怪しい人物から知らされて、調査に乗り出すのである(そして酷い目に遭う)。ささくれだった雰囲気とシビアな展開が読者を安穏とさせない。伏線の配置と回収はなかなか奇麗に決まっており見事である。シリーズ化もされているようなので、今後の展開も期待したい。