今月のベスト・ブック

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『ファイナル・スコア』
ドン・ウィンズロウ 著
田口俊樹 訳
ハーパーBOOKS
定価 1,430円(税込)

 

 欧米ではポッドキャストの番組が社会的影響力を有することがあるらしく、それを題材にしたミステリも今や結構な数にのぼる。番組名をそのままタイトルとした『クライムキャストvol.1 届かなかった叫び』(中谷友紀子訳/小学館文庫)も、その流れに掉さす作品だ。主人公マルクスが運営している犯罪実録番組が契機となって、15年前の少女失踪事件――被害者は殺害されたとみなされて、父親が逮捕収監された事件が再起動する。主人公マルクスの父親が服役囚で、服役中ならではの形で息子に協力するのが面白い。

 

 本書は共著であり、一方のヨルン・リーエル・ホルストは、《警部ヴィスティング》シリーズで、人間と人生に寄り添う精細な描写で定評を得た。その特徴は本書でも遺憾なく発揮されており、過去と現在、事件関係者と調査側関係者の人間関係が複雑に交錯する中で、人間ドラマと意外な真相が奇麗に浮かび上がる。もう1人の作家ヤン=エーリク・フィエルは、単著は日本未紹介だがキャリアは既に十数年積んでいる人気作家のようだ。

 

 エドガー賞最優秀新人賞候補作のオードリー・リー『記憶の帝国』(髙増春代訳/新潮文庫)は、超高級精神医療施設に入所した主人公ホープを始めとする入所者たちが、曖昧な記憶を呼び覚まし、自分が何をやってしまったかを思い出していく物語……と思わせておいて、様々な仕掛けを施して意想外な方向へ話が捻じ曲がってくる。先の展開がほとんど読めず、ミステリ内のどういう小ジャンルに着陸するかも予断を許さないタイプの作品だ。波乱万丈で時折ギョッとさせられる物語が楽しめる。できるだけ事前情報を入れずに読み始めていただきたい。

 

 現代イギリス・ミステリ界の至宝アン・クリーヴスの邦訳歴の大きな穴、人気TVドラマ《ヴェラ~信念の女警部~》の原作シリーズが、遂に訳された。『水面の弔花』(玉木亨訳/創元推理文庫)がそれで、小説としてはシリーズ第3長篇であり、ドラマでは最初のエピソードとして映像化されたものに該当する。事件内容は、ある少年が、自宅の花浮く浴槽で殺されるというもの。この事件の捜査が、ヴェラを含む複数の視点人物から多層的に語られていく。その過程で、各人それぞれに複雑な家庭事情を持つことがわかってきて、小説としての奥行きがどんどん出てくるのである。伏線も必要十分に張られており、クリーヴスを読む楽しみは十分に味わうことができるはずだ。なお《シェトランド四重奏》をはじめ既訳長篇では、捜査官もまた事件の属する地域社会に組み込まれていたのに対し、こちらは捜査官に《余所者》の性格が強い。よってヴェラのパートは、より一般的な警察/刑事小説に近くなっている。

 

 以上の力作長篇群を差し置いて、今月のベストにはドン・ウィンズロウの新作中短篇集『ファイナル・スコア』(田口俊樹訳/ハーパーBOOKS)を選びたい。この大家は『業火の市』『陽炎の市』『終の市』の3部作をもって引退したはずだが、なぜか書き下ろし(と断言はできないが、少なくとも引退前に書かれていたわけではない)6作を引っ提げて復帰してくれたのだ。これが一時復帰に過ぎないのか引退撤回なのかは不明ながら、ファンには嬉しい事態である。

 

 中身も素晴らしい。収録作品いずれでも、キャラクターの立った主人公が、犯罪絡みのトラブルに直面し、ときにスマートに、ときに泥臭くなることを厭わず、対処していく。それは個性的な脇役たちを巻き込み、人間模様、人生ドラマ、生き様を鮮やかに切り取るのだ。話のバリエーションも豊富だ。 1作目の表題作では刑務所収監を目前に控えた初老の主人公が、残される愛妻の生活費を確保するため強盗を働く。「サンデー・リスト」では、酒類の違法な配達販売に携わる若者が、閉塞的な境遇から脱しようとする。「北棟」では警官の主人公が、罪を犯した従弟が刑務所の劣悪な環境(他の囚人に、簡単に殺されたり虐待されたりレイプされたりする)の被害に遭うことのないよう、有力犯罪者に渡りを付けようとする。「ランチブレイク」は、酒やドラッグで生活が荒れた著名女優のお守りを任されたサーファー3人が、彼女の世話とストーカー騒動収拾にてんてこ舞いする。ラストの「衝突」は高級ホテル支配人としてハイスペックな生活を送っていた妻子持ちの主人公が、ふとしたはずみで人を殺してしまい、刑務所に入れられる。「北棟」で示唆されたように、アメリカの刑務所は環境が劣悪であり、無事に刑期を終えて出所するには、自分も変わる必要がある。それも、大いに。

 

 各篇の主人公は性格や職業、社会的立場が様々で、関係する事件や犯罪の様態も様々である。語り口も異なり、その点では4篇目の「ほんとの話」が最も個性的だ。2人の登場人物のユーモラスな会話文のみから構成されており、話題が脱線を繰り返すこともあって、何の話なのかが終盤までわからない。洒脱な会話はただでさえウィンズロウの得意技であり、至芸がたっぷり味わえる。

 

 以上、いずれの作品でも活き活きした筆致で犯罪物語が楽しめる。おまけに、ミステリ的な驚きや、小説的な伏線/符丁が用意されている作品もあって小説の技巧としても芸が細かい。作者のファンはもちろん、彼をまだ読んだことがない人や犯罪小説に親しみを持っていない人にも強くオススメしたい。