今月のベスト・ブック

装画=森田康平
装幀=新潮社装幀室

『魔都シカモア』
イアン・ロジャーズ 著
風間賢二 訳
新潮文庫
定価 1,210円(すべて税込)

 

 今月はジャンル横断作品2冊をメインに扱う。ただし、横断の仕方はそれぞれ異なる。

 罪深き短篇の愉しみ。フランス産の短篇集『猫、そして14の不思議で恐るべき残酷な物語』(青木智美訳/ハーパーBOOKS)で味わえるのは、まさにそれである。

 

 作者のベルナール・ミニエは、ノワール+警察小説+本格謎解き、という趣向の《マルタン・セルヴァズ》シリーズで既に日本でも評判をとっているが、邦訳がこのシリーズの長篇に限られており、イメージがそれで固着していた。そしてどうやら、フランス本国でも状況は似たようなものだったらしく、彼は本書冒頭のまえがきで、好奇心も作風もジャンルという枠に囚われない書き手であることを見てもらいたい、と宣する。そして読者を、様々な形と味わいの十五短篇を巡る旅に誘うのである。ということで、本作は、様々なジャンルの短篇を書き分けるやり方で、ジャンルを横断する。

 

 冒頭の「死の体験ツアー」は、裕福な4人の若い男女(2組のカップル)がダークツーリズムの旅をわざわざ行って大変な目に遭う物語だ。うち1人の男性が主人公であり、偉そうなお題目を並べてダークツーリズムを楽しむ他のメンバーに隔意を抱えているのがミソ。人間関係の軋みが小説を引き締め、ダークツーリズムの罪深さに奥行きを生み出す。クライムノベルとしても秀逸。

 

「違いはひとつだけ」は、小説の新人賞に応募されてきた2篇の小説が、1箇所を除き全文同一だった、という日常の謎を巡る物語であり、賞の選考委員(もしくは主催者)の視点から物語が洒脱にまとめられる。また、「トークショー」では連続殺人事件が扱われ、ミステリとして捻りの効いた結末を迎える。

 

 かと思えば、コロナ禍で人が訪れなくなった場所で動物たちが最近人間を見ないなと話し合っている「そして……人間が(コロナ禍の回想)」、遺伝子操作で生み出された植物を活動家が破壊しに向かう「オーガニックで地球規模の脅威」、現時点では存在しない技術を物語のメインに据えた「大いなる旅立ち」など、話の最初から明らかにSFないし寓話的な要素が強く、ミステリ色は薄い作品もある。

 

 他にも様々なジャンルの作品が含まれているが、ここで一つ、読者に謝らなければならない。本書の収録作には、ミステリ/SF/ファンタジー/ホラーのどれに該当するかを知らずに読み始めた方が楽しい作品が多い。表題作の「猫」は、スコットランドに疎開した女性が、外出時に猫について来られたことを友達に書き送っているが、明かせるのはこの程度。実際に読んでいただくのが良い。収録作の半分程度は、ミステリの手法がきっちり使われていることを保証します。

 

 そして、一部爽やかに終わる作品もあるとはいえ、基本的には人間の愚かさ、浅ましさを抉る小説が多い。その最たる表徴である戦争を扱った作品も複数含まれている。それらが表すものを一言で表すなら、残酷、となろう。作者はジャンルを横断することで、自らの守備範囲の広さ、豊富な創作手法、そして人間観察の鋭さを、《セルヴァズ》シリーズとは違った形で余すところなく立証した。奇想作家短篇集が好きな人はマスト・バイ。

 

 カナダの作家イアン・ロジャーズ『魔都シカモア』(風間賢二訳/新潮文庫)は、1つの長篇の中でミステリとホラーを混淆させている。本当に、大袈裟ではなくグチャグチャにかき混ぜている。ところが、ミステリとして犯人当てを成立させているのだ。

 

 先走ったが、物語は典型的な私立探偵小説として始まる。トロントで元妻(掛け合いが完全に元夫婦のそれで楽しい)と共に探偵事務所を構える主人公フィリックス・レンは、田舎町シカモアに住む女性スーザンから、失踪した夫ダグラスを捜してほしいと依頼される。ただし、ダグラスは大量の血痕を車に残していなくなったので、恐らく既に死んでいることは、スーザンも覚悟していた。ところが一方で、ダグラスは、シカモア周辺で発生している残虐な連続殺人事件の犯人と警察に目されていた。

 

 フィリックスはへらず口を叩き続けるキャラクター造型が施されており、その点でも典型的な描かれ方である。非典型的なのは、作品世界の設定である。この世界では、世界各地に《ポータル》と呼ばれる、魔界《ブラックランド》との出入口がたまに出現する。そこには吸血鬼だの人狼だの、様々な超常的怪物が跋扈しており、《ポータル》からこちらの世界にやって来て甚大な被害をもたらすこともあるのだ。実はフィリックスは、《ブラックランド》絡みの事件に過去何度も巻き込まれており、その度に生還してきたということで、一部では有名人なのだ。

 

 本事件のミステリとしての最大の課題は、人間の仕業なのか怪物の仕業なのかをどう判定するかにある。この種の特殊設定ミステリでは、超常現象に一定のルール/法則があるのが通常だが、《ブラックランド》《ポータル》及び怪物たちに、そんなものはない。ないったらない。従って、論理的な犯人当てはどう足搔いても成立する余地がなさそうに見える。ところが作者は頑張るのだ。私立探偵のハードボイルド的言動をフィリックスに何とか維持させた上で、フーダニットを完遂してしまうのである。技ありとしか言いようがない。今月のベストはこれにします。