今月のベスト・ブック

装幀=関口聖司

『いくつもの鋭い破片』(上・下)
ブレット・イーストン・エリス 著
品川亮 訳
文藝春秋
定価 3,630円(税込)

 

 疾風怒濤の青春小説にして、意外にも明確にミステリでもあった『いくつもの鋭い破片』(品川亮訳/文藝春秋)をベストに推す。

 

 従来ミステリ作家とは目されてこなかった作者ブレット・イーストン・エリスは、『レス・ザン・ゼロ』や『アメリカン・サイコ』などが代表作であった。本作は、そんな作者が『帝国のベッドルーム』以来14年ぶりに刊行した新作長篇である。

 今回、作者は主人公の名前を自分と同じに据えている。しかも、小説『レス・ザン・ゼロ』を執筆中の1981年の高校生という設定だ。作品全体でも、書きぶりは自伝的要素が強いと匂わせる。そして、この主人公の青春模様が、驚くほど激烈なのだ。

 

 まず性生活が奔放である。彼には女性の恋人がいる。同時に、男性ともセックスを頻繁に行う。よって彼の性自認はバイセクシャルだが、一人称で描かれる各種場面を読むと、明らかに、女性の恋人との交接よりも男性──複数人いて、いずれも恋人ではなく、快楽の相手でしかない──との場面の方が明らかにテンションが高い。行為にも熱量が入っている。美少女に惹かれる描写もあるが、美少年への反応の方が遥かに強烈だ。舞台である1981年当時、同性愛者への差別が今よりも苛烈であり、主人公もまた同性しか愛せない人間だと思われるのを嫌がっている節がある。主人公はマジョリティを偽装する(自覚の有無と程度はさておく)ために女性の恋人を作った、というのが真実に近そうだ。

 

 この推定は、自己実現や自我を巡る主人公の懊悩を読むと、更に真実性を増す。彼はずっと孤独と寂寥を抱えている。自分が理解されない、理解してくれる人がいないとして苦しんでいる。しかしながら、彼には女性の恋人はいるのだ。読めばわかるが、彼女は主人公のことを気にかけてくれる。良い娘だと思う。にもかかわらず、彼は、男たちと肉体関係しか結べず、精神的な繫がりがないことを悩むのだ。そして悲嘆に暮れながら、淫らな性生活を一向に止めることはない。真に迫った青春の荒れ模様が、性的事項と分かちがたく結び付く。これが読み味の基調となる。

 

 もう一つ見逃せないのは、この頽廃的傾向が、主人公だけのものでもないということである。主人公はロサンゼルスの富裕層子女が通う高校の、更にそのスクールカーストのトップ層に属する。そこには同性愛者も両性愛者も異性愛者もいるが、そのほぼ全員が、セックスやドラッグ等の享楽に耽溺している。生活態様が頽廃的であるのは否めない。

 本書で描かれる青春は、純真でもなく無垢でもない。人間としての成長が描かれてもいない。読者が読んで気持ち良くなるための、漂白された青春はここにはない。あちこちが軋み、歪み、汚れ、道を踏み外し、逸れる。なおかつ最終局面を迎えても、正しい方向には進まない。だが、実際の青春とは、程度の差こそあれこういうものではなかったか。決して美しくなく、そんなに良いものでもない青春。それもまた、圧倒的に真実のはずだ。主人公たちの、不安定なのに無暗矢鱈に強烈な自意識は、青春そのものに映る。

 

 では、本作の何がミステリなのか? 実は物語と並行して、街では《曳き網使い(トローラー)》と呼ばれるシリアル・キラーが連続殺人を起こしている。主人公は、転校生ロバートのことを、《曳き網使い(トローラー)》ではないかと疑い始めるのだ。しかもこのロバートは美少年であり、主人公は明らかに彼に性的に惹かれている。そんなロバートが、主人公の友人たちの輪にぐいぐい入ってくるのだ。ただでさえ乱れている主人公の精神は、ロバートへの懸想と猜疑によって千々に引き裂かれていく。

 

 その先の展開にはもちろん具体的には触れないが、伏線に裏打ちされた意外な展開が待っているのは明言しておく。特に、最後の4分の1は、驚くほどミステリ色が強くなります。今期を代表するであろう青春ミステリの傑作として、強く推薦したい。

 

 今月はもう1作、ジョン・グリシャム『判事の殺人リスト』(白石朗訳/新潮文庫)を紹介しよう。『告発者』で登場した、フロリダ州の司法審査会職員レイシー・ストールツを主人公とするシリーズの第2弾だ。

 

 フロリダ州裁判官の不正調査と処分を行う職務を担うレイシーは、前作『告発者』で、マフィアと判事の癒着を糾弾した。その3年後を舞台とした今回、彼女は、裁判官が長年にわたり連続殺人を犯しているとの疑惑に巻き込まれる。密告によると、判事ロス・バニックが自分に恥をかかせた者を決して忘れず(後にわかるがリスト化されている)、何年も経った後に殺害しているらしいのだ。

 

 前回は案件が判事の汚職と言い得たのに比べると、今回は連続殺人で、本来はレイシーの職掌外、警察に任せるべきだ。お門違いの重犯罪調査に巻き込まれた主人公の悪戦苦闘は、お仕事小説として非常に読み応えがあり、物語に活力ある娯楽性をもたらす。

 ミステリとしては、密告や調査がバニックに気付かれると殺されかねないという緊張感が終盤まで一貫し、読者を惹きつける。しかも、ある人物が辛抱たまらんという感じで要らんことをし、状況は一気に不穏化する。結末についても、他ではなかなか見ないタイプの決着の付け方で、味わい深かった。設定や素材の面白さを実作できちんと発揮させた、技ありの作品である。