今月のベスト・ブック

装画=いとうあつき
装幀=新潮社装幀室

『生贄の門』
マネル・ロウレイロ 著
宮崎真紀 訳
新潮文庫
定価 1,045円(税込)

 マネル・ロウレイロ『生贄の門』(宮崎真紀訳/新潮文庫)は、ホラーと喧伝されている。しかし内容は、主人公の捜査官が、殺人事件を仕事として捜査するというものだ。しかも事件それ自体は、怪奇現象抜きに解決したと理解できる。本書は、ホラー要素は事件の背景にあるタイプの小説なのだ(ここで言う「背景」が何を意味するかはさすがに述べない)。よって大手を振って、これを今月のベスト・ミステリとします。

 舞台はスペインのガリシア地方で、有史以前からあると思われる遺跡で、心臓を抉られた若い娘の死体が発見される。しかも発見者(風力発電機整備士)の同僚も、傍らで首を切られて殺されているというおまけ付きだ。

 この事件を捜査するのは、以前はマドリードで勤務していた女性捜査官ラケル・コリーナである。彼女の9歳の1人息子フリアンは、手の施しようもない脳腫瘍を患っている。夫はこの現実から逃げて別居した。ラケルは癌が完治するという怪しげな民間療法をSNSで見つけて、藁にもすがる思いで、その療法士を頼ろうと、この地に転属してきたのである。しかし療法士は姿を消し、ラケルは途方に暮れる。

 不気味な事件の捜査と、捜査官ラケル自身の身の上とは、ほぼ同じ比重で語られる。フリアンの良い子っぷり、ラケルと同僚の巨漢ファンとの絆、下宿先の近隣住民の親切さも丁寧に描かれていて、事件の主人公の生活全体が鮮やかに立ち現われる。これだけでも物語として読み応え十分である。

 一方、殺人事件の捜査の方は、徐々に、この地方そのものに何かあると疑わせる展開を辿る。ラケル自身の物語の解像度が高いことがここで利いてくる。捜査官といっても今やいち住民でもある以上、他人事ではいられない雰囲気が高まっていくのである。序盤から終盤までずっと、意外な事実を絶妙なタイミングで小出しに明かし、読者の興味を惹き続ける手腕も光る。のめり込めるぞ。

 イーライ・クレイナー『傷を抱えて闇を走れ』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ・ミステリ)は、ままならぬ人生と運命を丁寧に描き出す逸品である。主人公は2人。ビリーはアメフトで天賦の才を見せる18歳の少年だ。ただし暴力衝動が強い。人種と家庭の貧困をチームメイトに馬鹿にされることもあって、素行は荒れ気味だ。考えも浅く、学も「ない」と言わざるを得ない。もう1人の主役は、ビリーの所属する学校のアメフトチームのコーチ、トレントである。彼は都市部での仕事を追われ、田舎町に都落ちしてきた。妻に都会への返り咲きを期待され、上司の校長に馘首を仄めかされたトレントは、今のチームを州大会優勝に導かねばならぬと意気込む。目標達成には、ビリーの参戦が不可欠だった。そんな中、ビリーは義父(実母の再婚相手)を手ひどく殴打する。家を飛び出したビリーが翌日帰宅すると、義父が死んでいた。そしてトレントはその殴打場面を目撃していた。

 微妙な書き方をしているのは、義父の死因がビリーの殴打のせいだとは、その場では明記されていないからだ。ここにミステリ的な逆転が用意されているかは読んで確かめてもらうとして、物語上のポイントは、ビリーが殺人犯として捕まったら困る人が多いということである。特にトレントは困る。よって彼はビリーをかばう方向に走り、事件後には自宅で寝泊まりすらさせる。ところでトレントには年頃の娘がいた。この娘とビリーはいい雰囲気になりかける。そのトレントの妻は、トレントの選手時代のコーチの娘だ。歴史は繰り返し、因果は巡るのか?

 登場人物はいずれも活発に動く。だから本書は非常に動きの多い物語である。興味深いのは、問題児でもそうでなくても、ほぼ全員が確かに自らの意志で動いている点だ。破滅願望があるわけでもなく、ほとんどが良かれと思ってのことですらある。愚かだとはっきり言える人も少ない。しかし実際の効果のほどはと言うと……。人生とは選択の連続だが、そこでなぜかどうしてもミスを連発してしまう人々の姿が、印象に残る。

 キャット・ローゼンフィールド『誰も悲しまない殺人』(大谷瑠璃子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、『傷を抱えて闇を走れ』でも少し薫っていた田舎町の閉塞感を更に如実に感じさせる作品である。物語は1行目で、主人公リジー・ウーレットが、自分はもう死んでいると読者に告げて来るところから始まる。本書の視点人物は3人いる。まずはリジーで、彼女が視点を担当するパートでは、自らが町の嫌われ者である状況を丹念かつ主観的、断片的に語る。2人目は刑事イアン・バード。彼がリジー殺人事件を調査する過程で、リジーの置かれた状況が過去の経緯を含めて比較的客観的に語られる。最後の視点人物は、インフルエンサ―として活躍する都会在住のエイドリアン・リチャーズだ。彼女はどうやら夫婦でリジーの死に関与したらしい。だが当初は、リジーの住む町を素敵だと能天気に語っていた。

 田舎町の閉塞感の描写は鮮やか。加えて、インフルエンサーの外面の華々しさと、その空疎な内実の対比も印象的だ。本書はミステリ的には二段構えで、中盤で事件の真相(十分に予想可能)が明かされると同時に、ある人物が驚きの行動をとって第2幕が開く。そこから先こそ真の読みどころだ。