今月のベスト・ブック
ブックデザイン=albireo+nimayuma
『灰の王』
S・A・コスビー 著
加賀山卓朗 訳
ハーパーBOOKS
定価 1,639円(税込)
■レベッカ・マカーイ『あなたに訊きたいことがある』
レベッカ・マカーイ『あなたに訊きたいことがある』(中谷友紀子訳/文藝春秋)では、映画研究者にしてポッドキャスターの主人公が全寮制の母校のハイスクールに臨時教師として招かれる。主人公は現役時代に、自らのルームメイト、サリアが殺された事件を経験していた。黒人男性の用務員が犯人として既に逮捕・収監されているが、大人になって人生経験も重ねた今、主人公は真実が別にあったのではと疑うようになった。特に、題名でも地の文でも「あなた」と呼ぶ、音楽教師のブロックは、今にして思えばサリアと妙に親しく、怪しかった。そこで主人公は、ポッドキャスターとして培った経験と、母校関係者にまだまだいる当時からの知り合いの伝手を辿り、事実を検証し始める。
「後年思い返すと、年若い頃には気付かなかったものが色々見えてきてしまう」という、シンプルながら奥の深い事実は、物語の基調となり、深みも与えている。ミステリ面でのフックにもなっており、非常に重要なファクターだ。作者は、これに加えて、伏線の配置や意外性の演出でも達者なところを見せる。
娯楽性だけではない。若い女性が暴力の対象になりやすい事実の冷然さと、ポッドキャストの本質が興味本位であることの下品さと罪悪感は、作品に多層的な味わい(苦みも含む)をもたらし、文芸作品としての完成度をも高めている。ピューリッツァー賞最終候補作になるのも納得の、良い小説だ。
■マルク・ラーベ『スズメバチ』
マルク・ラーベ『スズメバチ』(酒寄進一訳/創元推理文庫)は、昨年2ヵ月連続刊行され話題となった『17の鍵』『19号室』の続篇で、主役はもちろん刑事トム・バビロンと臨床心理士ジータ・ヨハンスである。ベルリンにやって来たアメリカのロックスターが警察のゲストハウスで惨殺されてしまうというもので、予想外の展開を辿ってトムが大変な目に遭う。一方、30年前の1989年のパートでは、トムの実母がのっけから怪しくも必死の動きをしており、彼女は彼女で不穏な事態に巻き込まれる。
いずれのパートも手に汗握る展開で非常に盛り上がるが、真相が明らかとなる終盤で割ととんでもない形で関連性が明かされて、マルク・ラーベらしいクライマックスを築く。波乱万丈の高い娯楽性を持つ物語の中で、ドイツの東西分断の闇、特に東ドイツの闇に触れてきた本シリーズは、更なる高み/深みに達した。4部作完結となる次作が楽しみだ。
■ローラン・ビネ『遠近法』
ローラン・ビネ『遠近法』(高橋啓訳/東京創元社)は、16世紀半ばのフィレンツェを舞台に、聖堂のフレスコ画の前で画家が殺された事件を美術史家が捜査する物語だ。特徴的なのはその叙述方法で、実に176通の書簡でのみ構成されているのだ。書き手は20人以上(受け手も20人以上)にのぼり、彼らはそれぞれの視点から、事件や美術、そして当時のフィレンツェにかかわる事象を語る。登場人物はほぼ全員が実在の人物であり、書簡から浮かび上がる性格は明瞭で人間味もたっぷり。書き手の生き様、フィレンツェを取り巻く内外の状況、そして渦巻く権謀術数がヴィヴィッドに浮かび上がる。そして殺人事件は、意外にも真っ当にミステリとして解き明かされ、意外にして業の深い真相が現れるのである。史実と虚構の配合バランスもこれ以上はなかなか望めまい。
■S・A・コスビー『灰の王』
だが今月のベストは、人気作家S・A・コスビーの第五長篇『灰の王』(加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)である。30代半ばで投資会社のCEOとして活躍するローマン・カラザースは、火葬場を営む父が事故で人事不省に陥ったと知らされて故郷の街に帰ってくる。そしてそこで知ったのは、父の事故は街のギャングBBBによる見せしめであり、原因はローマンの弟ダンテが麻薬販売に手を出してBBBとトラブルを起こしたという情けない事実だった。ローマンは儲け話でBBBと手を打とうとするが、BBBはローマンを嘲笑して暴力を振るい、更なる金銭支払と、死体処理を強制してくる。ローマンは従うふりをしつつ、逆襲の準備を始める。
吹きすさぶ暴力も凄いが、主人公が頭を使っての策謀を張り巡らせる物語でもある。暴力と策謀の積み重ねはやがて、舞台となる街全体を巻き込むほどにエスカレートしていく。手に汗握る展開とはまさにこのこと。
BBBに脅される立場のローマン、ダンテ、妹のネヴの3人兄妹が、決して一枚岩ではないのも重要な要素だ。ローマンは弟妹を真剣に愛していて覚悟も(恐怖から震えこそしつつ)決めるが、ダンテにはそこまで胆力がなく、中途半端な行動で危機を招くことがある。そして兄弟は、妹を「女だから」と阻害する。対策を一緒に協議しないどころか、危機的状況の存在そのものを知らせすらしないのである。しかしネヴは自分が仲間外れにされていることに勘づいており、兄に反感を覚え、ときに反抗しさえする。
これに加えて、カラザース兄弟の母親が長らく行方不明であることもポイントだ。近隣住民は誰もが、父親を犯人だと疑っており、一家は周囲の冷たい視線に晒され続けた。しかも、兄妹の中には、父親を信じ切れない者さえいる。この背景が、BBBとの騒動にどう影響するかは見どころの1つだ。
そして終盤、クライマックスを終えた後のあの空気感! コスビーは、犯罪小説の書き手として1つの頂点を極めた。必読。




