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『古い船を動かせるのは、古い水夫ではありません。わたしが、都政初挑戦の若い福海誠也が動かせるのです』

 勝手に言っていろ。

 福海がひと区切りつけ、両手を挙げて聴衆に応えている。

 歓声の渦が駅前を席巻しており、聴衆の一部などはもっと福海に近づこうと押し合いへし合いしている。演説に昂奮したのか、それとも群集心理が働いたのか。いずれにしても現場の混乱は、こちらにとって好都合だ。

 こちらを見ろ、福海。

 お前の額に風穴を開けてやる。

 瞬間、スタッフと警察官の影がフレームの外に逸れ、照準の真ん中に福海の頭部を捉えることができた。

 今だ。

 未詳Xは深く息を吐き、止める。

 照準から一瞬たりとも目を離さない。

 引き金に当てた指に力を込める。

 さらば福海誠也。

 あの世で爺っちゃんに詫びるがいい。

 ところが突然、視界が真っ暗になった。

 驚いて照準から目を離すと、正面に新見の顔があった。

「お前が未詳Xだったとはな。残念だよ」

「隊長、どうして」

 喋る前から他の隊員に制圧されて地べたに押さえつけられる。屈強な男たちに伸し掛かられて、ぴくりとも動けなかった。

「お前のアジトに捜査本部がガサ入れして、3Dプリンターとステンレス鋼の欠片を発見した。部屋を転貸した中国人がお前の顔をきっちり憶えていた」

 くそ。自分の知らないうちに、そこまで捜査の手が伸びていたのか。

「射撃の腕が優秀で、警察への忠誠心も認められていた。まさか暗殺が目的でSATに潜入していたとはな」

「SATの居心地自体はよかったですよ。唯一の取柄を最大限に評価してくれたし、あなたのことも嫌いじゃない。むしろ尊敬しています」

 新見は身体のどこかを切られるように表情を歪めた。

「その唯一の取柄を、どうして真っ当な目的に使おうとしなかった」

「福海を撃つのは真っ当な目的ですよ。隊長も皆も、あの男の正体を知らない」

「福海がどんな人間であれ、SATの制服を着た警察官に許される行為じゃない」

 ああ、あなたならきっとそう言うだろうと思っていた。それでこそ新見隊長だ。

「お疲れ様でした」

 向こうから葛城の声が近づいてきた。

「どうやら、すんでのところで間に合ったようですね」

「引き金に指を当てていた。本当にタッチの差だった」

 新見は表情を歪めたまま声を絞り出す。

「だが、今は素直に感謝の気持ちを表せない。すまんな」

 恥じているのか、それともまだ部下を気遣ってくれているのか。いずれにしてもこれから新見には有形無形の迷惑が掛かるに違いない。

「最後の最後まで、あなたが犯人だとは分かりませんでした」

 葛城は何故か哀しそうにこちらを見る。

 未詳Xこと宇頭紗英は思わず目を逸らした。

 

 

 

 

エピローグ

 

「狙撃犯がSAT隊員である可能性には留意していましたが、女性隊員というのは盲点でした」

 事件の解決を報告しにきた葛城は面目なさそうに頭を掻いた。

「僕も古いジェンダー観の持ち主であるのが露見した格好です」

「仲間だから目が曇ったのかもしれませんよ」

 氏家は慎重に言葉を選ぶ。部署が異なるとは言え、警察官がテロリスト紛いの暗殺を企てたのだ。警察上層部はもちろん、捜査本部の動揺も計り知れない。

「宇頭紗英は逮捕された当日に全面自供しました」

 葛城の話によれば宇頭が高校生の時分、郷里で夏祭りの最中に山崩れが発生した。参加者が逃げ惑う中、宇頭の祖父を押し倒して我先に逃げ果せたのが、来賓として招待されていた福海だったらしい。

「目撃したのが宇頭だけで、相手が議員ということも手伝って訴えることもできなかったようですね」

「亡くなった祖父の復讐だった訳ですか」

「祖父は猟師で、宇頭は幼少期から射撃のイロハを教わっていたと証言しています。生来、ずば抜けた素質の持ち主だったんでしょうね。本人は謙遜していましたが」

「女だてらに、と言うのは時代錯誤ですが、幼い女の子がライフルを構えている図はなかなか思い浮かびませんから」

「新見班長も薄々はSAT隊員の中に犯人がいるのではと疑っていたそうです。しかし宇頭にはもう教えることがなく、手が離れてしまっていたので盲点になったと肩を落としていました」

「新見さんにも何らかの処分が下されるのでしょうね」

「ええ。まだ噂の段階ですが、良くて減給、悪ければ依願退職というのが大方の見方です。ただ新見班長が肩を落としているのは、処分とは別の理由からです」

「何ですか」

「宇頭紗英の逮捕直後、僕たちにぽつりと洩らしたんです。部下の育て方を間違えたかもしれないって」

 新見と見えたのはわずかな時間だったが、なるほどあの男ならそんな感慨を抱くだろうと思わせる。

「その点についてはわたしも身につまされますねえ」

「ああ、所長も多くの部下をお持ちですからね」

「ただ、部下の育て方には一家言も持っているんですよ」

 葛城は興味が湧いた様子だった。

「よければ、その一家言を教えていただけませんか」

「部下ではなく仲間と思えばいいんですよ。別の悩みが生じるかもしれないけれど、一緒に育っていくと考えれば少なくとも気苦労は少なくなります」

 葛城は狐につままれたような顔をした。

「そんなものですかね」

 きっとあなたにも分かる日がくるだろう。

 氏家は言葉に出さず、葛城の将来を願った。

 

 

(了)