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 四年制大学を経て警察官採用試験を受け、見事に合格した。本当は高校卒業後すぐに就職したかったのだが、両親がせめて大学を出てからという条件を出してきたため、それに従った。

 二十歳になって狩猟免許を取得した。最年少での免許取得も最近では珍しくなっており、祖父の友人からはまたも称賛を受けた。

 採用試験に合格すると警察学校に入学したのだが、ここでも狩猟免許取得を色々と囃された。

「すげえな、お前。警察官になる前から銃を所持してたのかよ」

 警察官が拳銃を所持しているのは警察法第六十七条の規定によるものだが、それ以前に猟銃を所持しているのはやはり特異な存在に見られたのだ。

 警察学校での日々は非常に充実していた。

・法学 憲法、警察法、警察官職務執行法、刑法、刑事訴訟法、民法等

・警察実務 警務、地域、生活安全、刑事、交通、警備

・術科 柔道、剣道、逮捕術、拳銃(射撃)等

・一般教養 公安委員会委員長講話、本部長訓示、部外講師(弁護士、心理カウンセラー等)による教養、英語等

 警察官になるために必要な知識と技能を短期間で詰め込まれる。上からの命令は絶対であり、徹底した教育システムは性に合っていた。

 大学卒のA区分の場合、これらのカリキュラムを十五カ月で習得し、交番勤務を経て各々の部門に配属が決まる。予てより希望を出していた警視庁警備部に配属された時には天にも昇る心地だった。

 SAT(特殊部隊)は警備部警備第一課に附置されている。警備部で資質が認められればSATへの加入に期待が持てる。

 新見と出逢ったのは、ちょうどその頃だった。

 

「既に狩猟免許を持っているという噂の新人はお前さんか」

 初対面だというのに、新見は相好を崩した顔で第一声を放つ。

「最初から警備部を志望するヤツは多いが、狩猟免許持参でやってくるヤツはさすがに少ない」

 警備部に配属を希望する者が多いのは、警察学校に入学してから知った。理由は明快だ。各警察署長を含め、組織のトップには警備部出身の者が多い。不文律ではあるものの、警備部は出世コースの最短距離という言説がまかり通っているのだ。

「狩猟が趣味か」

「趣味というよりも、子どもの頃から祖父の猟に付き合わされてました」

 新見班長については本人に会う以前から伝え聞いていた。配属間もなく若くして班長に昇進し、数々の立て籠り事件を解決に導いている。警備部長からも全幅の信頼を得ており、次期課長は既に既定路線という噂だった。

「そんな幼少期からイノシシ狩りに同行させられていたのか。銃に馴染みがあるんだな」

「猟銃は常に身近な存在でした」

 初めての猟でイノシシを一発で仕留めたことを告げられた新見は目を丸くした。

「当時、まだ小学生だろう。よくご両親が同行を許したものだな」

「両親とも祖父には頭が上がらなかったんです」

「それにしても、その年で一発必中とはすごい。当時の視力は」

「両目とも2・0でした」

「現在は」

「簡易検査で、やはり2・0でした」

「普通は2・0もあれば、それ以上の計測は必要ないとされるからな。実際はどの程度見えるんだ」

「百メートル先の人の表情が判別できます」

「いいな」

 新見は期待に溢れた笑い方をする。目当てのライフルを見つけた祖父の目に似ていると思った。

「猟銃の撃ち方はご祖父から習ったのか」

「はい。さすがに実弾は撃たせてもらえませんでしたが、射撃のイロハについてみっちり仕込まれました」

「射撃に関して、重要な点は何だと教えられた」

「平常心です。標的が何であろうと気負わず怯まず、心に水面を思い描くように教えられました」

「気負わず怯まずというのはいいな。俺も隊員には同じことを教えている。ご祖父は健在か」

「わたしが高校生の時分、土砂崩れに巻き込まれて亡くなりました」

「それは残念だったな。ご存命であれば酒の一杯でも酌み交わしたいところだ」

 新見はひとしきり自分の経歴を語った後、訊いてきた。

「君がSATに入隊したがっているという話を伝え聞いた。本気なのか」

「本気です」

「警視庁には機動隊員が十個隊で約四千名配属されている。SATは幹部を含めても毎年十名程度しか選考されない狭き門だ」

「心得ております」

 選考されるにも条件が付帯されている。体力測定で上位級を取得し、更に機動隊に転属されなければならない。そうして初めて新隊員候補として声を掛けられる土壌になる。

 候補隊員になると約二週間の特殊部隊試験入隊訓練を受けて篩に掛けられ、それに残ることができたら更に約一カ月の特殊部隊新隊員訓練を受け、ようやく晴れてSAT隊員に認められる。聞くだに訓練と選考の連続で気の休まる暇がない。

「体力方面は申し分なし。機動隊への転属も君ほどの成績があれば比較的容易に受理されるだろう」

「ありがとうございます」

「ここから先は個人的な興味だが、いいか」

「どうぞ」

「君の射撃の腕前を見せてほしい」

 きた。

 班長から直々の打診だ。緊張で両拳を握り締める。

「試験ですか」

「違う。いかなる腕前であっても選考に関わるものではない。あくまでも俺の個人的な興味に過ぎない」

 しかし新見は悪戯っぽく付け加えるのを忘れなかった。

「だが、幼少の頃から身近に射撃があった者の習熟具合には大いに興味がある。ちょうど射撃訓練場に予約の空きがあるんだが、今から同行してくれないか」

 いろいろな手続きをすっ飛ばしての誘いだが、おそらく直属上司の許可を得ているに違いない。でなければいかに班長といえども、新人を好きに扱えるはずがないではないか。

「ご一緒させていただきます」

 

 

(つづく)