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「狙撃犯の狙いが明らかなら、何ものこのこ標的になる法はないと思うんです」

 葛城は宮藤を伴って桐島の前に立っていた。上申することなど滅多になく、宮藤に話したら付き添ってくれると言う。だが葛城が口火を切っても、桐島は全く乗り気に見えなかった。

「既に知事選が始まっているので遅きに失した感はありますが、まだ被害者が出ていないのが幸いです。今からでも全候補者の街頭演説をやめさせてください」

 氏家たちが仮称する未詳Xの腕前はとうに知れている。外崎候補狙撃事件がいい例だ。試射を兼ねての予行演習があの結果なら、本番では必ず目的を達成するに違いない。無論、狙撃対象者が撃たれでもすれば、それは捜査本部の敗北を意味する。

「お前の提案はもっともだし、候補者たちが外にでなければ未詳Xも出番がなくなるというのも真実だ」

 桐島は感情の読めない顔で淡々と応える。

「しかしな、葛城。お前が考えつく対策なら先に他の誰かが進言したとは思わなかったのか」

「え。まさか」

「外崎候補の狙撃が予行演習だったらしいと見当がついた直後、俺の方から課長を介して刑事部長に上げてみた。部長は警備部長も巻き込んで都の選挙管理委員会に提案したんだ。これ以降、街頭演説は控えるようにしてくれとな。選挙管理委員会の回答を知りたいか」

 桐島の口ぶりで結果はおおよそ予想がつく。

「知っての通り、都の選挙管理委員会は都議会で選ばれた委員で構成されているが、人数はたったの四人しかいない。委員会は選挙の管理執行の他に、選挙の効力やそれに関する異議申出に対し決定や裁決といった準司法的機能をも有している。だが、選挙活動に重要な街頭演説を止めさせるような命令権は持っていない。逆に、選挙活動の自粛は民主的な選挙の阻害要因になるとの回答だった」

「そんな無責任な。候補者たちの命が懸かっているんですよ」

「だから、選挙管理委員会の回答は建前に過ぎん。四人の選挙管理委員では、とても各候補者の手綱を握っていられないというのが本音だろう」

 本当に選挙管理委員会の本音なら頷かざるを得ない。

「都知事になろうなんて考えている者が、たかが選挙管理委員会の忠告をすんなり受け容れるものか。何人かは命欲しさに自粛するかもしれんが、委員会からの平板な説明では説得力もない」

 横で聞いていた宮藤が大きく頷く。

「明確な犯行声明も出ていないのに見えない脅威に怯えて事務所に引き籠ったら、有権者から臆病者と非難されかねない。本気で都知事を狙っている候補者なら、そう判断するでしょうね」

「じゃあ、どうすればいいんですか。このまま候補者が狙われるのを、指を咥えて見ていろというんですか」

「葛城なら、そうは考えんだろう。選挙管理委員会が当てにできないのなら、個別に候補者を説得するより他にないな」

 桐島が意味ありげにこちらを見る。何故か宮藤も口裏を合わせているかのように黙り込んでいる。

 しまった、嵌められた。

 二人とも葛城から言い出すのを待っているのだ。

 葛城は一瞬躊躇したものの、上司と先輩に仕組まれたら逃げようもないので覚悟を決めた。

「じゃあ、僕が候補者を説得して回ります」

 そうか、と答えた桐島が、ほんのわずかにほくそ笑んだように見えた。

「下馬評では現職の笹川都知事と福海都議の一騎打ちらしいから、お前たちはその二人を説得しろ。他の候補者は別の捜査員に任せる」

「お前たちって」

 宮藤が急に慌て出した。

「わたしもですか」

「捜査は二人一組が原則だ。狙撃対象者の保護も捜査のうちだろう」

 桐島から解放されると、早速宮藤が背中を押してきた。

「さっさといくぞ」

「宮藤さん、不本意じゃないんですか」

「不本意でも命令なら従わざるを得んだろう。候補者への狙撃を未然に防ぎたいのは誰しも同じだ」

 

 

(つづく)