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「そもそも、小岩署の警備体制はどうなっていたんですか」

 被弾したにも拘わらず、外崎はベッドの上で怪気炎を上げていた。

「わたしが駅前で演説することは事前に届け出ていた。それなら警官を何人か配備しておくのが普通でしょうが」

 宮藤が苦虫を噛み潰しているのが傍目にも明らかだった。道路交通法七十七条における道路等での政治活動については、政府が「街頭演説には道路使用許可が必要」との見解を示している。だが使用許可を認めたからと言って、対象を警護したり監視したりする義務はない。演説する者が既に議員であれば警護の観点から警官を配備するが、単なる候補者に警備をつける理由はどこにもない。

 襲撃された驚きと怒りで理性が崩壊しているのを差し引いても、外崎の言説は警察官である二人を閉口させるには充分だった。理性が引っ込むと本性が現れる。議員バッジをしていた頃の外崎は、さぞかし高圧的だっただろうと想像してしまう。

「まあ、そう仰らず。所轄も常に人手不足なんです」

 宮藤は顰め面を隠そうともしなかったが、言葉だけは選んでいるようだった。

「人手不足なら、警備が重要な部分を優先するべきじゃないのか」

「それは外崎さんが当選した暁に、警察官の数を増やしていただくよう働きかけてください。今は将来の展望よりも、あなたを狙撃した犯人を逮捕するのが最優先です」

 自分を最優先にするという言葉が効いたらしく、外崎は不承不承に頷いてみせる。

「回復されたら現場検証にお付き合いいただきますが、現段階では机上の確認となります」

 宮藤は小岩署から拝借したJR小岩駅周辺の拡大地図を外崎の眼前に翳す。

「あなたが辻立ちをしていたのはこの地点です。銃弾がどの方から発射されたか憶えていますか」

「あの時、わたしの正面にイトーヨーカドーがあったのは憶えている。しかし銃弾が飛んできた方角までは分からん。何しろ、撃たれた瞬間は何が何だか状況すら分からなかった」

「まあ、それはやむを得ないところですね」

 射入角度は担当した医師に訊けば明確な回答を得られるので、本人が答えられなくても構わない。だが被害者に直接尋ねて確認するのが捜査の基本だ。

「ところで外崎さん。あなたが狙われた理由に心当たりはありませんか」

「わたしに何らかの非があるとでもいうのか」

「心当たりを訊いているだけです。何か特別な理由でもない限り、街頭演説中の候補者を狙撃しようなんて普通は考えないでしょう」

 宮藤は半ば威嚇するように外崎を見下ろす。警察官になる前はアクション俳優を目指していたというだけあり、目の前に立たれると偉丈夫が強調される。

「捜査なので明け透けに言わせてもらいますが、あなたは任期満了を待たずに議員を辞職した。それもあまり名誉とは言い難い格好でだ。セクハラや買春ツアーの参加疑惑であなたを殺したいほど憎んでいる者もいるのではありませんか」

「濡れ衣だ」

 外崎の声は乾いていた。

「わたしは清廉潔白だ」

「たとえ清廉潔白であっても、憎まれる時は憎まれますよ。身に覚えはありませんか」

「ないと言ったらないっ」

「困りましたね」

 宮藤は大袈裟に溜息を吐いてみせる。

「あなたを狙う理由が分からなければ、護る手段も提案できない。敵が個人なのかそれとも組織なのかで、対処方法も変わってくる。敵が組織的に標的を狙っているのなら、この病棟も安全とは言えない。病室の窓からまたぞろ銃弾が撃ち込まれるかもしれません」

 外崎は怖気を震うように肩をびくりと上下させる。だが、口を開こうとしない。

 スキャンダルが真実であれば、外崎を疎ましく思う人間が皆無とは思えない。逆に好感を持つ者を探す方が困難だろう。

「どうやら心当たりを思い出すのに時間がかかりそうですね」

 潮時と見たのか、宮藤は踵を返した。

「思い出したら、ご連絡ください」

 宮藤と葛城はその足で担当医の許を訪ねた。担当医はカルテを見ながら丁寧に説明してくれる。

「銃創を見る限りでは遠射と思われます。角度は相当に鋭い。撃たれた時の患者の姿勢にもよりますが、高い位置からの射撃と考えて間違いないでしょう」

 カルテには丁寧に射入から射出までの道筋が図解で詳述されている。説明通りかなり斜め上からの狙撃であったのが分かる。

「貫通したのが不幸中の幸いでした。わずかでも角度が違えば、左肩から射入した弾丸が鎖骨を粉砕し胸部に達した可能性もありますからね」

 それが幸運か悪運かは意見が分かれるところだろう。外崎の買春ツアー参加を決して許そうとしなかった面々は舌打ちするかもしれない。

「ただ幸運ではありましたが、退院までには二週間を要します。聞けば選挙運動中だったということですが、残念ながら期間中に街頭演説するのは無理でしょう」

「警察としては願ったり叶ったりです」

 宮藤の言葉に葛城は同意する。再び街頭に立たれたら、さすがに警察も外崎の警護をせざるを得ない。警護に人を割かれれば、それだけ捜査に人員を投入できなくなる。本人の都合で捜査が遅れてしまいかねないが、外崎という男は配慮や遠慮にはまるで無縁な男のようだ。

 病院での聴取を済ませて現場に戻ると、鑑識課の土屋が弾丸を証拠袋に収めて待っていた。

「被害者の真後ろに落ちていたのを見つけた。ちょうど段差のところに入り込んでいたんだな。243ウィンチェスターだ」

「ポピュラーな弾丸なんですか」

「害獣駆除に用いられるライフル銃で頻繁に使われている六ミリ実包だよ。最小口径だから発射時の反動も低い。有効射程距離は通常、百メートルから四百メートル」

 弾丸の落ちていた地点から外崎の体内を経由して直線を描く。すると延長線上に射撃地点として格好の場所があった。

 イトーヨーカドーの隣に再開発から取り残されたような古いビルがある。ビルの非常階段は外付けになっており、ここから丸見えになっている。

「いってみよう」

 土屋を伴って当該ビルに向かう。

「角度と距離を考えれば四階から五階の間だろう」

 土屋の推量に従って上ってみると、果たせるかなここぞと思える場所に人の立ち入った痕跡があった。なるほど駅前が一望できる絶好のスポットだ。ただし薬莢や足跡までは残してくれず、ご丁寧にも階段の踊り場に掻き消した跡が明瞭に刻まれていた。

「慣れているか注意深いヤツだな」

 宮藤は忌々しそうにこぼした。

 

 

(つづく)