一 凶弾

 

 

「本当に復元できたんですか」

 きつね塚康平づかこうへいはセンターの中に足を踏み入れた時点でも尚、半信半疑の様子だった。氏家うじいえきようろうは彼を安心させるため、精一杯の営業スマイルを浮かべてラボに誘う。

「ウチにはとびきり優秀なスタッフが揃っていますから」

 今回、氏家が所長を務める〈氏家鑑定センター〉に持ち込まれた案件は、火事で焼失した家屋の復元だった。先月の七日、おお下丸しもまるの狐塚宅が出火し、隣宅を類焼に巻き込んで十時間後に鎮火した。元々道路幅が狭い上に路上駐車が多く、消防車が行く手を遮られた挙句に全焼の憂き目に遭ったのだ。

 焼け跡からは世帯主である狐塚へいが焼死体となって発見された。以前より当該宅は嘉平の一人住まいであったため、焼け死んだのも彼一人だった。

 離れて暮らしていた長男の康平からセンターに依頼がきたのは火事から二日後のことだ。

「全焼してしまった生家には数えきれないほどの思い出がある。なんとか縮尺模型として復元できないか」

 康平が唯一の資料として提示したのは、口頭による説明のみだった。氏家は康平から家の間取りや家具の置き場所を聴取した以外は何の資料もない状態で依頼を請け負った。

「実際、ご実家の復元は狐塚さんが思われているほど困難ではなかったのですよ」

 氏家はいくぶん自慢げに話す。手前の手柄ではなく、所員の優秀さを喧伝するのは何より誇らしい。

「でも、提供したのは口頭での説明だけだったんですよ」

「それで充分なのですよ。今の技術なら」

 ラボの中では飯沼いいぬましゆうが待機していた。センターでは各所員が得意分野で才能を発揮しており、飯沼の場合は3Dモデリングだった。飯沼は体型こそでっぷりとして誤解されやすいが手先が器用で、かつ3D表現に関しては抜群の感性を備えている。氏家から見ればハリウッドのスタジオで働いていても違和感がないほどだ。

 飯沼の前にあるテーブルにはシーツに覆われた完成品が鎮座している。ここ数日、飯沼が一人でかかりっきりになっていた案件だったので、クライアントの驚く顔を、是非本人に見せてやりたかった。

「じゃあ飯沼くん、早速披露して」

「はい」

 飯沼がシーツを剥ぎ取ると、現れた完成品に康平は目を丸くした。縦横五十センチの台座の上には外壁の色や窓ガラスまで再現した狐塚宅の模型があった。

「こりゃ凄いな。実物と寸分違わないや。瓦葺きの屋根なんてひと言も言ってないのに完璧に再現されている。これ作ったの、あなたですか」

「はい」

「凄いよ、ホント凄い」

 康平から称賛の言葉を浴びた飯沼は困惑顔でいる。人から褒められることに耐性がないのだ。

 狐塚宅の3Dモデリングには国土地理院による地図・空中写真閲覧サービスとストリートビューが役立った。正面、上、そして横から見た形が分かれば三面図ができる。三面図さえあれば全体のデータ入力が可能になり、後は口頭説明通りの間取りを組み込めばいい。

 センターに導入された3Dプリンターは最新式のもので、素材が石膏や金属でも加工することができる。だが康平の依頼は単なる縮尺模型なので、比較的安価なABS樹脂を素材にすれば事足りた。

「内部も見えるんですよね」

 康平の要請で、飯沼は屋根を持ち上げる。完成品は屋根と二階部分を取り外して、間取りが現れる仕様になっている。

「ああ、一階も二階も説明した通りになっている。テレビや冷蔵庫もちゃんと配置されてる。完璧ですよ、完璧」

 康平は仕上がりに十二分満足した様子だった。氏家はほっと胸を撫で下ろす。

「この大きさで重さも二キログラムあります。さすがにお持ち帰りになるのはひと苦労でしょうから、後で郵送しますよ」

 康平が喜んで料金を支払いセンターから退出していくと、氏家は模型の屋根を取り外してから飯沼に話し掛ける。

「ね、言った通りだったでしょ」

「ええ、本人、全然気づいてないようでしたね」

「狐塚さんの家が不審火で全焼したのはニュースにもなっていたけど、嘉平さんがどこで寝ていたかはまだ明らかにされていない。しかし間取りを見れば一目瞭然だが、一階の居間は応接セットその他が置いてあって、とても布団を敷けるようなスペースはない。あるとすればただ一室、二階の角部屋しかない」

 嘉平が二階にいて逃げ遅れたのではないかという疑問はモデリングの段階で生じていた。

「木造住宅ではあるけれど外壁はモルタルで燃えやすい素材じゃない。ある程度燃えたとしても熱と臭いですぐに気がつくし、狐塚宅には裏口もある。逃げようと思えば逃げられたはずだ」

「逃げられなかったのは嘉平さんが二階に寝ていて、しかも家の中の一階から出火したからですね」

「家の中には障子紙やカーペットなど燃えやすいものが山ほど置いてある。そのうち何点かは燃えて有毒ガスを発生させる。炎と煙は階段を伝って二階に到達するが、唯一の退路である階段を封じられて嘉平さんは逃げ場を失う」

 何故逃げ遅れたのか、縮尺模型を眺めていれば可能性がじわりと浮かび上がってくる。二階の部屋には意図的に布団のミニチュアを置かずにおいた。言うまでもなく康平の反応を確かめるためだった。

「実家に出入りしている康平さんが父親の寝る場所を知らないはずがない。なのに模型を見た時にも疑問一つ口にしなかった。そして家の中に入り込んで火をつけられるのは、出入りをしている家族くらいのものだ」

「やっぱり康平さんが犯人なんでしょうか」

「限りなくクロだろうけど、それを暴くのは僕らの仕事じゃない」

 氏家は屋根を元に戻し、シーツを丁寧に被せ直す。

「あくまでも依頼人の注文に従うだけさ。康平さんが実家の縮尺模型を作ってほしいと申し入れた動機はあずかり知らないけどね。もちろん僕も善良なる市民だから、警察が事情聴取にきたら洗いざらい打ち明けるつもりだ」

「康平さんが完成品の仕上がりを見にくる前に通報するのも可能だったんじゃないですか」

「うん。だけど気の早いお巡りさんが彼を逮捕したらモデリングの代金を払う人がいなくなっちゃうでしょ。それはそれ、これはこれ」

「商魂たくましいですねえ」

「民間企業だからね」

 飯沼は自作の3Dモデルをシーツの上から愛しそうに撫でる。

「何にしても、こいつが役立つのなら嬉しいです」

 顧客の注文に応じてプラモデルを丁寧に組み立てるモデラーという職業があるが、きっと飯沼もそうした職人の一人なのかもしれないと思った。

 

 

(つづく)