「仮に未詳Xが政治的な理由で狙撃を計画しているとすれば、動機によって狙撃対象が決まってきます。保守派の支持なのか、それともリベラル派の支持なのか」
「その場合、犯人はどちらかの陣営に雇われたという解釈も可能です」
「ああ、そうですね」
葛城は運転している一方で、目まぐるしく頭を回転させているらしい。考えるのに夢中で、ハンドル操作を誤らないかと少しひやひやする。これ以上、車内での問答を続けることに躊躇があったが、心配をよそに葛城は話を止める気配がない。
「氏家さんは、選挙期間中に対立候補を亡き者にするということが日本で起こり得ると考えますか」
氏家は少し考えてから、ゆっくりと話し出す。
「日本人の気質を考えると、すぐには頷けませんね。外崎候補の場合がそうであったように、選挙期間中のテロと言えばまず狙撃が思い浮かびますが、それはアメリカのような銃社会の話であり、銃規制の厳しい日本ではあまり前例がありませんから」
「それは僕も思います。しかしアメリカで発生する事件は五年後に日本で再現されるという話もあります。銃規制の厳しさは変わりませんが、3Dプリンターの波及で銃の所持も以前よりは容易になりました」
「その論法でいけば、確かに政治的な動機で候補者を狙うという可能性は否定できません。しかしそうなると標的は福海候補よりも笹川都知事でしょう」
「ええ。何しろ現職で政治手法や執務態度を批判する人も少なくありませんから」
「しかし警戒警護を笹川都知事に集中させておくのも危険と言えば危険ですよ。動機が個人的なものであり、福海候補を標的にしていた場合、咄嗟の対応ができなくなってしまう」
すると葛城は悩ましそうに呻いた。
「いずれにしても捜査会議で警戒態勢を具申する羽目になりそうです」
「葛城さん、一つお願いがあります。外崎候補の狙撃が予行演習に過ぎないと看破した隊長さんに会えませんかね」
「一課から諮ってみますが、お会いになる目的は何ですか」
「鑑定する者として狙撃のプロフェッショナルにお訊きしたいことがあるんです」
警視庁に到着した氏家は、葛城に先導されて刑事部屋のあるフロアに向かう。てっきり捜査一課に連れていかれると思ったが、辿り着いた先は桐島班長の部屋だった。
「すみません、氏家さん」
こちらが訊く前に葛城が頭を下げた。してみると、自分が警視庁に赴くと知れた時点で課長との面会が準備されていたに相違ない。
部屋の前まで来ておきながら敵前逃亡はあまりに情けない。氏家は意を決してドアを開ける。
「失礼します」
「久しぶりだな、氏家主査。おっと、今は所長だったか」
桐島は席を立とうとも握手を求めようともせず、座ったまま氏家を睨め上げている。横柄な態度だが、氏家が科捜研および警視庁にもたらした弊害を思うと仕方がないのかもしれない。
科捜研に勤務していた頃、桐島とは何度か顔を合わせている。なかなか感情を面に出さない男だが当時からこちらを見下すような言動が目立ち、今日はまた一段と顕著だった。
無理もない。氏家が民間の鑑定センターを立ち上げ、科捜研から優秀なスタッフを次々に引き抜いてしまったため、一時科捜研は深刻な人手不足に陥り、日常の分析業務さえこなせない時期が続いたという。科捜研の機能不全が捜査に影響しないはずもなく、しばらくの間刑事部の仕事は停滞を余儀なくされたらしい。それぞれの班を束ねる班長にしてみれば、氏家こそ検挙率を下げた戦犯の一人だったに相違ない。
「狙撃に使用された弾丸を君の鑑定センターに送れと命じたのは村瀬管理官だ。経緯は聞いているか」
「まあ、概要くらいは」
「犯人が使った銃は市販されているウィンチェスターなのか、それとも自作なのか。それが目下の重要事項だ。弾丸を返却しにきたのは分析が終了したからだろう」
「報告書はまた」
「報告書など後で構わない。判明した事実をこの場で話せ」
桐島はこちらの反応を窺いながら畳み掛けてくる。高圧的なやり取りで主導権を握ろうとしているのが見え見えだった。
「試料から異物を除去したので返却に参上したまでです。異物については未だ分析中です」
「それでも異物の素性に見当くらいは立てているだろう。判明しているだけでいいから話せ」
「弾丸は発射される際、バレル内に刻まれたライフリングによって高速回転しながら射出されます。この時、弾丸にはライフリングと同一紋様の線条痕が刻まれるのですが、同時にバレルの内部も削られます」
「異物の正体はバレルの一部か。着弾の際にめり込んだコンクリート片や肉片じゃあるまいな」
「試料表面に付着したゴミは鑑識や科捜研が丁寧に除去しています。走査型電子顕微鏡で五万倍に拡大して、ようやく確認できた微細金属です。決してコンクリート片でもなければ肉片でもありません」
「走査型電子顕微鏡だと」
桐島は葛城に視線を移して問い掛ける。
「鑑識や科捜研には置いてないのか」
「残念ながら」
「ふん。金持ちが趣味と実益を兼ねて買ったオモチャか」
さすがに聞き流せなかった。
「相変わらず口が悪いですね」
「有望な職員の頬を札束で張り倒してかっ攫っていくような性悪よりはマシだ」
日本では職業選択の自由が認められている、と言おうとしてやめた。桐島はこちらを怒らせようとして喋っている。付き合っても得になることは一つもない。
「報告書はいつ上がってくるんだ」
「担当者の頑張り次第です」
「俺は、いつだと聞いている。こちらはカネを出しているんだ。納期くらい提示しろ。不誠実だとは思わないのか」
「今週中には」
「遅い」
「拙速は厳に慎めというのがウチの社訓でしてね」
「ふん」
桐島は嫌悪感を滲ませてこちらを睨みつけた。
「最低限、客の要望に応えろ。民間企業というのは、それが第一だろう」
部屋を出るや否や、葛城はこれ以上無理というほど腰を曲げて頭を下げた。
「本っ当に申し訳ありません。氏家さんに不快な思いをさせて」
「部屋の前に立った時点で想定内のやり取りでした。葛城さんが気に病むことじゃありません」
「慰めにもなりませんけど、僕は配属されてから桐島班長の笑った顔を一度も見たことがありません」
「奇遇ですね。わたしもですよ」
結果的には互いに慰め合うかたちとなり、二人はどちらからともなく苦笑する。
次に二人は警備部のフロアに移動した。警備第一課、フロアの中央にSATの部屋がある。
葛城の動きが迅速だったお蔭で、来る途中で申請していた面会はすぐに新見隊長が応諾してくれたらしい。
(つづく)