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 捜査に目ぼしい進展が見られない中、三回目の捜査会議が開かれた。

 冒頭、村瀬の計らいで幡野が紹介される。

「科捜研から参りました幡野です。外崎候補狙撃事件について科学捜査の面からサポートしていきたいと思います」

 幡野の態度が殊勝だったのは挨拶までだった。村瀬から今回の事件について意見を求められると、早速幡野は饒舌に喋り始めたのだ。

「まず、この画像をご覧ください」

 会議室に設けられた大型モニターに映し出されたのは、3Dで構成されたライフリングの拡大画像だった。

「これは現場で採取された弾丸の線条痕を基に作成したライフリングです。全体は3Dですが、ある種のフィルタをかけることで二次微分画像を生成しています。今回用いたフィルタサイズは九×三としています」

 またもや説明が難解になり出したので、葛城は警戒し始める。一対一で対峙した時とは異なり、会議上での発言を止められるのは村瀬くらいのものだ。

「弾軸方向をx軸、回転方向をy軸とします。画像を見やすくするために二次微分はヒストグラムを均等化し、位相限定は階調を十倍して表示しました」

 幡野は得々と話しているが、聞いている者の何人が理解しているかは分からない。基礎知識を共有している研究者同士では共通言語なのだろうが、捜査一課の連中相手ではそうもいかない。聞き手の反応を確かめないままに話を進めるのは、いかにも幡野らしいと思った。

「ご承知の通りライフリングの山径と谷径の差は〇・一ミリほどですが、使用頻度によってハンマーで打たれた部分から銃口までのライフリングには不均一の差が生じます。問題の線条痕から推測されるライフリングには、その不均一が見当たりません。従って使用されたライフルは新品かそれに近いものと思われます。弾丸の径は約六×五十二ミリなので軍用あるいは狩猟用に広く普及しているライフルだと思われます」

 説明が使用銃の特定に至ろうとした寸前、席上から手が挙がった。

「ちょっといいか」

 土屋だった。

「ライフリングが不均一というのはその通りだが、だからと言って使用された銃が果たして新品なのかどうかという点には疑問が残るんじゃないのか」

 不規則な発言であり、出席した捜査員たちは村瀬と土屋を代わる代わる眺める。だが村瀬に発言を中断させる意思はないらしく、無言のままでいる。

「どういう疑問でしょうか。あ、その前に」

「鑑識の土屋だ。なるほどこの二次微分画像はよくできている。階調を十倍にしたからど素人にも分かりやすい」

「それはどうも」

「しかしライフリングが不均一という理由だけで新品の銃、弾丸が243ウィンチェスターだから軍用あるいは狩猟用に広く普及しているライフルという推測は早計に過ぎるんじゃないのか」

「妥当な推測だと考えますが、土屋さんの疑念の根拠は何ですか」

 土屋はモニターの前まで進み出て、表示されたライフリングを指差す。

「このツールマークは一見すると市販のライフルのそれと同じに見える。だが、溝と溝の間隔がわずかに広い。数値にすれば〇・〇一ミリ程度だが、決して無視できない数値だ」

「大量生産される銃なら〇・〇一ミリは個別差の範囲じゃないですかね。百丁二百丁と製造していく過程でマンドレルも摩耗しますよ」

「摩耗するとしても溝の山の部分くらいで間隔が広がるはずがないだろう」

 土屋は吐き捨てるように言う。

「ウィンチェスターはM1866からM1895までひと通り鑑定してきたから、ここで断言したっていい。使用された銃は市販されているウィンチェスター銃とは別物だよ。狩猟免許を所持するヤツが犯人とは限らない」

「待ってください」

 幡野も負けじと反論口調になる。

「ウィンチェスターを製造していたUSリピーティングアームズ社は全モデルの生産終了と工場閉鎖を表明しました。純正モデルの生産は終わりを告げ、現在はブランドを引き継いだ外国メーカー、たとえばイタリアのウベルティ社やブラジルのトーラス社のライセンス製品が流通しています。ライフリングの極小の相違はメーカーが変わったせいじゃありませんか」

「ブランドが引き継がれた経緯は俺も知っているさ。ついでにウベルティ社とトーラス社のOEM(Original Equipment Manufacturing)も分解したことがある。普く広まった人気機種ほどOEMのデメリットが現れる。製造をアウトソースする段で、自社の技術やノウハウを転用するのを躊躇しちまう。ウィンチェスター銃がそのいい見本だ。他社製造のウィンチェスター銃は全部同一の道具と製造方法に統一されていて、メーカーごとの相違も報告されていない」

 論破された幡野の顔に赤みが差す。文献の知識のみを記憶した研究者と、実際に数多の銃を分解した鑑識係の差異が顕在化した瞬間だった。

「使用されたのが市販のウィンチェスター銃でないとしたら、いったい狙撃犯はどんな銃を使ったと主張するんですか」

「主張なんて大層なものじゃない。元より鑑識作業というのは確定じゃなくて可能性を提示するものだからな。鑑識が断言なんてしたら、捜査する人間に無用な先入観を植えつけかねない」

「逃げないでくださいよ」

 幡野も負けていない。いつしか捜査会議は幡野と土屋の討論の場と化していた。葛城ははらはらしながら見守っているが、他の者は二人の剣幕に圧されて咳一つできないでいる。村瀬は相変わらず静観を決め込んでおり、まるで制止させる素振りを見せない。

 

 

(つづく)