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「お待たせしました」

 葛城は少し呆気に取られた。センターから出てきた飯沼がさっきまで同行を渋っていた時とは、まるで別人の顔つきだったからだ。

 おそらく氏家が活を入れたに違いない。科捜研時代には唯我独尊の一匹狼だったと聞いていたが、鑑定センターの所長になってから人の育て方を会得したのだろう。

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。最初は東中野の対象者から訪問です」

「今日中に二十件でしたね。廻りきれますかね」

「泣いても笑っても候補者たちが街頭に出られるのは二日を残すのみ。今日中に未詳Xを特定できなければ間に合わなくなります」

 途中、捜査本部で宮藤を拾い、三人で対象者の自宅に向かう。後部座席の飯沼は借りてきた猫のようにおとなしかった。

「今からいく東中野の対象者は佐々木という男で、ステンレス鋼を二十キロも購入している」

 後ろも見ずに宮藤は話し始める。これで飯沼に説明しているつもりらしい。

「住まいは1LDKで一人住まい。それで二十キロも購入というのが引っ掛かる」

「二十キロというのは確かに大量ですけど」

 飯沼は慎重に言葉を選んでいるようだった。

「用途如何では有り得る量です」

「たとえば何だ」

「オブジェとかです。石膏やブロンズよりも腐蝕しにくいので、屋外に展示するオブジェの素材として重宝されています」

「そんなものかね」

 芸術一般に縁遠い宮藤は半信半疑の体だった。

 東中野の現場は幅の小さな道が込み入っており、警察車両では当該のアパートに辿り着けなかった。やむを得ず三人は覆面パトカーから降り、佐々木の部屋へと向かう。

「突然、撃ってきたりしませんかね」

 一番後ろについている飯沼は図体に似合わず、おっかなびっくりでいる。ギャップに思わず噴き出しそうになる。

「こちらとしては先にライフルを構えてくれた方が助かる。問答無用で逮捕できるからな。安心しろ。君に銃口が向けられる前に、俺たちが手錠を嵌めている」

 適材適所とはこのことか。無愛想な宮藤が口にすると、言葉に信憑性が出る。飯沼は恐々ながらもついてくる。

 アパート二階の端が佐々木の部屋だった。ドアの前に立つと、何やら中から機械音が洩れ聞こえる。

「佐々木さん、佐々木さん」

 葛城が名前を呼び続けると、五度目でドアが開けられた。隙間から覗いたのは気難しそうな若者だった。彼が佐々木と名乗る。

「今、忙しいんですよ。セールスならお断りだから」

 葛城が警察手帳を提示すると、佐々木は打って変わって殊勝な態度となった。

「あのう、すみません。俺の部屋が騒音出してるのは自覚してるんですけど、卒業制作の締切が迫ってるもので」

「いや、わたしたちは苦情を言いにきたんじゃありません。ちょっと部屋の中を拝見させてもらえませんか」

「構いませんけど、えらく散らかってますよ」

 ドアを全開にした途端、中からは金属の融解する刺激臭が飛び出してきた。

 1LDKの真ん中には奇怪な形状をした金属の塊が鎮座している。聞けば佐々木は美大の学生で、数カ月前からステンレス製オブジェの制作に着手していたらしい。

「部分部分を溶接する前に、細工の細かい部品は3Dプリンターで成形するんです。レジンでフィギュアを造るのと同じ要領ですね」

 辺りを見回すと、不要になったステンレス鋼が散乱している。オブジェと形を変えたものと合わせれば、確かに二十キロほどの分量になると思われた。

「飯沼さん」

 葛城が言い終わらぬうちに、飯沼は3Dプリンターの前に立っていた。

「これは違いますね」

 一目見ただけの即断のようだった。

「一応、金属加工が可能なモデルですけどエントリークラスで、長く使っているとミリ単位で誤差が生じてきます。とてもじゃないけどバレルの成形は無理です」

 外れか。

 葛城が空振りをわずかに残念がっていると、当の佐々木が不満げに唇を尖らせた。

「あのさ、刑事さんたち。いきなり人の部屋に乗り込んでおきながら、愛機を悪しざまに言うってのはどうよ。そりゃあ確かにエントリークラスだけど、美大生は貧乏がデフォなんだよ。第一、芸術は道具で決まるんじゃない。そこはセンスと技術とど根性でしょうが。見てくださいよ、俺の過去作品」

 佐々木が示す方向に視線を移すと、壁に設えられた吊り棚にずらりとフィギュアが並んでいる。大きさは十五センチから三十センチほど、アニメや映画のキャラクターが大部分を占めており、中には葛城が知るものも含まれている。

 特異なのは、それらがPVC(塩化ビニール)やプラスチック製ではなく、全てステンレス製という点だろう。これには飯沼も興味を持ったらしく、佐々木の作品をしげしげと眺め始めた。

「卒制のアイデアが湧いてからの習作だけど、結構いいでしょう。ワンフェス(ワンダーフェスティバル ガレージキットやフィギュアの展示即売会)にも出品しているんですよ」

 数えてみたら四十五体もあった。これだけの習作の後、やっと本命のオブジェに着手したというなら、大したものだと思う。

「このクラスの3Dプリンターで、よく細部まで仕上げられましたね」

 いつの間にか飯沼は美術品を愛でるような顔つきになっていた。

「成形した後、手作業で細部を詰めていくんですよ。確かにミリ単位の誤差が生じるけど、その程度なら手作業で修復できますからね」

「手先が器用ですね。これならワンフェスに出品できるのも納得です」

 どうやら技術者同士の会話になったようで、葛城や宮藤は蚊帳の外になりつつある。

「いやあ、褒めてくれるのは嬉しいけど、最初はひどい出来だったんですよ」「でも、ここに飾ってある作品はどれもクオリティが高いじゃないですか」

「3Dプリンターを導入したのは三年も前です。初心者だったから最初の作品群はひどい出来でした。全部溶かして廃棄しました。まあ三十体は溶かしましたかね」

 では、飾ってある過去作と合わせれば七十五体は造形した計算になる。

「大した習熟度です」

「でしょでしょ。俺もですね、これは個人的な記録で終わらせちゃもったいないと思って、3Dプリンターマスターとしてユーチューブチャンネルを開設したんです。そうしたら回を経る毎に人気が出ちゃって、今や授業に出るより動画編集の方が忙しくなって」

 それで卒業制作の時間が足りなくなったらしい。主客転倒とはこのことだ。

「お蔭でフォロワーも増えました。結局、こういうチャンネルって好きモノが集まるから、コメントのやり取りも専門的になるんですよね」

「おい」

 そろそろ引き上げると言わんばかりに、宮藤が合図を送ってきた。葛城としてもこれ以上の収穫は見込めないと判断した、その時だった。

「中にはモデルガンを3Dプリンターで作れないかって相談もきました」

 佐々木のひと言に葛城たちは凍りついた。

「今、何と」

「モデルガンですよ。もっともモデルガンと言っても、発射されるのが実弾かBB弾の違いくらいで機構や材質そのものに大差はないんですけど」

「詳しく話してください」

 葛城は佐々木に詰め寄る。自制心がなければ相手の肩を掴むところだ。

「アカウント名が〈ニワカ〉というフォロワーなんですけど、外見はとにかく内部を精巧に作りたいっていう相談なんです」

「いつ頃の話ですか、それ」

「うーん、半年も前ですかね。銃の内部は割に金属疲労が激しいので、頑丈且つ変形の少ないステンレス鋼を推薦した憶えがあります」

「交信記録、今でも見られますか」

「別に刑事さんでなくても、コメント欄に残っていますよ」

「その〈ニワカ〉なる人物の素性は分かりますか」

「まさか。性別も年齢も分かりませんよ。ただ3Dプリンターに対する貪欲な知識欲は感じましたね。えっと銃身の中身、弾丸が発射する寸前に通過するシリンダーの内部をどこまで精密に出力できるのか、3Dプリンターのメーカーやグレードを訊かれました」

 葛城たちは顔を見合わせる。外れではなかった。大当たりだったのだ。

 佐々木の部屋を出るや否や、宮藤は捜査本部に連絡する。アカウント名〈ニワカ〉の開示請求を申し入れたのだ。

 だが連絡を終えた宮藤は今にも舌打ちをせんばかりに深刻な顔をしている。開示請求には時間がかかる。仮に開示請求が通ったとしても到底明日には間に合わない。

 一方、葛城は早速佐々木のユーチューブチャンネルを閲覧し、件のコメントを探り当てた。

『はじめまして。〈ニワカ〉と申します。佐々木さんの大ファンで、いつも動画を楽しく拝見しています』

『ガンマニアです。流通しているモデルガンよりも更に精巧なモノを自作してみたいと思っています。色々とご教授ください』

 それから先は佐々木と〈ニワカ〉のやや専門的なやり取りが続く。最後は〈ニワカ〉の礼で終わるが、内容を見る限りこの人物が未詳Xである容疑は極めて濃厚だった。

 対象者潰しは尚も続く。その後も三人は西葛西や深川など七カ所に赴き、ステンレス鋼購入者の自宅を訪ねる。だがいずれも佐々木から得られたほどの情報は望めず、ことごとく空振りに終わった。

「最初に当たり引くと、続きはこんなものです」

 葛城は飯沼を気遣って言う。

「と言うか、一発目であれだけの収穫があるのは特筆ものですよ。飯沼くんは持っているかもしれない」

 煽てられた飯沼は満更でもなさそうだが、いくら幸運の持ち主でも一日に何度も当たりを引くとは考えづらい。既に夕闇が迫っている。今日は最後の一件で打ち止めになりそうな雰囲気だった。

 三人は新木場の雑居ビルに辿り着く。対象者は高中圭という人物で、1Kという間取りを考慮すれば一人住まいに違いない。集合ポストには事務所名が並んでいるが、当該部屋のプレートだけは彼の名前が表示してある。

 エレベーターはなく、すれ違うのも難しいような狭い階段を四階まで上がる。一番奥の408号室が高中の部屋だ。

 ほとんどが事務室として使われているせいか、同じ階の部屋はいずれも人けがない。高中の部屋も人がいる気配はなく、電気も消えたままだ。

 ここも空振りかな。

 時間を変えて再訪しようかと考えていた時、飯沼が囁き声を上げた。

「葛城さん」

 彼は換気口に向けて顔を上げていた。

「鉄とグリス、それと佐々木さんの部屋で嗅いだのと同じ臭いが微かにします」

「え」

「ステンレス鋼を成形した時の臭いですよ」

 すぐに宮藤がドアノブに飛びついた。

「高中さん、開けてください」

 だが何度呼んでも応答はない。

「一階に管理人室があったな」

 言うが早いか宮藤は階下に向かう。二人は後を追うしかなかった。幸い管理人が在中しており、宮藤の説明を聞くと開錠を承諾してくれた。

「元々妙な部屋ではあったんです」

 部屋に向かう途中、管理人は愚痴交じりに話してくれた。

「契約者は中国人なのに、集合ポストの名前は『高中圭』。どうやら中国人が又貸ししているようなんですよ。明らかに契約違反です」

 開錠を引き受けてくれたのも、それが理由だったか。管理人としては揉め事を避けたいから、怪しい住人は一刻も早く願い下げしたい所存なのだろう。

 三人は問題の部屋に足を踏み入れ、明かりを点ける。

 ワンルームの中央には作業台、その上には3Dプリンターが鎮座していた。

 こちらが指示する前に飯沼が口に出した。

「センターで俺が使ったのと同じ機種ですよ」

「そうなんですか」

「メーカーもクラスも全く同一です」

 飯沼は3Dプリンターに歩み寄り、筐体を仔細に観察し始める。

「全自動キャリブレーション、自動レーザー集束装置と素材測定機能。うん、間違いないです」

「しかし飯沼さん、偶然同じ機種である可能性もあるでしょう」

「確認できます。過去に成形した例が記録に残っているはずです。操作して構いませんか」

「痕跡が残らないようにしてくれれば」

 飯沼は用意していたナイロン手袋を嵌め、3Dプリンターを起動させる。筐体の表示パネルが青白く輝き出す。

 飯沼の指がパネルの上を滑ると、間もなく画面に円柱形の物体が映し出された。

 紛うかたなくバレルの外観だった。

 宮藤を呼ぶまでもない。3Dプリンターで出力されたバレルの外観は捜査員一同が記憶に刻みつけている。

「家宅捜索の令状を取る。鑑識にも連絡しておけ」

「はい」

『未詳Xは3Dプリンターでウィンチェスター銃をモデリングしている。それならば必ず部屋に研削したステンレス鋼の欠片や作業跡が残っているはずです。通常の家庭ではあるはずのないものが現場にある』

 ありがとう、氏家さん。あなたの指摘が奏功した。狙撃に使用された弾丸に付着したステンレス鋼の欠片と、部屋に残存しているステンレス鋼の成分を照合し、合致すれば高中某を逮捕できる。

「ビルの管理会社から話を訊く」

 幸いにも管理会社は残業しており、電話で来意を告げると葛城たちの到着を待っていてくれた。

「あのビルは前々から転貸が問題になっていましてね」

 担当者も管理人と同様の愚痴をこぼす。

「お尋ねの408号室を含めて半分以上が転貸されています。契約者は規定の家賃に上乗せした金額を実使用者から徴収している訳ですが、なかなか弊社の抗議にも耳を貸してくれないのが現状でして」

 408号室の契約者は陳明倫という中国国籍の男性だという。

「事務所として貸し出しているんですが、一応自宅連絡先も伺っています。しかし夜六時以降は翌朝の九時まで繋がりません。きっと商売用の電話番号なのでしょうね」

 陳の住所は香港と申告されている。念のために葛城が教えられた番号を呼び出してみるが、コール音の後にお馴染みの合成音声が流れるだけだった。

『おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません』

 まさか今から香港に向かう訳にもいかず、葛城たちは翌朝九時まで何も手出しできない羽目に陥った。

 

 

(つづく)