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四月末、大勢の職員に見守られながら花束を手にして神奈川県警本部長を退任した曾根は、五月の大型連休明け、東京・虎ノ門の高層ビルにオフィスを構えたばかりのカジノ管理委員会に入った。
カジノ管理委員会は百六十人余りの規模を持つ事務局の上に委員長と四人の委員が就く。その委員の一人が曾根だった。
結成式は同じく虎ノ門にある老舗ホテルで執り行われ、大塚首相をはじめ、植草ら立候補地の市長や府県知事らも顔を見せた。
IR旗振り役の徳永は鬼籍に入ってしまったものの、後任総理の大塚もあえて計画の進行に手を突っこむ気はないようだった。動き出した以上は粛々と進んでいくのが国家事業である。
組織としては県警よりこぢんまりとしているし、曾根はそのトップでもない。しかし、新たな国家事業をこれから司っていくという気概が組織全体に満ちている。清新な風の中に身を置いているようで気分は悪くない。
何より、犯罪捜査や治安維持の最前線で指揮をとっていた立場からすれば、新しいポストは貴族生活のような緩い環境の中にある。事務局のほうで横浜や大阪などの事業計画を細かく監督していくことになるが、委員の立場では差し当たって自分の能力をフル回転させなければならないような職務は見当たらない。今のところ、今年から来年にかけて予定されているのは、韓国、シンガポール、ラスベガス、モナコといったカジノリゾートへの視察旅行である。
神奈川県警本部長を退任するときには、キャリア官僚としての上がりを迎えてしまったという思いで一抹の寂しさと感慨を抱いたものだったが、新しい環境に身を転じてみれば、自分がいかに狭い世界の小さな出世争いに拘泥させられていたかということを感じざるをえず、魔法から醒めたように馬鹿馬鹿しい思いが湧いてきた。しかし、狭い世界で戦い抜いてきたからこそ、今の職を引き寄せられたのも事実である。
言えるのは、自分の第二のキャリアとなるこの東京都心での生活が、曾根は早くも気に入ったということだった。
「叔父貴、新しい生活はどうです?」
五月中旬のその日、曾根は夜になって久しぶりに横浜に行った。網代が用意したハイヤーだった。
四月の終わりに衆議院の補欠選挙があり、徳永一雄の地盤を引き継いだ息子の明雄が難なく当選を決めた。その内々の祝勝会を網代が催し、曾根も植草とともに呼ばれたのだった。
浅間町にある料亭での宴席では、美酒に酔う明雄と同様、植草も高鍬に酌を受けながら機嫌よく杯を進めていた。舌も滑らかで、曾根にも新生活の感想を尋ねてきた。
「うん、悪くはないな」
曾根が言うと、植草は「でしょう」と我が意を得たように朗らかな声を上げた。
「警察なんてのは、どれだけ偉くなっても公僕の最たるものなんですよ。身を粉にして働くのが当たり前で、ちょっと失敗すれば世間やマスコミからたたかれてね。市長なんかも広い意味じゃ公僕なんでしょうけど、世間からの扱われ方は全然違いますよ。僕はさっさと警察官僚辞めて正解だったなって思ってますよ」
「市長候補に植草さんを見出した曾根さんは慧眼でしたね」高鍬が言う。
「市議会にいじめられてるかと思いきや、そうでもなさそうだな」曾根は少しからかうように言った。
「僕も巻島とか本田とか、面従腹背の食えない連中を相手にしてきて、そういうのは慣れてますからね」
神奈川県警を去ってからそれほど月日が経っているわけでもないのに、ずいぶん懐かしい名前を聞いた気がした。
「そう言えば、巻島さんは足柄に異動したと聞きましたが、元気でやっておられますかね?」網代がそんなことを口にする。
実際には網代自身がその処遇を曾根に迫ったのにもかかわらず、口調としては他人事である。この男は巷でささやかれる疑惑を尻目に、このところ一段と大物感を醸し出してきたようにも思える。
「さあ、どうなんでしょう」
曾根も他人事として答えた。植草から名前を聞くまで、その存在をすっかり忘れていた。
使いようがなくなるとこうなる。
まあ、よろしくやっているだろうと思った。
それから数日後、オフィスの曾根に割り当てられた執務室で海外カジノリゾートのパンフレットを漫然と眺めていると、秘書から外線電話が回ってきた。
「横浜の柏森さんからです」
柏森という人物に心当たりはなかったが、横浜というからには横浜市のIR推進局の誰かだろうかと思って曾根は執務席の電話を取った。
「はい、曾根です」
〈お忙しいところ失礼いたします〉相手は慇懃に断ってから名乗った。〈私、横浜地検特別刑事部の副部長をしております、柏森と申します〉
曾根は緩み切っていた神経を瞬時に緊張させた。地検の特別刑事部ということは、曾根の在任中の警察捜査に関する確認などではない。彼らが独自に追っている何かについて電話してきたのだ。
〈実は曾根さんに、当方が進めている捜査に関連することで、いくつかお尋ねしたいことがありまして〉柏森は淡々とした口調で言う。〈ゆっくりお話をうかがいたいものですから、できましたら明日以降、時間を作っていただいて、横浜地検にお越しいただきたいのですが〉
「どういった捜査ですか?」曾根は若干かすれた声で訊いた。
〈それはお会いしたときにお話しします〉
有無を言わせない口調だった。
「そうですね……」曾根はまったく気が進まずにうなっていたが、最終的には仕方なく、「土曜日なら」と日を挙げた。
〈こちらは大丈夫です〉
渋々約束を交わして電話を切る。
県警の裏金問題か。
それとも、植草の市長選に関することか。
頭に浮かんだのはその二つだった。
裏金問題は県警内で調査と処分が済んでいる。どこかから告発があった可能性はあるが、わざわざ検察が手を突っこんでくるとは思えない。
そうすると市長選か……。
県警の捜査二課にもタレコミがあり、新任の二課長が動こうとしていたが、曾根がそれをつぶした。地検にも同様のタレコミがあった可能性はある。
市長選では網代が高鍬を使って市会・県会議員の買収工作を行っていたことは曾根も把握している。目の前で堂々と打ち合わせをするのには閉口させられたが、前年の門馬陣営での選挙戦でもそのようにして戦ったのであれば、黙認するしかなかった。客観的に見ても知名度のない新人である植草は劣勢であり、勝つためにはやれることを何でもやるという網代たちの戦略が唯一の恃みとなっていたのだ。
また、買収工作といっても、徳永明雄に近い、植草を支援してくれそうな議員たちを固めるために動いたもので、桐谷派と言われる門馬側の議員には接触していないはずである。
しかし門馬・桐谷側も網代の手口は分かっていただろうし、そこに告発の目があったということかもしれない。
曾根自身は何ら法に触れることはしていない……とも言い切れないのが悩ましい。県警本部長の権限を恣意的に振りかざしたこともなくはなかった。甥っ子である植草を引っ張り出したことで、図らずも選挙戦に深入りしてしまった自覚はある。
土曜日、曾根は横浜地検を訪ねた。
網代か高鍬に連絡を取りたかったが、もはやそれは自殺行為になりかねなかった。今後、検察の捜査が進んで、曾根か相手側の通信履歴が調べられたとき、曾根は彼らと同じ穴のムジナと見られかねなくなる。公衆電話を使うにしても、どこに地検の目があるか分からず、自ら罠に嵌まりに行くような行動は躊躇する思いが勝った。
横浜地検では検察事務官が曾根を出迎え、打ち合わせ室のような小部屋に招き入れた。少しして五十前後の大柄な男が現れ、柏森と名乗った。
「曾根さん、今は虎ノ門にお勤めですよね。横浜はもう懐かしい感覚ですか?」
柏森は世間話的にそんな話から入った。
「つい最近まで働いてたわけですから、まだ懐かしいというほどでは」
曾根の返答に柏森はうなずく。「そうですね。先日も植草市長や代議士になられた徳永議員、そして網代社長らと浅間町の料亭で会われているのを、我々も確認しています。懐かしいというのは当たらないでしょうね」
曾根はきゅっと背筋が強張るのを感じた。
検察はすでに曾根を逃さない態勢を整えている。
「実は我々は、先の市長選の植草陣営の動きについて調べを進めています」柏森はそう切り出した。「私から電話があったことで、植草市長や網代社長らと何かお話をされましたか?」
「何を話すことがあるんでしょうか」曾根は空とぼけて言う。
「けっこうです」柏森は言った。「ただ、曾根さんもどこかで見聞きされているかもしれませんが、あの市長選では植草陣営から複数の市会・県会議員に金銭が渡って、票の取りまとめの依頼がなされた形跡があります」
曾根はそんなことが本当にあったのかと言わんばかりに眉をひそめてみせた。
「具体的に言うと、陣営で選挙参謀の役割を果たしていた〔AJIRO〕の高鍬弘斗から、少なくとも七人の議員にそれぞれ数十万の金が渡ったと見ています。これはどうやら植草市長の選挙資金ではなく、〔AJIRO〕から出した金のようです。横浜のIR事業を円滑に進めるために議員たちを味方に付け、なおかつ推進派の植草市長を勝たせるための買収工作だったと捉えています」
曾根は努めて顔色を変えないようにした。
「もちろん、これは〔AJIRO〕の渉外部長である高鍬の一存で動いているわけではないでしょう。もっと上、言ってしまえば網代実光社長の命を受けているはずで、我々はそこを本丸と見定めています」
柏森は反応をうかがうように曾根を見据えてきた。
「初めて耳にする話ばかりで、面食らっています」曾根はそう言って小さく肩をすくめた。
「ただ、網代社長から高鍬への指示系統はヴェールの向こう側の話なので、なかなか我々にはつかみづらい」柏森は話を続けた。「指示があったかなかったか、ここが大事です。高鍬を詰めたとしても指示を否定するでしょう。けれど、それではい、そうですかと終わらせるわけにはいきません。そこで曾根さん、あなたの存在が鍵になってくるんです。あなたがいなければ甥の植草さんの出馬もありえなかった。おそらく、にわかに降って湧いた出直し市長選を前に、誰か対抗馬に担ぎ上げられる者はいないか、網代社長があなたに相談する密室での一幕があったはず。それだけ網代社長と蜜月の関係にあったあなたなら、ヴェールの向こうの様子もご存じでしょう。それを我々に教えていただきたいんです」
「そう言われましても」曾根は目を伏せて首を小さく振る。「もちろん、網代社長とは何度かお会いしてますが、蜜月などと呼べるような近しい関係ではありません。市長選の話が出て、植草が官僚としては先が見えない様子でしたから、お前勝負してみるかと話を振ったのは確かです。でも、それ以上は私が口を出すところではありません。正直言えば、私は門馬さんに勝てるとも思っていませんでしたよ」
「それは少々苦しい言い分に聞こえますね」柏森はすがめるように曾根を見た。「この選挙戦に関しては曾根さん自身、植草さんを勝たせるために、県警本部長の立場を笠に着て、そこそこで公務員法に触れる行為に及んだこともあったと我々は認識しています。それを徹底的に捜査して、関係性を解明して差し上げても構いませんよ。もちろん、そうする以上はあなたの法的責任も問われることになるでしょうが」
「脅しですか」曾根は柏森をにらみ返した。「そのような言われ方は甚だ不愉快ですな」
「あなたの容疑の話をしているんですよ」柏森は曾根の視線をはね返すようにして言った。「脅しではなく、これは取引だと考えてください」
「取引?」
「司法取引です」柏森はうなずいて言う。「あなたの罪を見逃す代わりに、網代実光と高鍬の間で交わされていた話について、我々に教えていただきたいということです」
ややこしい提案をされたと思った。
確かに網代は、曾根がいるところで地元議員の買収工作について触れ、それを受けた高鍬が動いて、堂々と進捗状況を話したりもしていた。そうすることで彼らは曾根を同じ穴に引きこみ、いざというときも警察の捜査をつぶせるようにという目論見があったのだろう。それゆえ、曾根が彼らの指示系統を裏づける話をすることはできる。
しかし、それを曾根が話したとして、検察はどこまで網代を追い詰められるのだろうか。
仮に贈賄で立件し、裁判で有罪判決が出るとする。網代は〔AJIRO〕グループ代表の座から退き、〔AJIRO〕は横浜IRの事業体の資格を奪われることになるだろう。
ただ、それで〔AJIRO〕及び網代実光は社会的に終わってしまうかというと、そこまでのダメージは受けないのではないか。地元議員に数十万の金を渡したということ自体、贈賄事件として大きなものとは言えない。
あの男のことである。数年後には復活し、そのときには正真正銘、政財界のフィクサーとして大きな力を持つようになっても不思議ではない。そのときに曾根が網代を刺した男として見られるのは、当然ながら得なことではない。
さらに言えば、検察が曾根の証言だけで裁判に勝てるのかどうかも怪しい話だ。高鍬があくまで個人的な判断で動いたと泥をかぶってしまえば、尻尾切りが成功して網代が生き残る可能性もなくはない。検察に売った身としては目も当てられないことになる。
曾根自身の罪も重箱の隅をつついたようなものである。たとえ逮捕されても不起訴が順当であろうし、福間あたりに相談すれば、その前にうまく手を回してくれることも期待できる。
曾根は頭の中で冷静に算盤を弾き、決断を下した。
「残念ながら私は、網代社長と席をともにしたときでも大した話は聞いてないんです。仮にも私は県警本部長だったんですよ。そんな人間を前にして、彼らも明らかな違法行為の打ち合わせなどするはずがないでしょう。それから私個人においても、人に後ろ指を差されるようなことをした記憶はまったくありませんね。もちろん、甥の出馬ですから、心から応援していました。昨年まで神奈川県警にいた男ですから、県警内でも応援ムードがありましたし、その流れで周りと植草の話をすることはありました。けれど、本部長の職権で選挙のために何かをしたということは一切ありませんから。それでも疑いをかけるということであれば、こちらも弁護士を立てて対応させていただくだけです」
柏森は苦そうな顔をして、何を言うべきか考えあぐねている様子だった。
「協力したいのはやまやまですが、本当に何も知らなくて、申し訳ないことです」曾根は一方的に言った。「話はそれだけですか。ほかにないようでしたら、失礼させていただきます」
「いや、待ってください」
柏森は手を上げて制し、隣に座る事務官に何やら耳打ちをした。
事務官が部屋を出ていく。
「一人、曾根さんにお話を聞いていただきたい方を待たせています」柏森は場をつなぐようにそう言った。「実は今回の司法取引というのも、その方の発案でしてね。確かにウィンウィンの効果が期待できるだろうということで、上のほうともコンセンサスを整えて、今回の場を作ったわけです」
誰を呼んだのか訝りながら待っていると、部屋のドアが開いた。入ってきたのが巻島だったので、曾根は面食らった。
「ご無沙汰してます」
巻島はひょうひょうとした様子で曾根に会釈し、柏森の隣に腰かけた。顔には何の表情も浮かんでいない。
「何だ……お前?」曾根は現実とは思えない感覚の中で問いかける。
「曾根さんに、検察の捜査に協力すべきだということを申し上げるためにお邪魔しました」
「どうして、お前が?」
「私は外から見ると、曾根さんに可愛がられて重宝されていたと映るようです」巻島はそう言って、皮肉めいた笑みを口もとに刻んだ。「それで柏森さんの接触を受け、曾根さんと網代社長の関係について知っていることを訊かれました。なので私は、〔ネッテレ〕の番組が曾根さんと網代社長の関係から生まれたことや、山手の捜査本部が網代社長に捜査の目を向けたとたん、私が捜査本部から外されたことなどをお話しさせていただきました」
「何だと?」曾根は頬をゆがめて巻島をにらんだ。
「それだけでなく、司法取引の提案もさせていただきました。そのほうが検察の捜査も捗るだろうと思ったからです」
勝手な言い分を……本部長時代であれば、すでに怒鳴り散らしているところだ。
「端的に言うと、あなたは雑魚です」巻島は言った。
耳を疑うような言葉を投げかけられ、曾根はさすがに憤怒の感情を止めることができなくなった。
「言うに事欠いて、雑魚とは何だっ!?」澄まし顔の巻島に怒声を浴びせる。「貴様、頭のネジでも飛んだのか!?」
「残念ながら、雑魚なんです」しかし巻島は、まったく表情を変えず、大真面目に繰り返した。「たとえるなら、網代実光という巨大鮫にくっついている小判鮫です。検察の本命は網代実光にほかなりません。あなたは一緒に網にかかった外道でしかないが、引っかかった以上は、検察も相手にしなければならない。ただ、雑魚だからこそ、逃げる道は残されています。検察が本命を取りこむのに一生懸命になっている間に逃げればいい。それが今回の司法取引です」
あまりに遠慮のないたとえであり、曾根は怒りで身体が震えた。
「無礼者が……!」
しかしその一方で、もはや自分は、巻島たちが神経を払うべき立場からは追いやられつつあるのかもしれないとも感じた。
「網代という巨大鮫はもはや死に体です。検察の銛がすでに何本も刺さっている。それにくっついていても、いいことは何もありません」
検察の捜査力がどれほどのものかと嘲る気持ちが曾根の中にはまだ残っていた。この男たちは門馬を勝たせ、徳永を勝たせ、そして植草まで勝たせた網代の地力を知らない。
「検察だけでなく、山手の捜査本部も銛を突こうとしています」巻島は自分が去ったはずの捜査本部の話を持ち出してきた。「曾根さんはもはや神奈川県警の本部長ではありませんが、当時は捜査の進展についてずいぶんやきもきさせていましたし、帳場の人間から直近に聞いた話を特別にお伝えしてもいいかと思います。葉山の海岸で死体として発見された越村侑平が使っていたタブレットが見つかりました。中に保存されていたメモには、彼が関わった淡野のシノギについての備忘録があり、グループのトップ〔ワイズマン〕が網代であると特定できる記述も含まれています。グループが手がけた未解決の事件は恐喝や特殊詐欺に始まり、傷害や殺人など多岐にわたっています。これらに網代が関与していたことが解明されるのは時間の問題であって、彼の傷は贈賄だけに収まるものではありません」
「それは……本当か?」
曾根は愕然としながら訊いたが、巻島は迷いなくうなずいた。
最初は、まさか網代が〔ワイズマン〕であるはずはないと思っていた。しかし、そう思いたかっただけかもしれない。いつしか、もしかしたら〔ワイズマン〕なのかもしれないという思いも芽生えていた。しかし、誰かに暴かれることがなければ、そうでないのと同じであり、網代は切り抜けられるのではないかという読みも根拠なく持っていた。
恐喝、特殊詐欺、傷害、殺人。さすがにそれらの罪を暴かれて、社会的に復活できるような者はいない。致命的すぎる。
「まさか網代と心中する気ではないですよね?」巻島は曾根の心を覗くような、やや上目遣いの視線を向けてきた。「網代の件は国のIR計画そのものを揺るがすでしょう。網代に近かったあなたは、今のポストを降りざるをえないかもしれません。ですが、十分、やり直しは利くはずです。心中すれば、必ず身の破滅を招きます。今、彼を切るかどうかです」
曾根は目の前の世界ががらがらと崩れていくような感覚を抱いた。
「曾根さん、あなたの下でいろんな仕事を任せていただいた恩を返すつもりで申し上げます」
巻島は画面の向こうで誰々に告ぐと犯人に呼びかけていたときのような、厳しさとともに、どこか親身になって訴えかけてくる目をして曾根に迫った。
「網代実光を切ってください」
(つづく)