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 横浜市長選は告示日を迎え、二週間にわたる選挙戦が幕を開けた。

 候補者には門馬や植草のほか野党リベラル系の推薦などで計四人が名乗りを上げた。

 巻島は市長選に関する情報を意識して拾うことはなかったが、配信番組で竹添舞子が毎回のように話題にすることもあり、各候補者の立ち位置や公約などは否応なく理解することとなった。ただ、人物評に関しては、竹添舞子の仕入れてきた植草評が巻島の知る植草とずいぶん隔たりがあることなどからしても、話半分に聞く必要があった。

 そのほか、山口真帆も先輩官僚の出馬ということで、市長選には大いに興味があるようだった。

「桜木町の演説をちょっと見に行ってきたんですけど、〔Y's〕が集まってて、かなり盛り上がってましたよ」

 彼女は捜査本部に顔を出すと、初日に行われたらしい植草の街頭演説の様子を巻島らに報告してくれた。

〔Y's〕なる集団の存在も、竹添舞子や山口真帆の話を聞くうち、巻島にもすっかり馴染んだものになっている。出馬を表明してから植草がSNSを通してボランティアを募ったところ、その日のうちに百人を超える有志が応募してきたという。それも〔Y's〕だろうと山口真帆は解説してみせた。

「あれ、千人以上はいましたかね」

 総裁選の一万人とは比べるべくもないが、無名の警察官僚だった新顔が緒戦でそれだけの聴衆を集めたのは十分な驚きだと言えた。

「聴衆の間で小競り合いが起きちゃって、救急車が呼ばれるし、かなりヒートアップしてましたよ」

「それはそれは。ご本人が言う“エキサイティングな政治”が早くも実現してますね」

 本田が入れた茶々に一笑してから彼女は続けた。「警備警察も入ってたみたいで、小競り合いが起こったらさっと動いてましたよ。本部長の指示があったんですかね」

「総裁選のこともありますし、甥っ子に何かあったら困ると思ってのことじゃないですか」本田は興味なさそうに言った。「また我々が駆り出されるならともかく、そうじゃないなら別にいいですよ」

「やっぱり心配なんでしょうね」山口真帆は言う。「刑事部の会議でも本部長、市長選の話ばかりでしたからね。この市長選は県警のプライドにかけても勝たなきゃいけないんだって。選挙日に勤番の者は不在者投票をするように末端まで周知しろとまでおっしゃってましたよ」

 警察官ら特定公務員は投票を呼びかけるような選挙運動は法律で禁じられている。真面目に告発するのも馬鹿馬鹿しいという思いから見逃されはするだろうが、かなり見境がなくなっている感はある。

「我々に投票に行かせたら、ほかの候補の票が増えちゃうけどいいんですかね」

 本田のきつい皮肉に巻島は小さな笑いを合わせた。

 

〔ネッテレ〕の番組出演のほうは、竹添舞子が市長選の話題で時間を埋めるほどであり、進展と言えるものは何もなかった。〔リップマン〕のアバターの正体が魚住なのだから、新たな犯罪計画が示されるわけもなく停滞は致し方ないのだが、本物の〔リップマン〕が現れることもなければ、魚住の〔リップマン〕を偽物だと看破する事情通が現れることもない。視聴者層も微妙に変わり、竹添舞子が市長選の話題を持ち出すときのほうがコメントも賑わうようになってきている。

 巻島も仕方なく、植草には彼の刑事総務課長時代に大変世話になった、選挙は身体に気をつけてがんばってもらいたいという程度の話はするのだが、それを〔AJIRO〕グループのニュース配信会社が、大事件に立ち向かった男同士の絆として美談に仕立て上げてしまうのには、さすがに閉口した。以来、植草の話を持ち出されても、巻島は極力、聞き役に徹するようにしている。

 帳場の捜査のほうも配信番組と同様、停滞感があるのは否めなかったが、一方で巻島は春の人事異動に向け、刑事特別捜査隊の編成に着手していた。

 総裁選の街頭演説でテロから辛くも徳永を守り、その徳永が首相の座に就いて曾根が胸を撫で下ろしていた頃に、巻島はさりげなく特捜隊の数名の増員について曾根から言質を取ることができた。その後、曾根自身が春にはIRの委員会に移るとも、あるいは徳永の死で話が宙に浮いてしまったとも、いろいろ動向が揺れているように噂されているが、巻島としては増員編成を粛々と進めるだけである。

 増員については、昨年は所轄署の刑事課を広く当たったが、今回は今現在、帳場にいる者に声をかける方針を立てた。捜査一課特殊班や強行班の面々、あるいは山手署の刑事課員らである。

 彼らに声をかける前に、巻島はその上司に断わりを入れておくことにした。山手署の刑事課長はいつも指令席で顔を合わせている坂倉さかくらなので話を通すのに問題はなかった。一方で捜査一課のほうは昨年、若宮から冷たい反応をもらったいきさつがあり、いくぶん慎重に申し入れることにした。

「村瀬ですか?」

 一課長の増川ますかわは巻島の話を聞くと、彼独特の淡泊さをここでも見せた。

「去年のことは何となく聞いています。村瀬にその気があるんなら、別にいいんじゃないですか」

 村瀬を特捜隊に迎えるのは一年越しの願いであり、隊員編成の筆頭課題であることは確かだ。しかし、巻島の狙いはそれだけではない。

「今回、特捜隊の増員は五名前後を予定しています。ほかの者にも声がけさせていただければ」

「ほかの者というと?」

「ひとまず全員に声をかけて、異動を希望した者の中から選びたいと思っています」

 巻島の答えに、増川はさすがに胡散くさいものを見るような目を見せた。

「優秀な課員ばかりですので、本人の意思を第一に考えたいと思いまして」巻島はそう言い足した。

「ふむ……」増川は巻島を見つめたまま、思考の区切りをつけるようにうなってみせたが、納得した様子ではなかった。「まあ、どういう目論見なのか知りませんが、特に特殊班は専門的なスキルが要求されます。あまり禿やまにしてもらうと困りますから、そのへんはお手柔らかに頼みますよ」

 巻島は「ご理解ありがとうございます」と澄まして礼を言っておいた。

 増川に断わりを入れた翌日の夕方、巻島は早速、帳場にいる捜査一課員と山手署の刑事課員を集めた。

 勧誘に当たって、巻島は、この春にも帳場がさらに縮小される可能性があることを彼らに告げた。これは正直なところ、曾根からその方針を聞いているわけではなかったが、捜査の停滞を考えれば十分ありうることとして、それらしく言及した。その場合、帳場はほとんど特捜隊のメンバーだけで捜査が継続されることになるだろうと話した。

 その上で特捜隊に移ってもいいと考える者は個別にその旨を申し出てきてほしいと伝えた。

 

 その日の全体会議が終わったあと、村瀬が早速、巻島のもとに来た。

「春からお世話になりたいと思います」

 彼はそう言って、人懐っこい笑みを浮かべてみせた。

「来てくれるだろうとは思ってたが、一日くらいじっくり考えるかとも思ってたよ」巻島は嬉しさをそんな言い方で表した。

「試験の真っ最中ですからね。こういうことはさっさと片づけてしまわないと」村瀬は憎まれ口をたたくように言った。

 彼は警部昇進を目指し、この一年、任務のかたわら試験勉強に励んできた。二月に入っていよいよ試験が始まり、村瀬は一次となる予備試験を無事にパスした。二次の筆記試験も間近に迫っている。

「勉強は順調か?」

「いやあ、昨年の夏場あたりは時間が取れずに参ってましたけど、最近は捗ること捗ること」

 村瀬は捜査が停滞する今の帳場をそう皮肉ってみせた。

「今のお前には理想の職場のようだな」

「そうですよ。できることなら今の生活を維持したいんで、異動の件も手を挙げさせていただきます」

 村瀬はそう言って巻島の苦笑を引き出してから立ち去っていった。

 それから二、三日して、今度は捜査一課強行班の久留須が異動の希望を申し出てきた。彼は街頭演説のテロ事件で肩を負傷して以来、帳場での内勤が続いている。今では三角巾も取れ、それなりに腕を動かせるようになったらしいが、指令席から見ていると、負傷箇所がひりつくのか、時折肩を押さえるような仕草を見せることもまだある。

 そんな彼は、指令席の幹部たちと内勤の数名が帳場に残る昼下がり、意を決したように巻島のもとにやってきた。

「いろいろ考えましたが、特捜隊への異動を希望します」畏まって彼は言った。

「そうか」巻島は冷静に応じた。「特捜隊は便利屋的な部隊で、捜一のような花形部署ではないが、それでもいいのか?」

「正直、捜一は憧れてた部署ですし、せっかく配属されたからには長く勤めたいと思っていました。ただ、裏金のことであっさり消えていった幹部の方々の姿を見て、捜一が絶対だという自分の価値観が本当に正しいのか疑問に思うようにもなりました。怪我で身体が思うように動かなくなったことも、いろいろ考えるきっかけになりましたし、何より、この〔リップマン〕の山を最後まで見届けたいし、解決のための力になりたいっていう思いがあるので、申し出ようと決断しました」

 久留須は小川や青山と同期だが、捜一に抜擢されているあたり捜査能力には秀でたものがあり、与えられた任務も堅実にこなしている。街頭演説での活躍を思い返すまでもなく、特捜隊でも貴重な戦力になってくれるだろうという期待が持てる男だった。

「怪我のほうはどうだ?」巻島は彼の申し出をさらりと受け止め、身体のことを訊いた。

「すっかりよくなりました。外回りに戻してもらって大丈夫です」

 目つきには気の強さもうかがえ、巻島は頼もしく感じた。

「まあ、それはおいおい考える」巻島は言った。「希望についても承知した。今すぐ返事はできないが、調整の上、内示が出せるようになったら知らせる。ありがとう」

 巻島の返答に久留須はすっきりした顔を見せ、自席へと戻っていった。

 その翌日には捜査一課特殊班の戸部が指令席にやってきて異動希望を申し出てきた。

 戸部は特殊班の勤務こそ一年目だが、その前は強行班を何年かこなしており、捜一でのキャリアはそれなりにある。

「特捜隊は捜一のような華やかな部署じゃないぞ」

 巻島は彼にも覚悟を問うように、そんな言葉を向けてみた。

「今はそうかもしれませんが、特捜隊と一緒に仕事をしてきて、捜一以上に可能性のある部署だと感じています。自分の捜一でのキャリアを特捜隊の発展のために生かしたいという気持ちです」

 もともとは中畑の下で強行班の一員を務めていた。特殊班の秋本もそうだが、直属で仕えていた二人が裏金事件であっけなく退場し、戸部としても思うところがあったのではないか。ただ、それを深く問うことまではするつもりもなかった。

「怪我のほうはもう大丈夫か?」

「まったく問題ありません」

 彼も久留須ほど重傷ではなかったが、テロ事件では爆弾の破片が足に刺さって負傷している。すぐに復帰できた程度だったとはいえ、久留須も怪我をきっかけにいろいろ考えたと言っていた。戸部もあるいはそうした出来事が心境の変化をもたらしたのかもしれない。

 彼にも検討の上、異動の不可が決まれば知らせると伝えて退がらせた。

 

 

27

〈新横浜のみなさん、エキサイティングな応援ありがとうございます! 植草壮一郎です! 横浜にときめきを!〉

 新横浜駅前周辺で防犯カメラのデータ収集を行っていると、植草の街頭演説が始まった。聴衆の人垣も予想以上にふくらんでいて、大きな声援も飛んでいる。小川も興味をそそられ、班を組んでいる山手署の河口を引っ張るようにして、人垣の後方まで近づいてきたのだった。

〈新横浜と言えばラーメン博物館。みなさん、実はラーメン博物館って、ラーメンにまつわる歴史資料を展示しているだけじゃないんですよ。いろんな店があって食べられるんです。私もお昼に立ち寄って食べてきました。いやあ、うまかった。スープのコク。そして麺のコシ。私もこのラーメンのようなコクとコシのある市長になろうと決意を新たにしましたよ……〉

「大したこと言わねえなぁ」

 河口が隣で呆れ気味にそんなことを口にする。

 するとすぐ前に立っていた男たちが振り返り、小川たちを敵意ある目でにらみつけてきた。

「あれ……」

 小川は総裁選の街頭演説での警備に参加していたので、彼らの顔には見覚えがあった。警備課か公安課か、いずれにしろ警備部の人間である。

「お疲れ様でーす」

 小川が声をかけると、彼らも県警の人間だと気づいて邪魔そうに顔をしかめ、あっちに行けというように首を振った。

「総裁選以来、厳戒態勢だなぁ」

 それにしても驚くべき盛況ぶりである。休日でもなく通勤時間帯でもないが、千人は優に超える聴衆が集まっている。

「お前の上司だったんだろ」河口は演説を聞く気もないようで、小川に話しかけてきた。「どんな人?」

「いやあ、今の山口課長とはよく話すけど、植草さんとはあんまり話したことないんだよねえ」小川は記憶をたどりながら言う。「唯一憶えてるのは、僕のよれたスーツを見て、アルマーニいいよって、自分のスーツ自慢してたことくらいかな。僕の給料で買えるわけもないのに」

「大したこと言わねえなぁ」河口は苦笑している。

「顔見知りが選挙に出ることもないんで、単純にがんばってほしいけどね」小川は言う。

 不意にサイレンの音が聞こえてきたかと思うと、駅前に救急車が現れ、演説を聞く群衆の近くで停まった。

 植草の演説も腰を折られたように中断した。

 群衆の真ん中で、誰かが手を挙げて救急隊員を呼んでいる。

〈そこ、誰か倒れてるみたいですね。ちょっと道を空けて救急隊員の方を通してもらえますか〉

 植草も仕方なく、救急隊員の誘導をしている。

「またやりやがったな……」

 警備部の男が腹立たしそうにぶつぶつと言っている。

「え?」何に憤っているのか分からず、小川はきょとんとする。

「あんな群衆の真ん中で倒れるなんて、対立陣営の嫌がらせだろ」河口が言う。「緊急車両呼んで演説の邪魔するなんてのはよくある手口だよ」

 よく見ると、そのあたりは罵声が飛び交っていて、急病人をいたわるという様子ではない。

「うわあ、汚いなぁ」小川は嫌な気分になった。「正々堂々と戦ってほしいよね」

「いや、仕掛けてるのは植草陣営が先らしいよ」河口は馬鹿馬鹿しそうに言う。「それも警察使って。門馬さんの演説が始まると、PCがサイレン鳴らして来るんだってさ。うちの署も市長選始まってから、急に出動が増えたって話だよ。門馬さんの演説場所なら四、五台送って、現場でもサイレン鳴らし続けろって、本部長の指示があったとかなかったとか」

「うわあ、泥仕合だなぁ」

 徳永の死の裏には何か巨大な力が動いていると思うし、徳永を裏切った門馬には選挙に勝ってほしくないと思うほどには〔Y's〕の思想に影響されているのだが、やはり選挙戦くらいは正々堂々と戦ってほしいと思っている。

 しかし河口は、「選挙なんてそんなもんだろ」と割り切るように言い、群衆の輪から背を向けた。

 小川もあとを付いていく。

「それより、巻島さんが特捜隊の増員を考えてるらしくて、希望者を募ってるんだけど、どうしようか迷ってんだよな」

 その話は噂で聞いている。

「久留須も異動希望を出したらしいしな」

「えっ、そうなの?」

 久留須は常々、捜査一課こそ県警の花形だと言ってはばからなかった男ではないか。

「やっぱり、若宮さんの首が裏金の件で飛んだのが何気にショックだったんじゃないの」河口は言う。「あと、テロ事件で怪我したのもあるよな。あれで巻島さんが何とか久留須に本部長賞をって動いてたのを知って、ちょっと見方が変わったって言ってたもんな」

 巻島は淡々としているように見えて意外と部下思いなのは小川も知っている。

「久留須も特捜隊のほうが将来性があるって分かったんだね」

「将来性どうこうは知らないけど、お前が言う巻島派と若宮派の対立は成り立たなくなったよな。それで村瀬さんも特殊班から移るみたいだし」

「村瀬さんは巻島さんの弟分みたいな人だけど、前に若宮さんの横やりが入ったって噂だからねえ。今度は気兼ねなく移れるでしょ」

「それと戸部さんな」

「えっ?」

「あの人もザ・捜一って感じの人だったけど、中畑さんも秋本さんもいなくなって、巻島派にあっさり鞍替えするらしいよ」

「いやあ、それはよくないなぁ」

 何がよくないかと訊かれても困るのだが、戸部はとにかく顔を合わせれば小川をいじるのを生きがいにしているような先輩刑事なので、特捜隊にいられてはますます小川の隊内での地位が下がってしまうことになる。

 由々しき事態であり、小川はその日の任務を終えて帳場に戻ると、戸部を捉まえた。

「戸部さん、特捜隊への異動を希望したって本当ですか?」

「おう」戸部は軽い調子で認めた。「希望しただけで決まったわけじゃないけどな」

「いやあ、考え直したほうがいいですよ」

「何でよ?」

「ここだけの話、特捜隊ってはたから見るほど風通しのいい部署じゃないですよ」

「風通しって何だよ」戸部は鼻で笑うように言った。「捜査の仕事するのに風通しがいいもくそもねえよ」

「いやいや、本田さんとかけっこう気難しくて、近くにいると嫌になりますよ」

「何言ってんだ。中畑さんのほうがよっぽど気を遣うよ。俺はあの人の下でずっとやってきたんだぜ」

「いや、でも、特捜隊は一課みたいに、好きに使える裏金なんて持ってませんよ」

「裏金を好きに使いまくってた人間みたいに言うな」

 戸部に遠慮なく頭をはたかれ、小川は説得に失敗した。

 

 

28

 山手署裏の駐車場にはいつものように黒塗りのセダンが停まっていた。

 巻島はドアを開けて後部座席に乗りこむ。隣に座る魚住に目配せのような視線で挨拶し、「だいたい出そろいました」と切り出した。

「聞かせてください」

 魚住も言下に応じる。いつもは配信番組の打ち合わせに終始するのだが、この日はその話題ではなかった。

「捜一第五強行班の久留須理。特殊班の戸部幸成。山手署刑事課の河口敬彰。伊勢佐木署刑事課の富田勇馬です」

 魚住は巻島が口にした名前を手帳に書き記す。

「それと村瀬次文も?」

「そうですね」

 巻島としては村瀬など疑いの対象からは外しているのだが、魚住は一切の予断を排して見ようとしているのも容易に感じ取れることなので、余計な口は挿まずにおいた。

「河口、富田といった所轄署の刑事が手を挙げるのは、まあ順当でしょう」魚住は手帳の名前を見やりながら言う。「久留須や戸部の申し出は意外でしたか?」

「そうですね。一課の者ですと村瀬以外なら特殊班の長沼あたりは割と気心が知れるようになってましたし、手を挙げるかと思ってました。しかし彼ではなく、久留須や戸部だったというのは、ある意味意外です。ただ彼らは街頭演説の警備で負傷して、私も事あるごとに声をかけてきましたので、その影響があるかもしれません」

「日常の任務は真面目にこなしている者たちということですか」

「そうですね。河口、富田を含めて、特捜隊に来てくれれば重要な戦力になってくれるだろうという者ばかりです」

「もちろん、河口や富田も対象から外すべきではないでしょう。そして村瀬も」魚住は言う。「巻島さんとしては、この中に〔ポリスマン〕がいる手応えはありますか?」

「分かりません」巻島は正直に答えた。「そもそも〔ポリスマン〕がこの帳場にいるのかどうかが確定的ではありません。それから、特殊班の二中隊が途中でほかの帳場に移っていて、今回、その者たちには声をかけていません」

「ふむ」魚住は相槌を打ってから言う。「しかし、一課の裏金をターゲットにしたシノギの手口もそうですし、その後、警察の緊急配備が整う前に淡野を消そうとした動きが向こう側にあったと考えると、そこにも帳場の情報が欠かせないということになるでしょう。私は現在この帳場にいる一課と関わりが深い者が〔リップマン〕であるという読みは相変わらず持ち続けています」

 巻島としても、実際のところ、その読みに疑いを挿む気はなかった。ただ、この問題については慎重であらねばという思いはある。

「もし〔ポリスマン〕がこの帳場の特捜隊以外の誰かだとするなら」巻島はその慎重さを前提として言った。「今回手を挙げた者の中にいるでしょう」

 早晩この帳場は縮小され、ほぼ特捜隊だけで捜査が続けられるという見通しを巻島は彼らに伝えた。もし〔ポリスマン〕がいるなら、〔ワイズマン〕までターゲットにしている帳場の捜査情報を引き続き得ておきたいと考えるはずで、異動希望を募れば手を挙げてくるだろうというのが巻島と魚住の目論むところであった。

「だいぶ絞られてきましたね」魚住は巻島の返事を受けて言った。「早速、対象の行確に入りたいと思います。もちろん、ここからはこちらもより慎重に事を運びます」

 捜査本部の人間を疑うという極めてセンシティブな問題であると同時に、これがほとんど唯一の〔ワイズマン〕に迫る手立てだという思いは魚住にも過不足なく伝わっているようであり、巻島は静かにうなずいておいた。

 

 

 

(つづく)