最初から読む

 

20

 県警本部に行く前、小川は久留須や青山と連れ立って、弁天通の中華食堂に寄った。

 機動捜査隊の西出が所属先に戻り、山手署の河口は捜査本部で通常任務に就いている。そのため、同期そろってのランチとはいえ、盛り上がりには欠けた。青山はもともとしゃべらない上に、久留須もいつになく口数が少ない。

「もしかして緊張してる?」

 そんな久留須を見て気になり、小川は訊いてみた。

「いや、まあ、ちょっとな」久留須は顔を引きつらせて打ち明けた。「だって、本部長が俺を総理に紹介することになってるらしいんだぜ」

「そうなんだ」小川は驚いた。

「単に俺が怪我をしたってだけのことで、現役総理と話をしなきゃいけないかもしれないんだからよ」

「いや、でも、それは当然じゃないかな」小川は言う。「何せ久留須は、総理を救った男だからね。久留須をモデルに映画が作られてもおかしくないよ」

「そんなわけないだろ」久留須は馬鹿馬鹿しそうに言う。「だいたい、戸部さんが先に犯人に組みついたんだって言ってるのによ」

「いやいや、重傷を負ったかどうかが大事なんだよ。命を張った感がないと、総理も感謝しがいがないだろうしねえ」

 一時期は久留須に本部長賞が与えられるのではないかとやきもきしていたが、どうやらそれはなかったようで、小川は胸を撫で下ろしている。〔Y's〕が理想的リーダーとして支持している徳永にねぎらわれるのは羨ましい気もするが、本部長賞に比べれば、くれてやってもいい栄誉である。小川としてはいくらでも久留須をはやし立てることができた。

「腕吊っとかなくていいのか?」

 青山も珍しく軽口をたたいてきた。いや、彼の場合、本気で気になったのかもしれない。

「何で治ってきてるのに、わざわざ重傷に見せなきゃいけないんだよ」久留須はうんざりしたように言い返す。

「いやいや、ついでに松葉杖もついといたほうがいいんじゃないかな」

 小川が調子に乗って言うと、「阿呆か」という一言で切り捨てられた。

 

 無責任に久留須の緊張ぶりを見て面白がっていただけだったが、頼んだランチセットを食べていると、小川は徐々にお腹が痛くなってきた。我慢できなくなったのでたまらずトイレに駆けこんだ。

「お腹壊しちゃったなあ」お腹をさすりながら、ようやく席に戻って言う。「久留須の緊張が伝染うつったかな」

「何でお前の調子が悪くなってんだよ」

 久留須が呆れるように言って小川の様子を見ていたが、小川はすぐにまた催してきてトイレに戻りたくなった。

「おい、そろそろ時間だぞ」

「先に行ってて」

 二人に言い残してトイレに戻り、しばらくこもった。

 今食べた昼飯が原因とはさすがに考えにくい。朝に食べたコンビニのたまごサンドが悪かっただろうかと思い返しながらなんとか落ち着いたところでトイレを出ると、二人の姿は当然のようになかった。

 一人で県警本部に戻るうち、また波のような腹の痛みが押し寄せてきた。もはや総理の慰労どころではなく、県警本部に入ったところですぐにトイレに駆けこんだ。

 小川は胃腸が丈夫なたちで、腹を壊すことはめったにない。正露丸は歯痛にしか使ったためしがない。珍しいことだった。

 もしかしたら新型インフルでは……そんな疑念が一瞬頭をよぎった。新型インフルは下痢や腹痛、頭痛やのどの痛みを伴いながら高熱を発し、高齢者は肺炎を惹き起こして命を落とすこともあるという。

 しかし小川は今のところ、喉は痛くないし熱もない……気がする。悪寒はあるが、これは下痢によるものだろう。考えすぎだろうなと思い直した。

 やっとのことでトイレを出てエレベーターに乗りこんだ。すでに予定時刻を大幅にすぎている。

 やはり妙な寒気を感じてきたので、とりあえずマスクをしておいたほうがいいなと思いながらティッシュで洟をかんだところ、鼻が妙に刺激されて盛大にくしゃみをした。

 そこでエレベーターのドアが開いた。目の前に徳永首相が曾根本部長や数人の関係者とともに立っていた。

「あ……終わっちゃいました?」

 小川は垂れた洟をティッシュで拭いながら、間抜けにそんなことを訊いた。

「何だ君は?」徳永首相が怪訝そうに訊き返してきた。「遅刻か?」

「はあ……ちょっと、お腹を壊しちゃいまして」

「ははは、そうか、なら仕方ないな」徳永首相は豪快に笑って小川の肩をたたいた。「身体に気をつけてがんばりなさい」

「はい、総理も応援してますのでがんばってください」

「おう、ありがとう」

 徳永首相が上機嫌に手を差し出してきたので、小川はくしゃみで付いた唾をスーツの裾で拭って彼と握手をした。

「早く降りんか」

 曾根本部長に仏頂面でどやされ、小川は首をすくめながらエレベーターを降りた。

「何だ、小川、今頃来たのか」

 マスクをしながら目立たないようにして会議室にもぐりこんだのだが、戸部にあっさり見咎められた。

「相変わらず間が抜けてるな」

「戸部さんは何か声かけられましたか?」

「おう、総理から握手してきて、君たちは警察官の鑑だって言われたよ」戸部は誇らしげに言った。

「僕もエレベーターのところでばったり会って握手しましたよ。お互いに健闘を祈り合うみたいな感じで」

「そんなわけないだろ」戸部は信じる気がないように言った。「また居眠りしてて遅れたのかとか、そういうことは言われたかもしれないけどな」

「総理が僕の居眠り疑惑を知ってるわけないでしょうが」

 この戸部という先輩刑事は、小川の過去の小さな失敗をいつまでも執拗にいじるのである。

 まあいい。戸部が信じようが信じまいが、小川が戸部や久留須と同じように徳永首相と握手し、ねぎらわれたのは事実である。それを思うと、腹を下したのも災いを転じて福となしたわけであり、やはり自分はまだまだ持っているなという気がした。

 

 しかし、その日の夜から小川は四十度近い高熱が出た。喉が灼けるように痛くなり、咳もいったん口をつくと止まらなくなる。翌日、病院に行って検査したところ、新型インフル陽性という結果が出た。

 新型インフルは全国的な大流行期に入っていて、治療薬は底をついているという。解熱剤と抗炎症剤で対処するしかないらしい。患者は待合室にあふれていた。

 官舎にある自室のベッドで寝たきりの生活を送ることになった。解熱剤を飲んでも、三、四時間もするとまた熱が上がってくる。トイレに行くのもふらふらだったが、腹を下しているので行かないわけにはいかない。

 そんな調子で四日ほどすごし、五日目にようやく熱が三十八度を切った。喉も痛く、咳も相変わらず止まらないが、少しばかり余裕が出て、カップラーメンをすすりながらテレビをつけた。

 ニュースでは新型インフルに感染した徳永首相が入院したことを報じていた。捜査本部に欠勤の連絡を入れて以来、携帯も触っていなかったので、徳永が新型インフルに感染したことも知らなかった。

 県警本部で会ったときは元気そうだったのに、あの徳永も罹るとは、やはり巷で相当流行ってるんだなと、ぼんやりした頭で思った。大学病院に入院したとのことだが、若い小川でも死にそうな思いをしているので、まったく大げさとも思わなかった。

 翌日、熱は何とか平熱に戻ったものの、病み上がりという言い方がこれ以上なく相応ふさわしいほど、身体はだるく、まったく言うことを聞かなかった。テレビでは、入院中の徳永が急性心筋炎を起こして集中治療室で治療しているとの一報が流れ、小川もそれなりに驚いたものの、ほうという大きな息遣いが口から洩れただけだった。

 

 平熱が二日続いたので、翌々日、小川は久しぶりに捜査本部に出勤した。

「何だ、もう出てきて大丈夫なのか?」

 小川がガサガサな声で挨拶すると、本田が困惑気味に調子をうかがってきた。

「一応、熱は下がったので」

「無理すんな、無理すんな」

 小川を気遣っているようにも聞こえるが、いたわるように手を振るジェスチャーが、これ以上近づくなと制されているようにも受け取れ、若干迷惑そうでもある。

 小川のほかにも新型インフルによる欠勤者はちらほらといるようで、帳場内はマスク姿が主流となっている。

「俺もやられたよ」

 久留須も新型インフルに罹り、昨日ようやく復帰してきたという。小川よりは症状は軽かったようだ。

「小川に伝染されたんじゃないか?」

 戸部が少し離れたところからそんな声を飛ばしてきた。いつもならば、もたれかかってきたり小突いてきたりするのだが、今日は近づいてはこない。

「いやあ、それは言いっこなしですよ」

 休み始めたのは小川のほうが先だったようだが、証拠があるものではないし、お互い別のところからもらっている可能性だってある。

「まあ、俺は大したことなくてよかったよ」

 久留須もそのあたりのことは心得ているように、戸部のような意地悪なことは言ってこなかった。同期の出世頭らしく人間ができている。

 その日は久留須とともに内勤で一日をすごした。

 夕方、外に出ていた捜査員たちが一人また一人と帰ってくる頃、県警本部から帳場の様子を見に来ていた山口真帆が指令席であっと声を上げ、携帯片手に慌ただしく立ち上がって壁際の液晶テレビのスイッチを入れた。

 よその県で何か大事件でも起きたのだろうかと思いながら画面に目をやると、「徳永首相死去」の文字が飛びこんできた。

「あちゃー」

 大学病院の集中治療室で懸命の治療がなされる中、重体だの重篤だのという情報が飛び交っていたが、とうとう命が尽きてしまったらしい。

「うわあ」「まじか」

 帳場にいる者たちはそれぞれに驚きの声を上げながら、吸い寄せられるようにして液晶テレビの前に集まっていく。巻島や本田らも指令席に座ったままながら、どこか呆然とした顔をしてその画面を眺めていた。

「あんなに元気だったのになあ」

 かつて心臓の病で倒れ、また糖尿病も抱えていたらしいが、つい先日、県警本部を訪ねてきたときには、精力に満ちた顔つきをして小川にも声をかけてくれた。総理に就任したばかりで、これからというときだっただけに、残念としか言いようがない。

「何だよ……俺が身体を張った意味ねえじゃん」

 久留須が隣で、どこか悔しそうにぽつりと言った。

「そうだよね……」

 小川もうなずかざるをえない。

 

 この日は巻島の番組出演の予定があったが、〔ネッテレ〕でも徳永死去を受けての臨時特番が流され、巻島の番組は中止となった。

〔ニュースナイトアイズ〕など地上波の報道番組でも徳永に関するニュースは時間を大きく割いて扱っていたが、〔ネッテレ〕となると切り口は地上波とも少し異なっていた。

〈これ、徳永さんの死因は本当に新型インフルだと考えていいんですかね?〉

〈いや、政権に近い人間ほど、それが真実だとは思ってないでしょう。つい先日、総裁選で暗殺未遂があったばかりですよ〉

〈そうですよね。私も何かの力が働いたことは間違いないだろうと思ってます。暗殺未遂の茂沢容疑者にしても、単独犯のわけはないんです。徳永さんを消したい勢力があるんですよ〉

〈はっきり言えることは、ポスト徳永はいないってことです。これで次期総理に大塚なんて声が出てきた日にゃ、日本は終わりですし、民和党ももちろん終わりですよ〉

 そう言われてみると、いくら新型インフルが流行り、小川自身、高熱に幾晩もうなされたとはいえ、あれだけ気力がみなぎっていた様子の徳永があっけなく死んでしまったとなると、本当に感染が原因だったのだろうかと疑わしく思えてくる。〔Y's〕の論客たちの話を聞くうち、徳永の死の真相は今後も大きな謎として取り沙汰されていくような気がした。

 翌日、前首相で徳永内閣では副総理の座に就いていた外木場道夫がN95マスク姿で報道陣のぶら下がり取材に応じた。

〈総理が亡くなる前日、総理の秘書から連絡があって病室を訪ねました。総理はまだ意識がはっきりとされてまして、「就任したばかりでこのような話は残念だが」と。「政治の空白は許されないので、私にもしものことがあったら、大塚くんに政権の舵取りをお願いしたい」と、このようにおっしゃいました〉

 大塚清志は総裁選を争った徳永の政敵で、今の内閣にも入っていない。政治の素人である小川から見ても、本当かと疑いたくなるような話だった。

 案の定、〔Y's〕の論客たちも騒ぎ立てた。

〈大塚なんて“ガラポン”の手先を徳永さんが指名するわけないでしょう〉

〈わざわざ会見でN95マスクをして、この姿で会いに行きましたみたいな……そこからもう、やらせ臭が漂ってるじゃないですか〉

 小川も捜査本部ではこの話をしないわけにはいかなかった。

「徳永さんの死って、結局、“ガラポン”の陰謀だと思うんですよねえ」

 頭のいい山口真帆なら通じるだろうと思ってそんな話題を振ってみたのだが、彼女は「何それ?」と、よその国の話でも聞いたかのように苦笑いを浮かべるだけだった。

「いやあ、そんな無関心でいいんですかねえ」

 彼女のようなインテリでも徳永の死に疑問を持たず、新しい政権を受け入れていくのなら、この国の将来も心配だなと小川は思うのだった。

 

 

21

 冬休みまでの間、梅本はほとんど学校を休んでいた。

 実際には、大学院棟の自習室にはいたのだが、ゼミなど正規の授業には顔を出さなかった。

 研究活動が思うように進んでいないために、ゼミに出ても発表することがない。順調に行けば博士課程は最短三年で修了できるのだが、梅本自身は出島教授の対応からして、その見込みを捨てざるをえなかった。そうなると、何が何でも授業に出なければなどという気力も失せ、院生生活自体が捉えどころのないものとなっていくのも当然だった。

 いや、それどころか、このまま大学院に残るべきかどうかも分からなくなっていた。研究活動を続けたところで将来は見えない。その先行きの暗さから逃げたい思いが少なからずあり、今ドロップアウトしてしまえばそれこそどんな身の振り方もないというのに、それでもそのほうが楽になれそうな気がするのだった。

 研究活動だけでなく、梅本の生活そのものも身動きのしにくい重苦しさを抱えるようになっていた。

 街頭演説会の日以来、越村からは、またしばらく元町の事務所には来るなと言われていた。連絡自体は彼からもらった連絡用携帯にときどきある。越村自身も二週間ほどは自分の事務所に近づかなかったらしい。

 それほどあのシノギは危ないものだったということだ。政治家に対するテロなど極左の専売特許であり、越村も、まさかやくざが首相候補の暗殺を企てているなど考えもしなかったとこぼしていた。

 あの一件の結末は梅本と越村にとって、二重の意味で身の危険を警戒しなければならないものになった。

 一つは警察に対してである。あのとき梅本は越村に従い、すんでのところで犯人である茂沢を見捨てて接触を避けた。形的には茂沢とは何の関わりもない人間としてあの場を離れた。越村が後ろに乗ったから、茂沢を待っていたとも見られにくいだろう。

 しかし、茂沢が梅本のところまで必死に逃げてきたのも確かだ。最終的には十五メートルほどの距離まで迫っていただろうか。そこでバイクを出したのだからエンジン音で何も聞こえなかったが、越村によると茂沢が何か叫んだ声が聞こえたらしい。梅本が走り去るのを見て逃走をあきらめ、警察に向き直って「来るな!」とでも言ったか。実際、バックミラーを確かめたとき、茂沢は走るのをやめて、追手側のほうを向いていた。

 あるいは単純に、梅本に向かって「待て!」と言ったのかもしれない。警察も追いかけるのに必死だっただろうが、そうした声なり何かの違和感なりを拾って、あのとき走り去ったバイクは何か事件に関係しているのではと疑う目があっても不思議ではない。

 本来は、逃走後のバイクは適当に乗り捨てればいいとされていたが、事が事でもあり、越村が慎重になった。厚木の森まで行き、越村の知り合いである道具屋なるものが回したトラックの荷室にバイクもろとも回収された。荷室の中で服を着替え、府中まで行って車を乗り換えたあと、越村とは別々に降りて、最後は電車で帰ってきた。バイクは道具屋が解体して処分してくれるらしかった。

 あのまま茂沢を乗せて逃げていたら、茂沢を羽田まで運べていたとしても、その後、警察の捜査で足取りを追われ、梅本は捕まっていたかもしれない。あの計画は淡野の手によるシノギのように、運転手役の身の安全まで考えたものではなかった。

 それが今のところ、警察が迫ってきている気配がないということは、茂沢を捨てて逃げたあの現場か、あるいは逃走のどこかの過程で、梅本たちの存在は警察の視界から外れたということなのだろう。

 それはひとまずほっとすべきことではあるのだが、越村はもう一つ、依頼主の反応も気にしていた。

 茂沢はかつて〔財慶会〕系の〔滝一家〕に所属していたという。事件前に破門されていたようだが、越村は筋からの依頼だと言っていた。破門は形式的なものであり、依頼主は〔財慶会〕系の組織の誰かなのだろう。

 その誰かが企てたテロは失敗に終わり、茂沢は爆死した。梅本が依頼通りに動けば茂沢はあの場を逃げられたかもしれない。依頼主の指示に背いたのは確かであり、越村もそのことでは依頼主に詰められる可能性があると考えたらしい。彼がしばらく自分の事務所に寄りつかなかったのは、依頼主の動きも警戒してのことである。

 だが結果的には、そちらも事態がこじれることはなかった。〔滝一家〕には警察によるガサ入れがなされたが、その後、誰かがテロを指示した証拠が見つかったという報道はない。

 越村は、茂沢の爆死自体も偶発的なものかどうかは疑わしいと言っていた。梅本たちは爆発音しか聞かなかったが、報道によれば、茂沢は追手の警察に対して爆弾を振りかざして近づくなと威嚇していたらしい。そのとき、爆弾の起動装置が何らかの拍子に作動してしまい、爆発したのだという。

 爆弾は自家製で、軍隊で扱われている手榴弾より爆発力は小さかったようだが、演説会場で使ったものと逃走現場で自爆したものとでは種類が違ったのではと越村は見ている。自爆したものは、リモコンで起動する装置が付いていたのではということだ。依頼主の配下の者が待ち合わせ現場が見えるどこかにいて、茂沢が逃げられなくなったあのタイミングでリモコンのスイッチを作動させた可能性があると考えているのである。

 梅本が茂沢をバイクに乗せていたとしても、状況によって爆発は実行されていたかもしれないとも越村は言っている。そうであれば、梅本も否応なく爆発に巻きこまれていた可能性があったことになる。

 事件後しばらくして、越村は依頼主と一度だけ電話で話をしたそうだ。梅本たちが茂沢を拾うことなく現場を走り去ったことについては、越村の説明に対し、納得したとも不満があるとも取れない、淡泊な反応だったという。ただ、依頼通りの任務が履行されなかったことで、残金は支払われないことになったらしい。

「昔なら、秘密を守らせるためにも、これくらいはケチらずに払ってくれたもんだけどな。やくざももう駄目だな」

 年末、久しぶりに越村が事務所に戻ったというので会いに行くと、彼はそうこぼしてみせた。

 それでも、約束不履行でやくざから詰められる可能性もあったことを思うと、越村としてもそこは妥協せざるをえないところだったらしい。加えて、テロの標的だった徳永が急死したことで、依頼主も目的を達したのと変わらなくなったはずであり、越村はほとぼりが冷めたとばかりに事務所に戻ってきたようだった。

「兼松くんには悪いけど、俺はもう、シノギの斡旋からは手を引こうと思うよ。筋の仕事もこんなんじゃ、責任持てないしな。やっぱり、淡野くんがいなくなったときが潮時だったな」

 将棋盤を挟みながら、越村は愚痴っぽくそんなことをぽつりと言った。

「でも、〔ネッテレ〕の番組に〔リップマン〕は出てきてるじゃないですか」梅本はそう言ってみた。「無事だったみたいですよ」

「いや、どうなんだろ。無事なら電話の一つくらいあると思うんだけどな」

 越村は巻島の番組に再登場した〔リップマン〕のアバターの正体が淡野であるとは信じられないようであった。

「もしかしたら、俺も彼をたばかった一人だと思われて、関係を切られてんのかな。まあ、本当に無事ならそれでいいんだけども」

 淡野には無事でいてほしいという思いもあるようだ。

「〔ワイズマン〕もあれ観て焦って、俺に何か知らないか訊いてきたくらいだからな。案外、どこかで元気にやってる可能性もなくはないか」

 越村は詳しいいきさつこそ話そうとはしないが、話の端々に情報の断片を入れてくるので、梅本も次第にその物事の輪郭が見えてくるようになる。淡野の件も最初は淡野の消息がつかめなくなるような何かが起こったという程度のことしか分からなかったが、今は、〔ワイズマン〕が淡野を消そうとして動き、しかも結果的には〔ワイズマン〕自身も淡野の消息をつかめない事態になっているということまでは分かっている。

 トカゲの尻尾切りのようにして淡野は切り捨てられたのだ。だからこそ、越村も淡野には同情的であり、どこかで無事にいてほしいと願うのだろう。

「まあ、そういうわけでお駄賃程度しか渡せねえが、今回はこれで勘弁してやってくれ」

 越村はそう言って一万円札三枚を梅本に渡してきた。

 越村のポケットマネーなどもらう筋合いはないと言えればよかったのだが、梅本も当座の金が必要であり、素直に受け取っておいた。

「また来ていいですか?」

 帰るとき、梅本は何となく越村にそう訊いた。シノギの話はもう期待していないということをそこにこめている。ただ理由もなく会って世間話を交わしながら将棋を指す相手というのも、梅本には越村以外いないのだ。

「もちろんだ」越村はふっと笑って言った。

 彼も梅本と会うのは嬉しいらしい。その返事に救われるような気分で梅本は彼の事務所をあとにした。

 

 大晦日、梅本は静岡の浜松にある実家に帰省した。

「おお、寒かっただろ。入って温もりなさい」

 帰ってきた梅本を見た父は、目尻を下げながら自分が入っているこたつに誘った。

 梅本の父は数年前に脳梗塞を患って以来、自宅で療養生活を送っている。寝起きや身の回りの諸事をこなすのには支障ないが、半身に麻痺があり、しゃべりも慣れないと聞き取りにくい。

 梅本が高校生の頃の父は、うんざりするほどに口やかましかった。地元の国立大学を出て繊維商社で働いていた彼は、梅本にも国公立でなければ大学ではないという価値観を押しつけ、勉強して国公立に行けと事あるごとに言って聞かせてきた。梅本が受験に失敗して東京の中堅私大にしか受からなかったときには、負け犬を見るような蔑んだ目をして嘆息してみせた。

 浪人しろと言われたが、梅本は一刻も早く家を出たかったので、その滑り止めの大学に進んだ。

 その後間もなくして父は倒れた。見舞いに帰ってみると、父はすっかり弱気の人になっていた。脳の病気は人の性格まで変えるのだろうかと思ったほどだった。実際は時折、母が思い通りに動いてくれないと、「そうじゃない!」と軽く苛立ってみせることもある。そうすることでかろうじて精神のバランスを保っているようにも見え、母もそれくらいは我慢しようという態度だった。

 梅本には、金を出せなくなって悪いと、折に触れ詫びるようになった。梅本も奨学金で生活を賄っている学生は珍しくないという思いもあり、自分は何とかなるから気にしないでほしいと返していた。

 大学院への進学は、梅本が自身の進路を試行錯誤する中でたどり着いた結果だったが、驚いたのは父が大喜びしたことだった。国公立至上主義の父の眼鏡に適う進学先だったことも大きいのだろう。息子が自分の期待に応えて努力し、その道に進んだと捉えているようだった。

 梅本自身は父の期待に応えようとしているわけでもなければ、応えられているとも思っていないので、父の反応はどこか据わりの悪いものでしかない。しかし、喜んでいるならばそれでいいという思いもあるし、実際のところ、親子関係は高校時代とは打って変わって穏やかなものとなっている。

 ただ、今回の梅本は、大学院を辞めるかどうかという問題を抱えながらの帰省だった。親の期待に応えて進学したわけではないが、ドロップアウトすればがっかりするだろうということは想像できる。

 そんな梅本の屈託など何も知らない両親は、梅本の好物である蓮根や玉ねぎの天ぷらを用意して暖かい居間に迎えてくれた。夜は年越しそばに昼の余った天ぷらを入れて食べた。多くの家庭がそうであるように、こたつに寝転んで紅白歌合戦を観ながら一年の最後をすごした。

 元日は雑煮が出た。お節もどこかから取り寄せたらしく、食卓に並んだ。父が働いていた頃にも見なかったような豪華さだった。

 それらを食べ、居間で飼い猫を撫でながら漫然とテレビを観る。何もしないが何もかもそろっている。ただ、心のどこかが欠落している。不思議な感覚だった。

 受験生の頃は共通テストを控え、大晦日も正月もなかった。居間にいようものなら、何をやってるんだと父にしかられた。

 しかし、半ば強引に受験戦争に向かわせられながらも、何とかそれを乗り越えようとする気力が自分の中にあったのも事実だ。希望と言い換えてもいい。その頃、なぜそれを持てたのか、今では分からない。それが、何も知らないということなのか。自分ならできるとうぬぼれていたのか。

 今は自分の意思で大学院の道を選んだはずなのに、あの頃以上に流されている感覚がある。気力はいつの間にか摩耗していて、研究結果を少しずつ積み重ねていくことが途方もない壁に感じられる。

「学校の勉強はどう?」

 母は大学院での研究生活の調子をそんな言い方で尋ねてきた。

「いや、難しいよ……なかなか」

「そりゃそうよねえ」

 母はそう相槌を打ち、父に視線を向ける。父も「そりゃそうだ」と動きづらそうな口を動かしてうなずく。

 もしかしたら辞めるかもしれない……そう言い足そうかと思った。もともと、それを言っておくべきではと考えながらの帰省だった。いきなり辞めて二人を失望させるよりは、そういう可能性もあると気に留めてもらっていたほうがいい。

 しかし、いざ両親を前にすると、そんな言葉はまったく口から出てこなかった。別に辞めると決めたわけじゃないと自分に言い訳して、深く考えるのをやめた。

「母さん、あれを佑樹に」

 こたつに入ってみかんを剥いていると、父が母に何かを持ってくるように言った。母はすぐに察したように、たんすの引き出しを開けて封筒を出してきた。

「佑樹が勉強がんばってるんだから、お年玉くらい出さないとねえ」

 母はそう言って、梅本にその封筒を差し出してきた。

「ありがとう」

 学部生の頃から、学費を出せない代わりにということで、五万、十万という額をお年玉や小遣いとして、帰省するたびにもらっていた。その頃はそれで親の務めを果たしているかのようにごまかされている感があって、ありがとうと受け取りながらも大して感謝の気持ちは湧かなかったが、この歳になると、大概の同年代は社会に出ており、当然仕送りももらっていなければ、お年玉や小遣いももらっていない。そんな中で障害年金とパート代で生計を立てている両親からいくらかの金をもらうのは、どこか気恥ずかしさ以上の罪悪感を覚えるようになっていた。

 しかし梅本はそのお年玉を断らなかった。その何万かの金があったところで梅本が抱えている閉塞感が消えるわけではないが、現実的に金は必要なのだった。

「小学校のときの東山先生は、今思うとよく見てらしたよね」母は言う。「この子は学者が向いてるんじゃないかっておっしゃってたものね」

 小学六年生のときの三者面談で担任の東山先生がそんな話をしたことは梅本も憶えている。

 小学生の頃は授業を聞いているだけでクラス上位の成績を上げることができていた。それでそういう話が出てきたのは確かだが、担任はそれだけの意味でそんなことを言ったわけでもない。梅本はその頃から積極的に授業で発言したり、学級委員を引き受けたりする子どもではなかった。友達も少なく、休み時間も席に座ったまますごすことが多かった。

 担任はそんな様子を見ていて、この子は将来、社会性が要求される仕事に就くより、一人でコツコツ研究する学者のほうが向いているのではということを言いたかったのだ。

 当時でさえ、梅本は何か性格を揶揄されたように感じ取れ、学者になりたいとも思っていなかったので、それを聞いて嬉しいなどという気持ちは湧かなかった。

 しかし、母にとっては息子の頭を褒められたようで、単純に嬉しかった言葉だったようだ。

「末は博士か大臣かなんて、昔はよく言われたもんだが」

「そうねえ、末は博士か大臣かって」

 不明瞭な父の言葉を母が言い直してみせるが、梅本は父の言葉も聞き取れているので、二人に繰り返し言われているのと変わらず、耳触りがよくなかった。悪気があって言っているのでない分、梅本はその過大な期待を持て余すしかない。

 自室に戻って封筒の中を見ると、二十万円入っていた。

 それだけ生活費を削ったということだ。

 それを十分理解しながら、梅本は自身の中にありがたいとか嬉しいとかという素直な感情が湧かないことに困惑する。取り扱い方の分からないガスのようなものが、ひたすら体内に溜まっていく感覚だった。

 

(つづく)