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13
 梅本はこの日、十六時十分ほど前に横浜駅に着いた。ニューエラの帽子を目深にかぶり、マスクをかけていた。新型インフルエンザが流行り始めていて、電車の乗客にもマスク姿が目立っていた。
 西口の外に出てみて、駅前が人であふれ返っているので驚いた。民和党の総裁選に立候補する三人の名前が記された垂れ幕が張られた演説車が停まっているところを見ると、総裁選の街頭演説が間もなく始まるらしかった。
 その見物客の数たるや、西口全体を覆っているようである。雑踏整理をしている制服警官や機動隊員の姿も目につく。警察官がこんなに集まっているそばでシノギをやるのかと困惑する思いが湧いた。クライアントのやくざも、今日ここで街頭演説があることは知らなかっただろう。あるいはシノギ自体、中止になるのではないかという気がした。
 しかし、勝手な判断はできないので、指定通りに待機しなければならない。
 警察官たちの脇を抜けて、横浜モアーズの裏へと回る。駅前から押し出された形の買い物客の姿も多く、裏通りもけっこうな人通りがあった。
 橋を渡り、川沿いの道に折れる。専門学校があり、バイクはどこかと探すと、その少し先にあった自転車置き場にレブル250が一台停められていた。ナンバーが越村に聞いた通りであるのを確認する。ヘルメットが二つ、ワイヤーロックでかけられている。ダイヤルの解除番号がナンバーと同一であることも聞いている。というか、ワイヤーロックの解除番号を偽造ナンバーの番号にしたのだろう。
 ショルダーバッグから革の手袋を出して嵌めると、ヘルメットをワイヤーロックから外し、帽子をバッグに仕舞った。頭髪や皮脂がヘルメットに付かないよう、インナーに着てきた薄手のフードで頭を覆ってからヘルメットをかぶる。
 エンジンは問題なくかかった。バイクを路肩に出して待機する。
 久しぶりのシノギを控え、緊張感は否が応でも高まってくるが、頭の中は妙に落ち着いている。逃走ルートを確認すると同時に、シノギが中止になる可能性も頭の隅に置いている。あるいは、強引なシノギが行われて、追手が間近に迫っているような切羽詰まった状況での逃走もありうると考えている。
 普段、どこか反応が鈍い人間のように人から見られる分、こうしたシノギの現場では、梅本は不思議と慌てることがない。その点については越村や淡野から高い評価を受けていた。そのこともひそかな自信となっている。
 前方とバックミラーに注意を向けながら長いこと待った。何度か腕時計に目を落とし、十六時四十分まで確認した。越村は十七時までの間にライダースジャケットの男が来る予定だと言った。十七時をすぎればシノギ自体が中止になった可能性も考えなくてはならないが、それまではまだ気を緩めるべきではなかった。
 川沿いに首都高の高架が走っていることも手伝い、夕闇が急速に下りてきている感があった。外灯や飲食店のネオンも灯り始めている。
 バックミラーに目を戻すと、誰かが西口のほうから小走りに橋を渡ってくるのが見えた。
 振り返って確認する。バイクに乗せる男かと思ったが、逃げているというほどには足が動いておらず、もたもたした走りなのが気になった。マスクをかけているが、ライダースジャケットは着ていない。
 男が何か叫んだようで、その一端が耳に届いた。しかし、ヘルメットを脱いでそれを詳しく聞き直そうとは思わなかった。川沿いをこちらに折れてきたので、やはり彼が逃がす相手なのかもしれないと判断し、バイクのエンジンをかけた。
 それからまた振り返って男を待ち構え、男の顔を確認して驚いた。越村だった。老体に鞭打つようにして走ってきたのだ。
「逃げろ!」
 越村の声は目の前まで来て、ようやく耳に入ってきた。
「駄目だ。シノギなんてもんじゃない。テロだ。関わるな」
 テロと聞いて、駅前の街頭演説の光景が頭に浮かんだ。あそこで何かあったのか。しかし、それを詳しく訊く時間はなかった。
 駅前からの橋をまた一人、こちらに走って渡ってくるのが見えた。黒っぽい人影であり、ライダースジャケットを着ているようでもあった。
「あれだ! すぐに警察が来る」
 越村が言う通り、追手が何人も背後に迫っている。ライダースジャケットの男は橋を渡ると、川沿いにこちらへと曲がってきた。
「行け!」
 越村がシートの後ろにまたがってきたので、梅本は彼にヘルメットを渡し、バイクを発進させた。急発進ではなく、逃げてきた男など関わりがないという体でごく自然に走り出した。
 バックミラー越しにライダースジャケットの男が迫ってくるのが見える。しかし瞬く間に距離は広がり、その姿は無情にも小さくなっていく。もしかしたらタイミング的にも救えたかもしれないという気がして、少し胸が痛んだ。
 男はあきらめたのか、走るのをやめて追手と対峙するように身体を反転させた。男を追ってきた者たちはそこで警戒するように立ち止まった。
 あとはどうなったか分からない。角を曲がって川沿いの道から外れるとき、爆発音のようなものが後ろから聞こえた気がした。


14
 街頭演説会場の横浜駅西口で徳永の演説中に爆弾テロが発生したという一報を聞いたとき、曾根は県警本部の本部長室で一人背筋を凍らせた。
「大臣は!? 徳永大臣は無事なのか!?」
 電話で報告してきた警備部長の川岸にがなり立てるようにして問い詰めたが、彼も現場の指令所から一報を受けただけであり、詳細は何も分かっていないようだった。
 やきもきする思いで本部長室の中を歩き回りながら詳報を待っていると、やがて川岸が再び電話をかけてきた。
〈演説車が炎上。徳永大臣が負傷。現場の捜査員も一人銃撃されて負傷したほか、演説車の周りにいたSPや民和党関係者からも複数、負傷者が出た模様です〉
 銃撃? 爆弾だけではないのかと思いつつも、現場の捜査員や党関係者のことなどはこの際、どうでもよかった。
「大臣の負傷の程度は?」
〈まだ不明です〉
「それを早く確かめろ!」
 舌打ちして怒鳴り、電話を切った。
 とりあえずは命に別条がないことを祈るしかない。いや、程度がどうあれ、相応の負傷であれば、曾根自身の責任も免れないか……思考が悲観的に傾き嫌になる。網代から警告を受け、それなりには対応したはずなのに、結果的にこの事態を防ぎ切れなかったことの無力感がこみ上げてきた。
 それから十数分が経ち、川岸が続報の連絡を寄越した。
〈徳永大臣ですが、軽傷です。怪我は演説車から慌てて降りた際に転倒したことによる膝の打撲だそうです〉
「そうか……」
 曾根は自分の首の皮がつながったのを感じ取って、思わず深々と息をついた。
〈それから犯人ですが、逃走中に自爆。生死はまだ不明です。追っていた現場捜査員も何名か負傷したようです〉
 無茶苦茶やりやがってとは思ったが、今は徳永に直接の被害がなかったことの安堵感のほうが勝った。
 その後も川岸からたびたび報告が上がってきた。
 どうやら爆発物は聴衆に紛れていた犯人から演説車に向かって投げこまれたものらしいが、場内の警備に当たっていた現場捜査員が犯人の不審行動に気づいてとっさに動きを阻んだため、投げこまれた爆発物は徳永が立つ演説台までは到達せず、演説車の車体の下に転がり入った形になったと見られる。そこで爆発したものの、演説台まで破壊するような爆発力はなく、車が炎上しただけで済んだということのようだった。
 一方で犯人の近くにいた捜査員は、犯人を取り押さえようとして格闘となった。犯人は模造銃を所持していたらしく、捜査員は肩口を撃たれてしまった。銃声で周囲は混乱に陥り、犯人はそれに乗じて逃走を図ったという。
 犯人は演説会場を出て北に向かい、身柄を押さえにかかった捜査員らをかわしながら首都高の高架をすぎたあたりまで逃げた。そこでそれ以上かわし切れないと見たか、立ち止まって捜査員らを威嚇し始めた。そのとき、故意か偶然かは分からないが、手に持って振り回していた爆弾が暴発したという。犯人はのちに死亡が確認された。また、追跡していた捜査員のうち三人が爆発物の破片を浴びて負傷したものの、こちらは命に別状はないとのことだった。
 これらの報告が一通り届いた頃、網代から電話がかかってきた。
〈街頭演説でテロがあったとニュースで観ましたが〉
 テレビでは、演説車が炎上する様子とともに、徳永が負傷したという一報が流され始めていた。
「ご安心ください」曾根は言った。「徳永先生はご無事です。避難する際に転んで膝を打ったというだけのようです」
〈そうですか〉網代は胸を撫で下ろしたように言った。
「徳永先生に危害が及ばなかったのは、社長から注意喚起があったおかげです。犯人の不審行動に現場の警備が反応した結果、投げこまれた爆発物が徳永先生から逸れたようです」
〈それは何よりです〉網代は落ち着いた口調になって言った。〈私は自分が何かをしたとは思っていません。これは曾根さんの点数でしょう。徳永先生も事態を把握されたなら、そう理解なさると思います〉
 自分がことさら功を誇るつもりはないということか。
「それにしても、これほど確度の高いテロの徴候を拾ってくるとは、社長も相当広く情報網を張りめぐらされてるのですね」曾根はそれとなく情報の出どころを探ってみた。「IT企業ならではということですか?」
〈そんなたいそうなものではありません〉網代はさらりと受け流すように言った。〈単に耳がいいだけです。酒場で隣の席の話に聞き耳を立てていたら、たまたまそんな話をしていた……その程度のことだと思ってください〉
「とても、その言葉通りとは思えませんが」曾根はそんな言葉を残しつつ、詮索をあきらめた。「これだけの情報をもらった以上、本来はテロを未然に防がなければなりませんでした。それに関してはお詫びしたいと思います」
〈いえ、もしかしたらちょうどよかったのではと私は思ってますよ〉
「え?」
〈徳永先生にとってです。最後の最後で追い風が吹いたことになるかもしれない〉
 網代との電話のあと、テレビのニュースをチェックしていると、永田町の民和党本部で演説会から戻った徳永が報道陣のぶら下がり取材に応じている場面が流れた。
〈何よりまず、怪我をされた警備担当の方々のことが心配ですよ。私自身は何でもない。膝を打っただけでね。SPが早く逃げろってぐいぐい引っ張るものでね。まあ、一生懸命私を守ろうとしてのことだから、文句は言えませんわな。何にしろ、こういう理不尽な暴力に政治が屈することはないということだけは言っておきますよ〉
 命の危険にさらされるようなテロに遭った直後にもかかわらず、徳永の表情は明るく、そして精気に満ちていた。この事件が明日の総裁選の追い風になりうることを網代同様、敏感に感じ取っているようでもあった。
 もしかしたら、このテロ自体、追い風効果を狙って、網代と徳永が一芝居仕組んだのでは……そんな疑念も一瞬湧いたが、さすがに下手な陰謀論以上に無理筋だと言わざるをえない。
 しかし、そう疑いたくなるほどに、網代の打つ手一つ一つが絶妙に嵌まって世の中が動いているような感覚があるのだった。

 翌日、民和党の総裁選は予定通り行われ、党員投票では事前予想で大塚清志に競り負けると見られていた徳永一雄が最多得票を取った。
 そしてその勢いは議員投票に持ちこまれ、勝ち馬に乗ろうとする票が徳永に流れたことにより、徳永は一回目の投票であっさり過半数の票を獲得した。
 徳永一雄は民和党の新総裁となることが決まり、同時に次期首相の座も確実なものとした。


15
「どうだ、肩の具合は?」
 療養明けの久留須理が左肩を吊った姿で捜査本部に現れると、それを見た巻島が指令席を離れて久留須に声をかけてきた。
「だいぶ痛みは引きました」
「元通り動かせるようになればいいがな」
「神経は傷ついてないらしいんで、たぶん大丈夫だと思います」
「そうか……まあ、しばらくは無理せずにやってくれ」
 巻島がそんなふうにねぎらって指令席に戻ったあとも、「大丈夫か?」「大変だったな」と久留須に声をかけてくる者が大勢いた。名誉の負傷をした帰還兵の扱いそのものである。
 横浜駅前の街頭演説会では、茂沢しようという男が徳永一雄の演説中に自作と思われる爆弾を投げ入れるテロを決行し、茂沢自身は逃走の過程で手元に残していた爆弾の暴発によって死んだ。
 山手署の捜査本部に身を置きながら臨時任務として会場内の警備に投入された久留須は、茂沢を取り押さえようとして格闘となり、肩に銃撃を受けた。茂沢は手投げ爆弾とは別に、3Dプリンターで製造する、いわゆる3Dプリント銃を所持していた。
 ほかに茂沢が自爆した際、茂沢を追っていた特捜隊の村瀬と特殊班の戸部も公安課の捜査員とともに負傷したが、公安課の捜査員が腕に刺さった破片を除去する外科治療を必要としたくらいで、村瀬や戸部は切り傷程度の軽傷で済んだ。二人はすでに捜査本部の仕事に復帰している。
「しかし、大したもんだよ」
「本部長賞ものだよな。てか、通常任務でもないのに怪我して、それくらいもらわないとやってられないよな」
 同期の河口や西出らも口々にそんな言い方で久留須をねぎらっている。しかし、黙って聞いていた小川も、本部長賞の言葉を出されてはにわかに落ち着かなくなってきた。
「いやあ、それはどうかなあ。あのまま犯人の身柄まで押さえられてたら、間違いなくもらえるんだろうけど」
 小川自身、長く、本部長賞をもらった男として売ってきただけに、それを乱発してもらいたくはないのだ。ただでさえ、特捜隊同僚の小石亜由美が砂山兄弟の事件で本部長賞を取り、隊内での小川の栄光は色褪せかけている。久留須がそれを取れば、同期の中でも小川の栄光が色褪せることになってしまう。
「だけど、実際問題、久留須が次期総理を救ったんだぜ」河口が感心するように言う。「すんでのところで気づいて腕を押さえにかかったからこそ、爆弾が逸れて大惨事にならずに済んだんだ」
「いやいや」久留須が苦笑気味に首を振った。「先に犯人の腕に取りついたのは戸部さんだよ。戸部さんが動いたから、俺も反射的に動いたようなもんでね」
 久留須は当日のオペレーションでは戸部と組んでいた。
「そうなの?」河口が意外そうに言う。「戸部さんは久留須のおかげで、みたいなこと言ってるけど」
「え?」久留須は近くにいた戸部に目を向けた。「戸部さん、僕が怪我したからって、変な花は持たせないでくださいよ」
「いや、そもそも久留須が声を上げたから、俺も動いたわけだしな。たまたま俺のほうが犯人に近かっただけで」
 普段、戸部は小川をいじってばかりいるので、後輩を立てるようなことを言うだけでも意外な感はある。
「それに正直な話、久留須が撃たれたことで瞬間的にビビってな、犯人に逃げる隙を与えちまった。ちょっとそのへん格好がつかねえから、まあ、俺はいいんだよ」
 戸部が柄にもなく謙虚な態度に出ている理由が分かり、小川はフォローに回ってやることにした。
「まあ、人間ですから、そういうこともありますよ」
 しかし、戸部は何が気に障ったのか小川の頭をはたき、「だいたい、小川でももらえる賞をもらったところで別に嬉しかねえしな」と言った。
 小川には遠慮も何もない男である。
「でも、いざというときの捜一の人間の反応ってやっぱ違うんだなっていうのは、話を聞いて思ったな」西出が言う。
 今回、犯人に対応した中には公安の者もいたとはいえ、久留須を筆頭に特殊班の戸部や村瀬も追跡に絡み、捜査一課の人間の活躍が目立ったのは事実である。
「まあ、そこを評価してもらえたら十分だよ」裏金事件以来、肩身の狭さを嘆いていた久留須は、そんな言い方で捜査一課所属の誇りを表してみせた。
「うちの班もちょっとだけ村瀬さんの反応のほうが早かったからねえ」
 犯人が会場に入ってきたのは小川も見ていたのだ。そのあとも目を付けていれば、不審行動にいち早く気づく可能性もあった。ただ、早く気づいたところで村瀬もテロの阻止にはまったく間に合わなかったのだから、その差がどうしたという思いもある。
「ちょっとだけって、村瀬さんは俺と一緒に犯人追ってたのに、お前は何してたんだ?」戸部が横目で何かを勘繰るような視線を向けてきた。
「いやあ、僕は久留須を介抱してましたから」
 人波をかき分けて何とか前へと進んだ小川は、村瀬たちが犯人を追って走っていく姿ももちろん見えたのだが、久留須が倒れているのに気づいて、そちらの介抱に回ったのだった。
「いや、正直、小川があんな仲間思いの男だとは思ってなかったよ」久留須なりにそのときは心細かったらしく、見直したように言った。「ありがとな」
「いやあ、同期が倒れてるんだから、さすがにほっとけないよ」
 本当は拳銃をぶっ放した犯人を追いかけるのが怖かったのでその場にとどまったのだが、久留須の言葉を渡りに船として、小川はそう言っておいた。


16
「お前は悪運が強い。災い転じて何とやらというやつだ」
 警察庁に出向いた曾根の顔を見るなり、官房長の福間が上機嫌に言いながら曾根の肩をたたいてきた。
「一報を聞いて冷や汗をかきましたが、新総理の身に直接的な被害がなかったのが不幸中の幸いでした」曾根は神妙にそう応えた。
「警備態勢が効いたことを総理の耳に抜かりなく入れたらしいな。お前がそういう政治的な立ち回りをするようになったと思うとおかしいが、その効果は十分あったと思うぞ」
「いえ、私はこういう事件に総理が見舞われた以上、うちの警備態勢を説明しておかなければと思ったまでで」
 事件後、曾根は、見舞いがてら徳永に電話をかけ、警備態勢の説明と現時点の捜査の報告を行った。
 徳永は移動車から演説車まで歩く間だけでも、ほかの会場にはなかった警備の厚さを感じており、場内の警備捜査員の阻止行動がなければ徳永への直接的被害もありえたということも勘よく理解してくれた。
 徳永のそうした態度も手伝ってか、事件を報道するマスコミにも当初から、警察の警備態勢を問題視する声はなく、むしろ評価する論調が目立った。
「裏金事件の汚名を返上できたとまでは言わんが、ある程度は失点を取り返した。何より、総理の覚えがめでたいのがいい」
「ありがとうございます」曾根は神妙に頭を下げた。
「これでIRも間違いなく進み始める」
 福間はそう言い、眉を動かしてみせる。徳永内閣は組閣されたばかりだが、彼の関心事はそのことに尽きるようだった。
 もちろん、曾根も同様ではあるが。
「カジノ管理委員会は、おそらく来年の春にも発足することになる。運営する事務局には警察庁から相当数の出向がある予定だが、上に立つ委員にも一人送りこむ。その委員候補に君を指名したいと思ってる」
「望外の栄誉でございます」曾根は再び頭を下げた。
「ふむ」曾根から了承の返事を受け取った福間は、それが予想通りだったにしろ、一息つける気分になったようだった。「まあ、あとはそれまで、つつがなく今の務めを果たすことだ。余計な勲章はもういらない。大人しくしておけ」
「かしこまりました」
 曾根は慇懃に返事をしておいた。

(つづく)