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「〔ネッテレ〕は〔kossy〕のコメント内容については認めました。ただ、これはアンチ〔Y's〕が正体であるという見解で、システムのAIも極めて誹謗中傷度の高いものであると判断したために、自動的にああした処理が行われたと回答してきましたね」
連夜、巻島の家に夜討ちに訪れた新聞記者は取材の成果をそう話した。
「アンチ〔Y's〕?」
「〔ネッテレ〕で〔Y's〕の論客の意見を真っ向から否定してくる視聴者が一定数いるそうです。〔ネッテレ〕側の言葉を借りれば、しつこく噛みついてくる左翼活動家ということらしいですけど。網代社長もそうした視聴者にかかると陰謀論集団の元締めみたいな言われ方をするそうで、誹謗中傷には毅然とした対応をとるつもりだということでした」
理論武装というほどではないが、それなりの理屈で取り繕ってきた感はある。あるいは開き直りとも取れる。こうした言い訳を並べても、怪しむ層はいるだろう。
「それはそうと、この話、我々以外にもどこかに洩れてますか?」
大日新聞の記者がそんな問いを向けてきた。巻島は眉をひそめて首をかしげる。
「SNSでもここに来てちょこちょここの話が出てきてますね。〔kossy〕が網代社長の名を出したから番組が強制的に切られたって」
巻島に思い当たる節はなかった。帳場に所属する捜査員がそうした真似をするとは思えないし、倉重ら〔ネッテレ〕の番組スタッフというのもぴんとこない。
「考えられるとすれば、〔kossy〕本人だな」巻島は言う。
「でも、複数のアカウントでそういう投稿があるんですよ。通信の関係でスタジオにいた巻島さんみたいにコメントが見られた視聴者がいたのかなとも思うんですけど、それだったら配信直後からそういう声があるべきな気もして」
記者の言い分はもっともであり、だとすればそれ以上、巻島に言えることはなかった。番組スタッフが酒場などで世間話的に誰かに洩らしたのではないかくらいに考えるのがせいぜいだ。
ただ、SNSに出た以上、この事実が世間に広がっていくのは避けられないことであり、網代がそれにどう反応するかは気になるところであった。
「捜査官」
翌日、捜査本部の指令席で山口真帆らと打ち合わせを行っているとき、棚部沙月が巻島を呼びながら近づいてきた。彼女は〔ネッテレ〕の配信に対するSNSでの情報収集を担当している。
「そう言えば、SNSですでに〔kossy〕のコメントの話が流れてると聞いたな」
昨晩、記者連中が話していた件について確認しようかと思い、巻島のほうからそう切り出したものの、彼女は「ああ、はい」と軽く応じただけだった。そして、「それより」と何か重要な報告があるように切り出してきた。「戸部さんと思われる人物が〔ヨコバナ〕に動画を投稿しています」
横で聞いていた本田が「は?」と耳を疑ったような声を上げた。
「そこに出して」
山口真帆が壁際の液晶画面にその動画を出すように言い、棚部沙月は自身のパソコンを操作した。
戸部は魚住たちが追跡班を組んで行方を追っているが、足取りはつかめていないと聞いている。
間もなく、大きな画面に動画のサムネイルが映し出された。「ポリスマンに仕立てられた男の独白!」というタイトルが付いており、サングラスに黒マスクをかけた男の顔がそこにある。話を聞いて、会議室の後方にいた者たちも集まってきた。
動画が再生された。どこかの部屋の白い壁を背景にして、サングラスの男が座っている。
〈こんばんは。私が誰かということはこれからお話ししますが、今回私は、神奈川県警の巻島史彦というでたらめ捜査官によって〔ポリスマン〕に仕立て上げられてしまいまして、自分を守るために緊急でこの動画を撮っております〉
「戸部さんじゃん」
「間違いない」
大画面を取り巻いている者たちが口々に言う。声は加工しておらず戸部のものであり、顔の造作もサングラスやマスクで大部分が隠れてはいるが、本人と見て違和感はなかった。
〈自己紹介します。私は神奈川県警本部の捜査一課に勤めております。名前はちょっと差し控えたいと思います。階級は巡査部長です。捜査一課というのは極めて優秀な刑事たちが集まる部署でして、私はそこで五年ほどのキャリアがあります。自分で言うのも何ですが、有能な刑事だと思っています。昨年の民和党総裁選のテロ事件においては急遽、現場警備に加わることになり、私が犯行寸前の犯人の不審な動きに気づいたことで、犯行を失敗に終わらせました。これは本当の話です〉
ご丁寧に字幕テロップをつけ、一定の見やすさがある。動画制作に慣れたどこかのスタッフが協力しているのではと邪推したくなるほどだ。
〈その私がいきなり〔ポリスマン〕に仕立て上げられ、県警に追われる身になりました。正直、まったく身に覚えがない話で、完全に潔白なのですが、県警は――県警というか巻島捜査官ですね、彼はそれを承知で私に嫌疑をかぶせてきたので、これは捕まったら終わりということです。逮捕権を持ってる警察の怖さは中にいる者として私自身、十分知ってますからね。逃げるしかありません。というわけで今は某所で潜伏生活に入っています〉
潔白を主張して世間を味方に引きこむ作戦らしいが、そうしたところで捜査の手が緩むわけはなく、彼もそれは承知だろう。意図するところが読めず、巻島は黙って動画を見守るしかない。
〈どうして私が〔ポリスマン〕にされたのかというのは、はっきりした理由があります。これは結局、巻島史彦という一捜査幹部の横暴なんですよ。巻島は〔ニュースナイトアイズ〕や〔ネッテレ〕への出演でも分かるように自己顕示欲が半端ない男ですけど、権力欲も凄まじいんです。本来なら刑事部門の中で巻島というのは非主流派なんですね。特捜隊なんてのは、本部の捜査一課なんかの応援をするために設けられてるような部署なんです。でも、巻島はそういう扱いには満足できなくて、刑事部門を牛耳ろうとしてるんですよ。県警トップの本部長には気に入られてるようで、それをいいことにメディア出演とか好き勝手に振る舞って、ついには裏金事件を利用して捜査一課長を追い落としにかかったわけです。一課長も正直、裏金問題では脇が甘かったと思います。そこは否定しません。でも、私からしたら、巻島のほうが一億倍悪党ですよ。裏金事件も巻島は途中で気づいていたはずなんです。いくらでも一課長に注意を促す機会はあった。それを逆に〔リップマン〕を煽って犯行をそそのかし、一課長がどうにも身動きが取れなくなってしまうまで追い詰めたんです。裏金問題なんていうのは昔から連綿と続いてるものであって、今の幹部だけに責任を負わせるものじゃないんですよ。一課長自身は温厚で、人望がある人でした。でもそれがたたって、巻島のような野心のある男に追い落とされた。本当に巻島というのは恐ろしい男ですよ。事件以来、一課はボロボロです。一課長は代わりましたが、新しい一課長は巻島に逆らえず、もう言うなりですよ〉
「無茶苦茶な言い分だな」本田が吐き捨てるように言い、顔をしかめている。
〈やってる捜査もでたらめばっかりです。〔kossy〕も言ってましたけど、巻島が相手にしてる〔リップマン〕はあれ、偽者ですからね。それも、完全に巻島の仕込みです。パスワードをクリアしてますからね。おそらく、捜査本部の誰かにやらせてるんでしょう。捜査本部にいる人間ならみんなもう、淡野はすでに死んでると思ってますよ。菅山の車に残ってた血痕反応の大きさからしても、致命傷を受けてるのは明らかなんです。菅山は車のカーナビを海に捨ててますし、それを考えれば、淡野も海に流してるはずなんですよ。それが単に見つからないだけなんです。
巻島はこういう人を騙す手口を平気で使いますからね。〔バッドマン〕事件のときも、巻島にいっとき本物認定された〔バッドマン〕の手紙は、あれは自作自演だったっていう噂がありました。実際、そうだったと思いますよ。こういうやり方が得意なんです。世間を欺いても何とも思わない。詐欺師顔負けなんです。カメラの前で見せてる紳士的な言動に騙されては駄目ですよ〉
主張内容はともかく、巻島の捜査手法に対する見方には抜け目ないものがある。それが絶妙に巻島の痛覚を刺激するような攻撃となっている。
〈巻島って、権力が欲しいだけで、何がやりたいのか何をしようとしてるのか、下に付いてても全然分からないんですよ。本人も分かってないんじゃないですかね。とにかく手法がでたらめなんで、被疑者も逃がしてばっかりですし、捜査本部内はただただ混乱してます。あまりに結果が出ないんで規模もどんどん縮小してますけど、捜査本部を離れて所属先に戻る連中は、ほっとして喜んで出ていってますよ。
〔ポリスマン〕も誰だか、全然分かってませんね。捜査一課の人間は、一課所属ということだけで巻島から疑いの目で見られ続けてました。与えられるのもほとんどカスみたいな仕事で、干されてるも同然でしたし、みんなうんざりしてましたよ。
それでとうとう私が〔ポリスマン〕の濡れ衣を着せられることになったんですが、これは理由がはっきりしてます。私は巻島の横暴に対抗するために、彼の不正を暴こうと動いてたんです。裏金の件は巻島が煽って表沙汰になったようなものですが、これなんか捜査一課だけの問題じゃないですよ。普通に考えて分かるでしょう。特捜隊だって絶対やってますよ。でも、これが巻島の狡猾なとこなんですけど、彼は本部の監察を抱きこんでるんです。監察っていうのは職員の不正行為、違法行為を調べるところで、これを味方に付けたら無敵なんですよ。おそらく〔ポリスマン〕の調査を進める名目で監察とタッグを組むことにしたんでしょう。巻島と監察官がひそかに落ち合ってるのは私も目にしてます。監察官としては、味方である巻島の部署には目をつぶろうということになる。本部長に目をかけられ、監察まで抱きこんでたら、巻島に立ち向かえる人間なんて誰もいませんよ。だから、自分がやるしかないって思ったんです。
私は決死の覚悟を持ってましたから、彼の懐に入って不正を暴こうと思って、特捜隊への異動を希望しました。わざわざ一課で活躍してる人間が縁もゆかりもない傍流の特捜隊に移ろうなんて希望するのは極めて異例ですから、最初は巻島も喜んでましたよ。特捜隊もいよいよ花形部署になったかとでも思ったんじゃないですか。でもそのうち、冷静に考えたらやっぱりおかしいんじゃないかとなったんでしょう。私の狙いにも気づいたようです。あくどい人間というのは基本的に人を信じてませんから、それだけ猜疑心も強いんですよ。
結局、巻島のほうが私より一枚上手だったっていうのは事実でしょう。でもまさか、〔ポリスマン〕の汚名を着せられるとまでは予想もしてませんでした。手向かう者は徹底的に追い落とすってことでしょう。やり方としてはえぐいっすよ。私は自分の人生をつぶされたも同然です。せいぜいこうやって、動画で告発するくらいしかできません。この動画をアップすることで、どんな事態を招くかも分かりませんが、これしか方法がないんです。今は何とか身を隠していますが、これがいつまで続けられるのか……私の身に何かあっても、警察は動かないでしょう。そのときはみなさん、察してください。警察が、巻島がやりやがったなと。そう覚悟しなきゃいけないくらい恐ろしい男です〉
まくし立てるようにしゃべり続けていた戸部はそこでようやく沈黙した。そして数秒、呼吸を落ち着けるようにしてから、〈最後に一言〉と声を張った。
〈巻島に告ぐ。悪いやつほど何とやらって、お前は今日もぐっすり眠るだろうが、世間はとうとう気づいちまったぞ。お前はもう終わりだ!〉
動画が終わった。
「いやあ、驚きの話だなぁ」
感じ入ったような声を洩らした小川を、本田が「真に受けてんじゃねえぞ」と一喝した。
「まったく……窮鼠猫を噛むとはこのことだな」本田は呆れ果てたように続けた。「棚部、〔ヨコバナ〕の運営に削除要請してくれ」
「YouTubeやほかの動画サイトにも続々アップされてます」棚部沙月がさらに報告する。
「全部削除要請だ」本田は苛立ったように言った。
どうやら網代側がこちらの機先を制するように反撃に回ったということらしい……それから数日間の世の中の動きを肌で感じながら、巻島はそんな認識に落ち着いた。
当初、巻島は記者たちに〔kossy〕のコメントについてリークすることで、世の中の目という包囲網を網代に対して築こうとした。
しかし、網代はその意図を敏感に感じ取り、思わぬ早さで動いてきた。SNSで〔kossy〕のコメントを取り上げる声があったことによる反応だと思えば不自然ではないのだが、そのSNSの声自体、どこから湧いてきたのか不明だった。
表立って動いたのは、〔Y's〕の論客たちだった。彼らは一部のSNSで〔ワイズマン〕=網代実光説がまことしやかにささやかれていると取り上げ、そうした声が左翼による〔Y's〕つぶしの工作活動であると断じた。
さらには、戸部の動画についても丁寧に触れ、論客たちはそろって、戸部の言い分には説得力があるという見方を示した。巻島のことは以前から胡散くさい男だと思っていたと好き勝手にあげつらい、大きな陰謀が進みつつあって、公権力がその手先になっているという飛躍した自論を振りかざす者もいた。SNSでも巻島の捜査姿勢に疑いの目を向ける投稿が上がり始め、二、三日のうちにSNSをウォッチしている棚部沙月も確認し切れないほどの量へと増えていった。
大手メディアが裏の取れない話に対して静観を決めこむしかないのをよそに、ネット空間を中心にした世論は一つの方向性を作りつつあった。
「巻島さんの番組、〔ネッテレ〕は今後どうするつもりなんでしょうね?」
山口真帆がそう口にしてみせた疑問の答えは、結局のところ、網代の胸三寸であるように思われた。
前回の番組は、今までなら行われていたアーカイブ配信もされていない。巻島は倉重に問い合わせてみたが、新聞社などの問い合わせが相次いでいて〔AJIRO〕が不当に貶められるおそれがあるのでアーカイブ配信は見合わせているということだった。
次回の番組を制作するかどうかも話し合いの途中であり未定であると言っていたが、配信予定日の前日になって倉重のほうから電話がかかってきた。
〈SNSなどで取り沙汰されているのをご存じかどうか知りませんが、明日、配信を行うとすると、視聴者から巻島さんに対して厳しいコメントが集まる可能性があります〉
倉重は配信に対する懸念を口にした。
〈それと、我々の方針ですが、〔AJIRO〕グループあるいはグループ代表の網代について、根拠のない情報をもとに憶測で何かを語るのは、誹謗中傷と受け止めざるをえません。視聴者のコメントもそうしたものは排除いたしますし、巻島さんの話の中にもそれが出てくれば、その時点で番組は中止することになろうかと思います〉
遠慮なく釘を刺してきた。
〔ワイズマン〕=網代実光説について、巻島はまだ、対外的にどんな発言もしていない。それだけに、〔ネッテレ〕側の都合として配信を打ち切るのは、いささか過剰反応だという思いがあるのだろう。ただ、厳格な方針を示すことで、巻島側から番組を降りる返事を引き出そうとしているようにも取れる。
このような状況であれば、巻島は実際、敵地に乗りこむのに等しく、今までの番組とはまったく違った空気を覚悟しなければならない。
さらに言うなら、これ以上番組出演する意味は巻島にもなくなっていた。〔kossy〕はおそらく〔ネッテレ〕側からアカウントを凍結されており、今後、番組に出てくることはないだろう。それでなくても、SNSでは〔ワイズマン〕=網代実光説が取り沙汰されるようになっている。自分が伝えたいことは世間に伝わったと受け止めていて不思議はない。〔kossy〕が梅本だとすれば、新しいアカウントを作ってまで番組に参加するのは、彼にとってリスクでしかないことになる。
〔kossy〕が現れず、ほかの視聴者からも網代についての情報は期待できないとなれば、巻島が番組に出演する意味などないのだ。魚住扮する〔リップマン〕とやり取りをしても、偽者ではないかという疑念を呼びこむだけである。
しかし、それらは承知の上で、巻島は今回このタイミングでは、番組を降りる気はなかった。何より前回、通信不良のように終わったまま番組がなくなるのはあまりにも中途半端であり、もう一度自分が顔を出して何かコメントしなければ、網代の裏の顔を知る誰かの情報提供もこれ以上は望めないと思うのだった。
「事情は分かりました」巻島は倉重に言った。「お聞きした方針を尊重した上で、明日は出演させていただければと思います」
〈そうですか〉倉重は意外そうに応じた。〈巻島さんに対して遠慮のない質問もあるかもしれませんよ〉
「構いません」
巻島が言下に言うと、倉重も意志は固いと見たようだった。
〈分かりました。では明日、いつも通りにお願いします〉
最後は事務的なやり取りとなって、倉重との電話は終わった。
翌日夜、巻島はいつものように〔AJIRO〕本社に行き、〔ネッテレ〕のスタジオに入った。
倉重やディレクターらは短い挨拶を済ますと、特に打ち合わせもなく、すぐに副調整室に入っていった。竹添舞子もこれまでであれば本番前に世間話のような言葉をかけてくることが多かったが、この日はそうした素振りはなく、表情も硬く見えた。巻島はまさに敵地に乗りこんだ感を新たにした。
二十時になり、番組が始まった。挨拶のあと、「まず初めに、前回の配信が通信不良により途中終了したことにつきまして、お詫びとご説明を申し上げます」と竹添舞子がしゃべり始めた。
「前回の配信では、視聴者の一人が出したコメントを事件に対する情報提供と捉え、我々出演者がそれを拾う形で番組が進行していました。しかし途中でその視聴者のコメントが明らかに番組の趣旨から逸脱し、特定の人物を中傷するものに変わりましたので、配信システムに組みこまれたAIが重大なコンプライアンス違反だと判断し、自動的にコメント機能のすべてをストップしました。その後、番組サイドが復旧を試みたところ、配信システムに負荷がかかり、ダウンしてしまったということになります」
竹添舞子は配信の途中終了について謝罪したあと、番組サイドでは〔kossy〕を、悪意を持って視聴者を混乱させる目的で番組参加していたユーザーだと判断して、アカウントを凍結したと報告した。
「〔ネッテレ〕では今後も、社会規範に即した公正な番組作りを心がけ、公序良俗に反する悪質なコメントには毅然とした対応を取っていく所存であります」
竹添舞子はフリーのアナウンサーであるが、現在は〔ネッテレ〕の仕事がほとんどであり、それで食べていると言ってもいい。こうした説明は倉重に求められてのことだろうが、本人としても違和感なくこなしているようであった。
[kossyは工作員確定][荒らしを関係者扱いする巻島が悪い][巻島が謝罪しろ]
前回までもからかい半分のコメントはちらほら目についたが、この日は視聴者が大幅に入れ替わったのではないかと思うほど、のっけから辛辣なコメントが並んでいる。画面に出てくるアバターも馴染みのある常連は少なく、実際に新しい視聴者が多いようだった。
「視聴者のコメントには巻島さんに対しても厳しい声がありますが、一言私のほうからフォローさせていただくと、送られてくるコメントについてリアルタイムでその内容の真偽を判断するというのは、かなり難しいことなんですね。アバターを使っている相手の素顔も声も、こちらは分からないわけです。巻島さんとしても、確実に事件の関係者だと判断していたのでなく、コメントが思わせぶりで引っかかるということで、真偽を慎重に見極めながら相手をしていたのだと思います。この番組自体、そういう性質のものであるということをご理解いただければと思います」
竹添舞子が話に区切りをつけて巻島を見たのを機に、巻島は「はい」と彼女の話を受けるようにして口を開いた。
「私自身は必ずしも、〔kossy〕さんがただの荒らしであって、番組を混乱させたり、特定の誰かを中傷する目的でコメントを発信していたとは考えていません。〔kossy〕さんのコメントには我々の捜査に有益な情報も多かったと受け止めていますし、〔kossy〕さんの情報提供には感謝しています。ただ、これは私の個人的な感想であって、竹添さんがおっしゃるように、〔kossy〕さんがどんな方かも分からないわけですから、事件関係者からの情報であるとは確定しようがないのも事実です。ですから、情報の見極めや取り扱いについては慎重でありたいとも考えています」
巻島が〔kossy〕を肯定する姿勢を見せたからか、少しの間、竹添舞子との間に気まずい沈黙が漂った。
[開き直ってんな][kossyとかどうでもいい ポリスマンの件を話せ][リップマン仕込み説を追及する]
視聴者のコメントには変わらず、巻島に厳しい声が並んでいる。
「〔ネッテレ〕は、〔kossy〕氏のコメントに特定の人物に対する誹謗中傷があったとして、法的措置も検討していると聞いています。その点において今の巻島さんの話とは違う見解であるということは、視聴者の方々にも改めてお伝えしておきたいと思います」
竹添舞子は「この話はこのあたりで」と無理やり区切りをつけるように言い、「ところで巻島さん」と冷ややかに声を張った。
「先ほどから視聴者のコメントにもちらほらありますが、この件についても巻島さんから、お話をうかがわなければなりません。〔ヨコバナ〕はじめ各種動画サイトに投稿された『ポリスマンに仕立てられた男の独白!』という動画ですね。この動画の存在はご存じでしょうか?」
やはり、戸部の動画を取り上げてきた。
「内容も含めて、動画の存在は確認しております」巻島は答える。「動画の人物はサングラスやマスクで顔を隠しておりましたが、我々が〔ポリスマン〕として行方を追っている県警内の人物に間違いはないだろうと認識しています」
「その人物ですが、自分は巻島さんたちによって〔ポリスマン〕に仕立てられたのであって、まったくの濡れ衣だと主張してますね」
「その発言を真に受けないでください。我々が設定した偽装捜査において、彼が担当する現場に前回の番組で〔kossy〕さんも触れた八手と思われる男たちが襲撃を企ててきました。〔ポリスマン〕が情報漏洩したものと思われ、彼が〔ポリスマン〕である証左だと私は受け取っています」
「その偽装捜査が本当に〔ポリスマン〕を炙り出す形として妥当なものだったのか、それとも動画の人物を嵌めるためだけの極めて恣意的なものだったのかということは外部からは検証できないので、視聴者には納得できない部分が残るところではあるかもしれませんね」
竹添舞子は巻島の話への判断にわざわざ留保を示し、冷ややかな態度を続けた。
[kossyも巻島の仕込み][巻島がポリスマンだろ][裏金はどこやった?]
視聴者のコメントも攻撃性がどんどんエスカレートしている。
「そして、動画の人物は巻島さんの下にある特捜隊にも裏金問題があるはずだと。その証拠をつかもうとして異動を志願したところ、その意図に気づかれ、濡れ衣を着せられてしまったと主張していますね」
「これも真に受けないでいただきたいと思います」巻島は言う。「特捜隊に裏金問題はありませんし、私自身、捜査一課に在籍していたときをさかのぼっても、裏金作りに関与したことはありません。動画の人物が特捜隊への異動を志願してきたのは事実です。捜査本部の規模が縮小する中、〔ポリスマン〕であれば捜査情報を得るために捜査本部に残ろうとするだろう、特捜隊の増員を図れば異動を志願してくるかもしれないという読みのもとに希望を募ったところ、手を挙げた一人が彼でした。つまり、〔ポリスマン〕の特定は、時間をかけて慎重に進めてきたものなんです。さらに言えば、彼は我々が身柄を押さえようとする前に、自ら行方をくらましました。本来ならまったく言い訳しようがない立場であって、だからこうしたでたらめな反論にしかならないんです」
巻島が言い淀みなく説明すると、竹添舞子は攻め手を失ったように「なるほど」とだけ言って沈黙を作った。
[嘘つきの顔してる][言葉だけなら何とでも言える][裏金がないという証明をしろ]
視聴者のコメントも理屈ではない言いがかりめいたものが並んでいる。竹添舞子が沈黙を埋めるようにしてそれらのコメントを拾うが、相手にするほどの内容はなく、無言で受け流しておいた。
(つづく)