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「今日は〔リップマン〕が現れていませんが、動画の人物は、この番組に現れる〔リップマン〕は偽者だと言ってますね。つまり淡野ではないと。巻島さんはこのことについて〔kossy〕氏から指摘されたとき、自分は淡野だと信じているというようにおっしゃってました。一方で動画の人物は、〔リップマン〕は巻島さんの仕込みであって、捜査本部の誰かにやらせているんだと主張しています。この点についての考えをお聞かせいただけますか」

 巻島は静かに息を吐き、「はい」と応じた。

「捜査本部の誰かにやらせているということはないんですが、正直に言えば、〔リップマン〕が淡野ではないというのは、私自身、理解しているところでありました」

「えっ?」竹添舞子は耳を疑ったように声を上げた。「偽者だろうと思っていたということですか?」

「その通りです」

「いや、驚きました」彼女は憤りの感情をあらわにして言った。「だとすると、この番組はずっと茶番を続けていたことになるんですが」

「竹添さんが茶番に付き合わされたとおっしゃるのであれば、その批判は真摯に受け止めますし、お詫び申し上げたいと思います。一方で私は、制作サイドとは違う意図を持ってこの番組に出ています。言うまでもなく、捜査のためだということです。〔リップマン〕が偽者だと思っていても、私がその相手を続けていれば、淡野が自分こそが本物だと言って現れるのではないか……それを本当に期待してやっていました。あるいは、そうやって番組を続けることで、重要な情報を提供してくれる方が現れるのではないかということも期待していました。実際に〔kossy〕さんから有益な情報提供があり、この目的は達成できたのではないかと思っています」

[ポリスマンに仕立てられた男が正しいんじゃねえか][こいつの言うこと、何も信じられない][もう終わりだよ、この男]

 バッシングのコメントが次から次に湧いてくる。

「動画の男性の話では、捜査本部内でも淡野は死んでいるという見方が大勢だとのことですが」

「そうですね」

「巻島さんはそう考えてはいなかったわけですか?」

「いえ、状況から考えれば、そうした見方が妥当だろうと思っていました。しかし、遺体が見つかっていない以上、生きている可能性も排除できないと考えていました」

「偽者と確信しながら〔リップマン〕とのやり取りを続けてきたのだとすれば、それは真面目に行方を見守っていた視聴者への裏切りということになりませんか?」

「私のやり方で視聴者のみなさんを失望させたのであれば、それについても率直にお詫びいたします。ただ私は決して不真面目にこの番組に向き合っていたわけではありません。事件の解決こそが謝罪より何より、この番組を観てきたみなさんにお届けしなければならないものだと考えています」

[ただの言い訳][やっぱり裏金も嘘ついてんじゃね?][犯人逃がしてばっかで、何が解決だよ]

 その後も視聴者からの批判はやむことがなかった。竹添舞子もそうしたコメントを拾って巻島に突きつけることでしか番組を進める気はないようだった。

「残念ながら今日の配信で、私は巻島さんと視聴者の信頼関係が大きく崩れたのではないかと感じています。この番組の存続にも関わってくる問題だと思うんですが、巻島さんは今後、この番組をどのようにしていきたいと考えていらっしゃいますか?」

 ようやく番組の終了時間が近づいた頃、竹添舞子は番組の今後をそんな言い方で問い質してきた。

「正直に申し上げれば、私はこの番組を来週以降も続けられるとは思っていません。視聴者のみなさんも相応しくないと考えるでしょうし、私としても犯人グループに関するさらなる情報をこの番組を通して得ることは難しいと感じていますから、続ける意味は小さいということにもなるでしょう。もともと今日の出演についても、前回、途中で番組があのように切れて終わったため、一言でも挨拶する場が必要だろうと考えてのことでありました」

「そうすると、巻島さんとしては、今日でこの番組は終わらせたいというお考えですね」

 彼女も倉重との打ち合わせでは、今日の配信が巻島の希望であることも聞いていただろう。それだけに開き直ったような番組終了の意思を聞かされ、勢い、その口調も突き放すようなものになっていた。

「私もこの番組には去年の立ち上がりから、事件の解決のために微力ながら貢献したいと思いながら参加してきました」竹添舞子は自分の話を始めた。「そのためにも、巻島さんの狙いを誰よりも敏感に感じ取り、視聴者との橋渡し役になれるよう腐心してきたつもりです。しかし、現役の警察幹部の方とお仕事するのは初めてだったのですが、価値観が私のような一般の人間とはかけ離れている部分があり、今となってみれば巻島さんを理解していたようでまったく理解できていなかったという感覚が残ります。犯罪グループの全容解明や〔リップマン〕らの逮捕にもつながらず、番組として成功だったとは言いがたいのかなと思います。それらは自分の力不足として反省し、今後に役立てていきたいと思っています」

[竹添さんガチギレで草][もはや放送事故][全部巻島が悪い]

 竹添舞子は視聴者のコメントに目を向けたあと、「巻島さんも最後に一言どうぞ」と振ってきた。

「視聴者のみなさんには事件に関する様々な情報を提供していただき、大変感謝しています。今後も捜査本部ではみなさんからの情報をお待ちすることに変わりはありません。電話や県警公式サイトのメールフォームを通じて、ご協力いただければ幸いです」

 巻島が言葉を区切ると、竹添舞子が「はい、それでは……」と締めの挨拶に入ろうとした。

 巻島は「最後にもう一つ」とそれを制した。カメラを見据え、一瞬の沈黙ののち、口を開く。

「〔ワイズマン〕に告ぐ。お前の姿は視界に捉えた。逃げ切れると思うな。お前がどこに登り詰めようと、我々は引きずり下ろして、地の底にたたき落とす。首を洗って待っているがいい」

 配信が終わった。

 どこか表情を強張らせているようにも見える竹添舞子に一礼し、巻島は席を立った。

 副調整室のドアが開く。倉重プロデューサーかと思ったが、出てきたのは網代実光だった。

「ご無沙汰してます」網代は巻島に近づくと、抑制の利いた声で話しかけてきた。「拝見してましたよ」

 笑みこそ浮かべてはいないものの、その表情には余裕が見られた。彼の後ろには倉重とともに、先週も顔を見たスーツ姿の男が一緒に出てきていて、巻島に観察するような目を向けていた。

「巻島さんも今日で最後という思いだったようですが、まあこのあたりが潮時でしょう。こちらも精いっぱい協力させていただいたつもりです。事件解決が道半ばで終わるのは残念ですが、〔ネッテレ〕の報道番組としては注目度も高く、新たな視聴者層を開拓できた点については感謝しています」

 人を食ったような挨拶であり、網代の本心がどこにあるかは読み取れなかった。

「いろいろお騒がせしました」巻島は淡々と一言だけ返した。

「気にしないでください」網代はそう言って手を差し出してきた。「終われば、ノーサイドですよ」

 巻島はその手を一瞥しただけで、握手には応じなかった。

「我々の仕事はこれからです」巻島は言う。

 網代は出した手をゆっくり引っこめ、不敵に微笑んだ。

「曾根さんによろしくお伝えください」

 そう言って彼はスーツ姿の男を従えて、スタジオを出ていった。

 

51

 

 四月に入り、新年度に入ってから初めての刑事部の幹部会議が開かれた。

 幹部たちの中には定期異動で新任としてこの会議に臨んでいる者もいる。

 刑事部長の稲葉宗典、捜査一課長の増川保など昨年の裏金事件を機にそのポストに就いた者は引き続き任に当たっている。刑事総務課長の山口真帆も就任してまだ一年であり、替わっていない。

 一方で、捜査二課や鑑識課、暴力団対策課や薬物銃器対策課の課長などは新しくなった。汚職などを扱う捜査二課の課長もキャリア官僚のポストであり、島陽介じまようすけという三十三歳の男が移ってきた。同じキャリア官僚であり、曾根もそれくらいは意識するが、ほかの新しい幹部たちについては顔を憶える気にもならないほど興味が湧かなかった。

 カジノ管理委員会は当初、四月に発足する予定だったようだが、徳永の死去で首相が交代するなど政権内部のごたつきが影響して、発足は五月にずれこんだ。それに合わせて、委員会入りが決まっている曾根は四月いっぱいまで本部長の座にとどまることになっている。

 ただ、気持ち的にはすでに職を離れてしまっていると言ってもいい。その淡泊さは曾根自身意外なほどであったが、それが人間のさがというものであろう。残りの日々はただただつつがなくすごせればいいというのが本音だった。

 そんな気もそぞろの思いで出席者たちの報告を聞いていたところ、新任二課長である矢島の話がふと耳に引っかかった。

「それから、先の市長選において、新市長陣営から民和党県連所属の県議、市議の何人かに数十万程度の金が渡り、票の取りまとめが依頼されたというタレコミが寄せられています。二課としては捜査本部を設置し、専従捜査員によって情報の精査をしながら……」

「何?」ぼんやり聞いていた曾根は聞き咎めて矢島を見た。「どこの陣営だと?」

「当選した植草市長です」矢島は答える。「陣営内でかなり大胆に違法な買収工作が行われていた形跡があります」

「それは何だ、前任からの引き継ぎで帳場を立てる方針を聞いてるということか?」

「いえ、前任の服部はつとりさんはこれに関してはまったく動いていなかったようでして、今回、私が課内での報告により、その事実を把握いたしましたので、そうした方針を立てた次第であります」矢島は自分が切れ者であることを誇示するように、引き締まった表情をしてそう答えた。

「馬鹿野郎!」曾根はその彼を大声で一喝する。「服部が動かなかった理由をまず考えろ!」

「え?」

「服部はお前より賢かったってことだ!」

 曾根の剣幕に矢島は言葉を失い、顔からも色をなくした。

「警察は何のためにある?」曾根はなおも責め立てるように続ける。「治安のため、社会秩序を守るためじゃないのか。門馬が投げ出した市政がようやく正常化した今、お前の自己満足であるかないか分からない問題を無理やり掘り起こして、その市政を再び麻痺させることがいったい誰のためになるんだ? え? 言ってみろ!」

「いや、その……すみません」矢島はしどろもどろになって目を泳がせている。

「安い正義感で仕事をするな。仮にも官僚の端くれなら、大局に立って物事の良し悪しを見極められるようになれ。そうじゃなきゃ、警察庁の中でもやっていけんぞ」曾根は冷たく言い放ち、刑事部長を見る。「稲葉、お前がちゃんと教育しておけ」

 最近はほとんど見せていなかった曾根の勘気をこうむり、稲葉は「はっ」と硬い表情で頭を下げた。矢島もいたたまれないように顔を伏せている。

 これくらい言っておけば今後も、この新任課長が植草陣営の選挙違反容疑をほじくることはないだろう……曾根はそんな手応えを得て、矛を収めることにした。

 

 あとは消化試合のように四月の一日一日をやりすごすだけ……そんな思いでいた曾根だったが、次の日、警察庁の官房長室に出向くと、福間から「おい、大丈夫か?」という懸念の声が投げかけられた。

「何でしょう?」

 逆に問いかけた曾根に鈍感さを感じ取ったのか、福間はかすかに顔をしかめてみせた。

「網代社長のことだよ」

 そう言われ、市長選での買収工作の話が警察庁まで洩れているのかと思ったが、それとはまた違う話のようだった。

「〔ワイズマン〕の正体は網代社長なんじゃないかと、ネット上ではまことしやかにささやかれているらしいじゃないか」

「そのことですか」曾根も耳にしていた話であり、苦笑を禁じえなかった。「デマに決まってますよ。〔ネッテレ〕は論客が左翼を容赦なくたたくんで、反対に左翼もあることないことを、論客のみならず〔AJIRO〕グループ全体に向けてくるんです」

 巻島の番組は曾根も観ている。前々回、番組が途中で通信不良を起こして終了したのも承知している。ネットでは〔kossy〕が〔ワイズマン〕の正体は網代だと明かしたという噂が広まったが、配信後、丸一日以上経ってからそうした書きこみが散見されるようになったとも聞くし、〔ネッテレ〕側が主張するように、特定の勢力の工作を疑うのが自然であると言っていい。

「番組に出てた男――巻島は何て言ってる?」福間が訊く。

「いや、特に何とも」

 巻島が〔ネッテレ〕側と何やらぎくしゃくした雰囲気の中で番組を終わらせたのは観ている。配信に参加していた〔リップマン〕がどうやら本物ではなく、巻島がそうだと気づきながら相手をしていたのを認めたことで、世間からたたかれているのも知っている。おそらくは誰か腹心の者に〔リップマン〕役をやらせたのだろう。世間は巻島のそうしたやり方にまさかという思いがあったようだが、巻島をよく知る曾根からすれば、意外でも何でもない。〔バッドマン〕事件の折に植草を嵌めた一件もある。人をたばかるのに抵抗はない男なのだ。

 ただ、そんな状況を把握しながらも、曾根はここ最近、巻島を本部長室に呼びつけてはいなかった。

 これまでの捜査の進展具合を見ても、曾根の在任中に急転直下、事件が解決に向かうとはとても思えない。曾根自身はすでに身を振る先が決まっているのであり、さらなる勲章は次の本部長にくれてやるという気になっている。だから、今さらあのすかした男をわざわざ呼んで尻をたたくことに意味があるとも思えず、放っておいているのだった。

「あの男はもしかしたら、網代社長に狙いをつけているかもしれん」福間が大真面目な顔をして言う。

 巻島は根拠のないネット情報を真に受けて、網代を挙げようとしているとでもいうのか。にわかには信じがたい話だと思った。

「どうでしょう」曾根は首をひねっておいた。「もしかしたらあの男のことですから、反響を狙って、網代社長=〔ワイズマン〕説に便乗した仕掛けを何か進めようとしていたのかもしれません。それに〔ネッテレ〕側が憤慨して関係がこじれ、番組が続けられなくなったとか……詳しく聞いていないので推測するしかありませんが」

「いや、俺の勘で言うと、そんな生易しい話じゃない気がする」福間はしかつめらしい顔を崩さなかった。「去年、徳永さんに挨拶しとけと言われたんだろう、網代社長が俺のところに来た。少し話しただけの印象だが、俺には表だけを歩いてきた人間には見えなかった。ぎらつきがあるだけじゃない。視線の配り方、笑みの浮かべ方、そういったものが穏やかじゃない。どこか不自然さがある。反応速度が普通の人間と違う。目配りは人より素早く、笑みはワンテンポ遅い。俺も若い頃はたたき上げに交じって現場をよく踏んだし、特に二課で扱うような知能犯の連中は何人も相手してきた。その頃培った勘は、案外錆びついてないと思ってる」

「つまり……」曾根はかすれた声を発したあと、喉を鳴らしてから続けた。「網代社長が本当に〔ワイズマン〕である可能性があると?」

 確実にその可能性を匂わせておきながら、福間はその問いに答えなかった。ソファの背もたれに腕を回して背中を預け、白々しいほどにそっぽを向いた。

「お前の問題だ」彼は窓のほうを見たまま、一言そう言った。

 言えるのはここまで。俺は関係ない。

 彼はそう言っている。

 あとはお前が何とかしろと言っている。

 それは取りも直さず、お前が窮地を脱したいのであれば、巻島の捜査をつぶすしかないと言っているに等しかった。

 曾根は喉の奥に生じるうなり声を押し殺し、何も考えがまとまらないまま瞑目した。

 

 巻島の上役である山口真帆は、幹部会議の中では現在各署で立っている捜査本部のサポート態勢について報告しただけで、山手署の捜査本部で〔ワイズマン〕をどう見ているかということなどには一切触れていなかった。

 あえてそうしていた可能性もあるが、巻島のことだから彼女にすら報告せず、独善で捜査を進めていることも疑わなくてはならない。

 巻島本人に確かめるのが一番だと思い、曾根は久しぶりに彼を本部長室に呼ぶことにした。

 その日、外では街宣車が何やら派手にがなり立てていた。どうやら県警本部の前でそれをしているようだった。珍しいと思いつつも、わざわざそのアジに耳を傾けようとは思わない。ただ、割れたマイクの音声の中に〈巻島〉であるとか〈裏金〉という単語が交じっているのは分かった。

 そんな中、巻島が何気ない顔をして本部長室に現れた。

「ずいぶん外が騒がしかったな。お前のことを糾弾してたようだが」

 曾根がそう口を開くと、巻島は「そうですか。気づきませんでした」ととぼけた。

「まったく、迷惑なやつだ」曾根はそう言ってひとにらみしてから訊いた。「戸部の行方はまだつかめないのか?」

「おそらくは〔ワイズマン〕一味の援助でどこかに匿われているのだと思います。監察官室のほうで動いてますが、もう少し時間がかかりそうです」

 いつもなら、何らかの嫌味なり発破なりをぶつけて捜査の進展を急かすところだが、曾根はそれをしなかった。万が一、網代が〔ワイズマン〕だとするなら、戸部の身柄確保は網代の足もとまで捜査の手を引き寄せることになると言っていい。その可能性を考えるにつけ、曾根は巻島への叱咤激励さえためらう気分になる。

 巻島はどう考えているのか。

「で、その〔ワイズマン〕とやらの正体には目星はついたのか?」

 そう訊いて、巻島の表情を慎重に見るが、大した変化はない。

「そちらもまだ情報を取捨選択してる段階です」

 思った以上に手応えのない返答であり、曾根は眉をひそめる。

「番組じゃあ、〔ワイズマン〕の姿は視界に捉えたと大見得を切ってたじゃないか。あれは嘘なのか?」

「あの日で番組は終わるという流れになってしまいましたので、最後に少しでも〔ワイズマン〕に圧をかけておかなければという思いで口にした程度のものです」

「〔ネッテレ〕とは何かこじれたのか?」曾根は訊く。

「〔リップマン〕が本物でないと気づきながら相手をしていたのが、視聴者を馬鹿にしていると取られたようです」

「それはどうでもいい」曾根は言う。「お前のそういう人を食ったやり方には驚かない。それ以前にも〔kossy〕のことで〔ネッテレ〕と意見の相違があったから、番組終了の流れができたんだろ?」

「〔kossy〕はコメントの真偽はともかく、情報提供者としての姿勢は評価するべきだと思いました。そうすることで、本当の価値ある情報がほかの視聴者から寄せられる可能性も出てくるからです。けれど〔ネッテレ〕側は私のそういう感覚が理解できなかったようでした」

 この男は〔kossy〕のコメントを鵜呑みにしているわけではないらしい。彼の言葉からはそうした思考がうかがえる。

「詳しくは知らんが、〔kossy〕が〔ワイズマン〕は網代社長だとコメントしたとの噂がネット上に広まってるらしいな」腹の底の読めない顔を観察するように見ながら、そのことに触れてみた。「本当のことか?」

 巻島はあっさりうなずいてみせた。「前々回はそれで番組が途中で打ち切られてしまいました」

「その真偽についてはどう思ってる?」

「どうなんでしょう」巻島は口の端に薄い笑みのようなものを見せた。「突拍子のないことだなとしか」

「調べは進めてるのか?」

 曾根の問いかけに、今度は巻島が真意を探るように見返してきた。

「それは、調べを進めよという意味でしょうか?」

「そうじゃない」曾根は少し慌てた。「お前がどう考えているかということだ」

「〔ネッテレ〕側は左翼グループの工作活動の一環だと主張していますが、そこまでのものではないだろうとは思っています。一種のいたずらの範疇だろうと」巻島は言う。「ただ、本部長が少なからず信憑性を感じられたということであれば、人員を割いて調べようかと思いますが」

「いや、お前が案外まともなんで安心した」曾根は言った。「噂を聞いた時点で、俺は馬鹿馬鹿しいと思ったんだ。網代社長のことはよく知っているし、その縁でお前の配信番組もできた。その彼が〔ワイズマン〕などというのは、くだらない冗談としか言いようがない。そんなネットの妄言を真に受けてお前が帳場を動かしてたら、世間の笑いものになりかねないと思って少し気になってたんだ」

「そうですか」巻島はさらりと言った。「そのご心配には及ばないかと」

「訊きたかったのはそれだけだ」曾根は話を切り上げ、言い足した。「成果を求めるあまり、根も葉もないデマに惑わされることがないよう気をつけろ。捜査はじっくり慎重にやればいい。現場の者もちゃんと休ませろよ」

 巻島は一瞬、鼻白むようにあごを引いたが、最後は「お気遣いありがとうございます」と返してきた。

 腹の底の読めない男だけに発する言葉のみで判断はできないが、冷静に観察した限りでは、網代に特別の疑いは向けていないように思えた。

 

 

(つづく)