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〔ネッテレ〕での巻島の番組が配信される日、梅本は牛丼屋で夕食を済ませてから大学に向かった。

 駐輪場に自転車を停めて大学院棟に入ると、エレベーターから降りてきた畑村萌絵と行き当たった。日中、自習室で研究をしていたのだろう。梅本と入れ替わりにこれから帰宅する様子であった。

 彼女とは春休み中、長く顔を合わせていなかった。梅本に気づくとはっとしたような顔をしたので、梅本は何となく反射的に「ちは」と挨拶した。

 しかし、萌絵のほうは挨拶を返すこともなく、すっと視線を外して、そそくさと梅本の横を通り抜けていった。あまり感じのいいものではなかったが、もともと彼女は梅本のことを歯牙にもかけていないような態度を見せることがちらほらあり、いちいち気にしないほうがいいような気がした。

 フロアを上がり、自習室に入って自分の席に着く。部屋には少し離れたところに三、四人の院生がいるだけであり、いつも通り静かだった。

 スマホを充電しながら二十時を待つ。巻島の番組を視聴することは決めているが、今日も〔kossy〕のアバターで参加するのかどうか、その後のことはまだ何も決めていない。巻島の呼びかけを聞いて、どうするか考えるしかない。

 二十時が近づいたところで、梅本はイヤフォンを付け、〔ネッテレ〕のアプリを開いた。二十時を回り、報道チャンネルではしばらくCMが続いていたが、やがて番組が始まった。

〈特別番組「“リップマン”に告ぐ!」を今夜もお送りします〉

 竹添舞子が進行し、巻島が挨拶する。彼らの周りには早速、視聴者のアバターが集まり始めている。

〈前回の番組では〔リップマン〕の登場に加え、途中からは〔kossy〕さんという方のコメントにも注目が集まりましたね。このアバターは先日、葉山の海岸で遺体として発見された越村侑平さんが使っていたものと〔kossy〕さん自身は語っていました〉

〈これについては我々も〔ネッテレ〕の運営サイドに問い合わせをして、回答をいただきました〉巻島が竹添舞子の話を受けて言う。〈確かに亡くなられた越村さんの名で登録されており、本人が作ったアカウントに間違いないようです〉

〈そうするとやはり、越村さんに近い誰かが、そのアカウントを使って巻島さんに何かを言おうとしたということになりますけれど、〔kossy〕さんが前回コメントしたのは、この番組に登場する〔リップマン〕は偽者だという話でしたね。そして、〔リップマン〕本人はそれを否定したわけですが〉

〈〔リップマン〕が偽者、つまり淡野ではないという可能性については、判断材料に欠けるので、今の時点では何とも言えません。設定したパスワードを使ってアクセスしてきている以上、私としては本物だとして相手をすることに変わりはありません〉

〈偽者だと言うからには、〔kossy〕さんにも、もう少し踏み込んだ判断材料を提示してほしいということですね。本日、それが聞けるかどうか……〉

〈それもそうですが、〔kossy〕なる人物は、ほかにも何か言いたいことがあるのではという気がしました〉

〈淡野の周辺情報も知っているけれど言わないという態度でしたね。〔ポリスマン〕の存在なども警察への不信感の理由として言及していました〉

〈それについては一つ大きな報告があります〉巻島はその話題が切り出されるのを待っていたように言った。〈我々はこのたび、捜査本部内にひそんでいた〔ポリスマン〕を特定し、排除することに成功しました〉

〈えっ!? 〔ポリスマン〕を突き止めたんですか?〉

〈はい。実は今まで県警の監察室と共同で慎重に網を張り、捜査本部内の疑わしい人物を絞ってきていました。そして今回、ある偽装捜査を用意して疑惑の人物を担当に入れたところ、情報漏洩したと思われる事態が発生し、同時にその人物は失踪しました。現在、公務員法違反の容疑で行方を追っていますが、とにもかくにも〔ポリスマン〕の目は捜査本部内から消えたということだけは、みなさんにお伝えしておきます〉

〈驚きました。もう少し詳しく話せることはありますでしょうか?〉

 竹添舞子がそう水を向けたのに対し、巻島はその偽装捜査について具体的に語ってみせた。捜査本部では一連の事件に運転手役として絡んでいた男を追っており、その男は越村ともつながりがあると考えているということだった。そして今回、その男の居所が判明したとしていくつかの住所を設定したところ、のちに失踪した捜査員が担当していた住所に何者かが宅配業者を装って現れたという。

 巻島の話は梅本からしても驚くべきものだった。運転手役として絡んでいた男というのは明らかに梅本を指している。越村とのつながりも把握されている。淡野のシノギの運転手役を務めた梅本と、越村の事務所から警察の尾行を撒いた梅本が、捜査本部内でも同一人物としてしっかり認識されているのだろう。

 しかし、それがどこの誰かというところまでは分かっていないようだ。

 一方で、〔ワイズマン〕側が梅本の行方を追っているということも、この話から分かった。宅配業者を装って現れたのは八手だろうか。その男はそのまま警察に捕まったのか……そこまでは巻島も明らかにしなかった。

[うまいことポリスマンを嵌めたようだな]

〔リップマン〕のアバターが現れ、コメントを出した。

〈巻島さん、〔リップマン〕が現れました〉竹添舞子が言い、巻島の反応をうかがう。

〈〔リップマン〕〉巻島がカメラに向かって話しかける。〈〔ポリスマン〕もとうとうお前と同じ、追われる身になった。お前のところにやつから連絡が来てないか?〉

 今日はいつもより配信にタイムラグがあるのか、〔リップマン〕の返事には少し時間がかかった。ほかのアバターたちの〈リップマンきたー!〉という反応も少し遅れてからあった。

[kossyも早く出てこい]というコメントもちらほら上がっている。

[連絡はない][やつはやつで自力で逃げるしかない]

 ようやく〔リップマン〕のコメントが連投で来た。

〈なるほど。〔ポリスマン〕の逃亡生活を助けるような余裕はないということか。あるいはすでに連中とのつながりは切れてると言いたいのか……〉

 巻島はさらりとそう受け止めてみせ、〈〔リップマン〕にも聞いてほしいのだが〉と続けた。〈今回、我々がかなり強引なやり方をして〔ポリスマン〕を炙り出したのは、前回、〔kossy〕なる人物に〔ポリスマン〕の存在が私とのコミュニケーションの障害になりうると指摘されたからだ。私はこの〔kossy〕に今日も出てきてほしいし、もっと話がしたいと思っている。この〔kossy〕は、我々が捜査している一連の事件にも何らかの形で関わっていて、何か我々が知らない情報を握っているんじゃないかと思うからだ。〔リップマン〕も前回はただの荒らしだと決めつけていたが、本当のところは、あいつじゃないかと思い当たる節があるんじゃないか?〉

〔リップマン〕の返事はすぐには来ない。

〈巻島さんは、集めている捜査情報の中で、この人物ではないかと考えている相手はいるんでしょうか?〉竹添舞子が訊く。〈ここで言えることかどうかは分かりませんが〉

〈例えば、先ほどの偽装捜査の話で出てきた運転手役の男です〉巻島は言った。〈シノギ仲間の間で彼が兼松と呼ばれていたことは我々もつかんでいます〉

 やはり、正確に正体を見透かされている……捜査の手が自分に伸びるのも時間の問題のような気がしてきて、梅本はぎゅっと喉が締めつけられるような気分になった。

〈番組ではこれまで触れられていませんでしたが、捜査本部ではその兼松を重要人物の一人としてひそかに追っていたわけですね〉

〈正直、重要人物と見ていたわけではありません〉巻島はそう応じた。〈この手のシノギに駆り出されるような運転手というのは組織内でも末端の存在であって、中枢部の何を知っているわけでもないということが多いものです。しかし、兼松は越村さんに近い人物と見られ、その越村さんは何者かの手によって殺害された。そこに〔kossy〕なる人物が現れたわけですから、その正体が兼松だとするなら、少なくとも越村さんの事件について、我々に何か伝えたいことがあるのではと考えられるのです。前回は、その彼が〔ポリスマン〕の存在に憂慮を示したことから、我々は思い切ってその障害を取り払いました。それもこれも、〔kossy〕なる人物に再度出てきてもらって、知っていることを教えてほしいからです〉

[兼松の可能性はなくもない][知らんけど]

 ようやく〔リップマン〕から返事があり、竹添舞子がそれを読み上げたが、巻島は小さくうなずいただけだった。

〈もちろん〔リップマン〕はすべてを知っているでしょうが、組織の中枢にいた人間であるがゆえ、仮に捕まえたとしても重要な事実関係については口を閉ざす可能性は高いと思っています。実際、ここでの彼とのやり取りにしても、のらりくらりと堂々めぐりでかわされることが多々ありますからね。そういう意味でも私は今、〔kossy〕なる人物の発言に懸けたいと思っているんです〉

〈なるほど、それほどの強い思いを持って〔kossy〕さんがコメントするお膳立てをしてきたということですね〉竹添舞子が巻島の話を受けて言う。〈しかし、その〔kossy〕さんは今回、まだ現れていませんね〉

 梅本は配信を観ている身でありながら、巻島たちと視聴者の視線が自分に注がれているような錯覚を抱いた。

 ログインしてアバターを出したとして、何をどこまでコメントするべきか……考えがまとまらず、手が動かない。

〈〔kossy〕なる人物が今日の配信も観ているものとして話をしたいと思います〉巻島はそう断ってから、カメラを見て話を続けた。〈もしかしたら、あなたはこれまで淡野のシノギのいくつかに関わっていて、我々の捜査の影を恐れているのかもしれない。そうだとするなら一つ言いたい。もしあなたがこの番組で我々の捜査を大きく前進させる情報をもたらしてくれるのであれば、我々はあなたを捜査対象から外してもいいと思っている〉

〈そ、それはかなり踏みこんだ提案ですね〉竹添舞子が驚いたように言った。〈まるで司法取引のような〉

〈いえ、司法取引のような高度な判断を要する話ではありません。簡単なことです。我々の捜査本部は規模も縮小傾向にあり、各捜査に向ける人手には限りがあります。もし重要情報を得て、そちらに手を回さなければならないとなると、例えば、シノギの一運転手などに目を向けている余裕はなくなります。そういう捜査のリソースをどう振り分けるかという問題です〉

〈なるほど。捜査本部の事情があるわけですね〉竹添舞子は無理に納得したように言った。

〈逆に、今日この場で重要情報がもたらされない場合、我々は捜査力の大部分を注ぎこんで、この人物を追うことになろうかと思います。身元を特定して身柄を押さえ、この人物にかかる容疑のもと、厳しく取り調べを行い、全容解明の端緒をつかみたいと思います。もちろん、この人物の今の生活は成り立たなくなるでしょうが、末端であっても犯罪に関わっていたのであれば致し方ないことでしょう。小遣い稼ぎであろうと微罪であろうと、犯罪に手を染めた代償は高くつくものです。我々としてもこのルートしか残されていない以上は全力を挙げます。おそらく身元を特定するのにも時間はかからないでしょう〉

 画面上の視聴者のコメントには[犯罪者を野放しにするな][公に見逃してやるとか言っちゃ駄目だろ]と、一つ前の巻島の提案に対し、タイムラグで遅れた非難が並び出していたが、今の巻島は反対の可能性に言及している。そしてそれは梅本の胸に容赦なく突き刺さってくるものだった。

 巻島の脅しとも取れる口調もそうだが、梅本をはっとさせたのは、巻島の話があたかもゲーム理論の利得を提示しているかのようだったからだ。ゲーム理論は梅本の研究分野の一つであり、あるいは巻島はすでに梅本の素性までつかんでいるのではという気にさせられた。

 いや、そんなはずはないと思い直す。

 しかし、どうする?

〈もう一つ、これは〔リップマン〕に対して言いたい〉巻島は再びカメラに視線を向けて口を開いた。〈お前は肝心な話になると、いつも実のないやり取りでかわすだけになる。私は我慢して付き合っているが、それにも限度がある。ただ、だからと言って、お前は重要人物であり、おざなりにはできない。私はお前にもチャンスをやりたいと思っている。その論理はこうだ。お前がここで〔ワイズマン〕のことなど重要情報を明かせば、我々は捜査の主力をそこに向けることになるだろう。ただおそらく、療養しながら逃亡生活を送っているお前は、越村さんの事件の真相は知るまい。これについては情報がない以上、〔kossy〕なる人物、あるいは兼松への捜査が必要になってくる。それにも人員を割かざるをえない。必然的にお前の行方を追うことには力を入れられなくなる。もちろん、お前を取り逃がしたくはないし、お前への捜査を打ち切ることはしないが、あとはお前の才覚次第だ。片手間程度の捜査など恐れるに足らないと思うなら、いい話だと思うがどうだ?〉

 竹添舞子が思わずというようにうなってみせる。

〈先ほどの〔kossy〕さんへの提案だけでも、かなり物議を醸しているようで、視聴者のみなさんからいろんなコメントが寄せられています。今度は〔リップマン〕にも取引を持ちかけようということですか〉

〈取引というか、こういう条件が成立するが、話に乗ってはどうかということを言いたいだけです〉巻島は人を食った顔で言う。

〔リップマン〕も引っ張りこんで、情報を寄越したほうが得をし、そうでないほうは損をするという囚人のジレンマの形に仕立ててきた。

 自分の身元はすでに突き止められているのだ……梅本はほとんど確信的にそう思った。巻島はこうした提案に託す形で梅本にそれを気づかせようとしているのだ。

[囚人のジレンマかよ][囚人のジレンマみたいな悪魔のささやきだな]

 視聴者のアバターからもそんな声が上がっている。巻島にもそれは見えているはずだが、彼は素知らぬ顔で澄ましているだけだ。

〈さて、これで巻島さんの呼びかけに応じて、〔リップマン〕が何と言うのか、あるいは〔kossy〕さんが現れるかどうかということになりますが……〉

 身元を突き止められているからには、この呼びかけに応じなければ、梅本は警察に捕まることになるだろう。

 捕まれば、〔ワイズマン〕の正体など黙っていても仕方がない。もともと越村が武器にしろと言っていたものだ。〔ポリスマン〕もいないのであれば、障害は何もないだろう。

 そうであるなら、いっそのこと、ここで明かせばいいということになる。

 巻島の言うことを信じるならだが。

 一つ気にかかるとすれば、梅本に釘を刺してきた八手がどうなっているか……。

 どうする?

[面白い提案だな]先に〔リップマン〕がコメントを出してきた。[今でも俺を捕まえられないのに、片手間なら俺はいびきをかいて寝られる]

〈いい話だろう〉巻島がそれに応じて言う。〈今さら誰に義理立てするんだ。自分を一番大事にしろ〉

〔リップマン〕は偽者のはずだ。興味をそそられたふうに言って、梅本を急かしているだけだ。

 しかし、断定はできない。もし本物であって巻島の提案にあっさり乗ってきてしまえば、梅本は窮地に追いこまれる。わざわざ越村のアカウントを使って番組に参加した意味もなくなってしまう。

 傍観している場合ではなくなり、梅本は衝き動かされるようにして越村のアカウント〔kossy〕にログインした。

[八手は捕まったのか?]

 そんなコメントを打ちこんで送る。

 やはりタイムラグがあるようで、梅本のコメントがなかなか画面に載らず、じりじりとした時間が流れた。

〔リップマン〕の次のコメントが先か、自分のコメントが先か。

 数十秒経って、ようやく〔kossy〕のアバターが登場し、同時にコメントも上がった。

〈〔kossy〕さん、来ましたね!〉竹添舞子が手もとのタブレットを見て声を上げ、巻島に問いかけの視線を送った。〈これは“やつで”と読めばいいんでしょうか。捕まったのかと訊いてきてますが〉

 巻島は眉をひそめ小さく首をかしげている。

〈八手とは誰だ?〉

 彼はちらりとカメラを見てそう尋ねた。梅本はじかに問いかけられたような錯覚を受けた。

[八手はワイズマンの手下]

 そう打ちこんで送信する。タイムラグが待ち切れず、その間に[野放しは危険][八手を捕まえろ]と連投した。

 ようやく画面に梅本のコメントが出たが、それを見たはずの巻島はやはり眉をひそめた渋い顔をしている。[また新キャラ登場か]と視聴者のアバターが騒ぎ立てている。

〈正直に言うが、我々は八手なる者に関する情報は何も持っていない〉巻島は言った。〈捕まえてほしいなら、その者に関する情報をもっと出してほしい〉

 どうやら八手は捕まっていないらしい。しかし、だからといって、もはや引っこむわけにはいかない。

 梅本は指先の震えを感じながらコメントを打ちこむ。

[越村はワイズマンが命令し、八手が殺した]

 そう打ちこんで送信する。

[八手は淡野も襲った殺し屋]

 さらにそんなコメントも連投する。

 一分。二分。息を呑んでコメントの反映を待つが、なかなかそのときがやってこない。

「殺」がNGワードか……そう気づいて舌打ちする。

[越村は八手にやられた][ワイズマンが命令した][八手は淡野も襲った下手人][首にヒョウ柄のタトゥー]

 急き立てられるようにして、次々とコメントを打ち直して送った。巻島の反応を見るような自制心はすでになくなっていた。気づくと豊富にあったはずのゴールドポイントがかなり少なくなっている。

〈何か躊躇してるんでしょうか、〔kossy〕さんのコメントが止まりましたね〉

 竹添舞子がしびれを切らしたように言う。

〈一方で〔リップマン〕からのコメントも途絶えています〉

 巻島はもう、〔リップマン〕からのコメントなど待ってはいないだろう。それはほとんど確信できることであり、梅本はそれほど巻島と一対一で対峙している感覚があった。

 そしてようやく梅本のコメントがアバターの吹き出しに表示された。数秒で消え、また次のコメントが出る。巻島は食い入るようにして画面があるらしきところを見つめている。

〈ヒョウ柄のタトゥーの男はこちらでも認識している〉巻島はカメラを見て言った。〈兼松の偽装捜査で現場に現れた襲撃犯が一人逃走した。まさにその男だ〉

 八手が捕まっていないという事実より、詳しい捜査情報を巻島があっさりさらけ出したことに梅本は驚いた。

 この男は腹を割って梅本と会話しようとしている。そうやって、何でも話せ、すべて受け止めるという意思を示している。

 おそらく、ここで話せば梅本の捜査はしないという言葉にも嘘偽りはないのだろう……そう信じられる。

 伝わる。

 今なら、この男になら、伝わる。

 ここで手を止めれば、越村の死は闇に葬られるだけになる。

 書いてくれよ。

 越村の声が聞こえた気がした。

[ワイズマンは網代実光]

 梅本はそう打ちこみ、最後に少し躊躇する。〔ネッテレ〕はまさしく網代実光の牙城である。そこでこんな事実が暴かれることの衝撃度を自分自身、まだ想像し切れていない。

 しかし、ためらいを断ち切って送信した。

 一分。二分。

 息を詰めて画面を見守るが、梅本のコメントは上がらない。

 どうやら網代の名前もNGワードに設定されているらしい……そう気づいて梅本は背筋が寒くなった。

[聞きたいのはワイズマンの正体][kossy、もっと言え][kossyの家に宅配便が来たようだ]

 視聴者も待ちあぐねるようなコメントを出し始めた。

 何とか伝わるように送るしかない。梅本は気持ちを立て直して考える。

[巻島に告ぐ ワイズマンは あ*じ*ろ*さ*ね*み*つ]

 送信。ゴールドポイントは残りコメント一つ分。

[ワイズマンはAJIRO社長 すべての黒幕]

 送信。

 震える手をスマホから離し、深く息をつく。

 偽装捜査の折に八手を取り逃がし、捜査員が負傷したといういきさつを竹添舞子に語っていた巻島は、その話に区切りをつけて以降、梅本の次のコメントを待つようにじっと前方の画面があるあたりを見つめている。

〈今日は少し、コメントの反映にタイムラグがあるようで、その影響もあるかもしれませんね〉竹添舞子が沈黙の時間をつなぐように言う。

 さあ届け。

 念を送るようにして画面を見守っていると、やがて〔kossy〕のアバターが戻ってきて、吹き出しを出現させた。

 来た。

 そう思った次の瞬間、不意に映像が乱れた。

 コメントが出たかどうか分からない。

〈ええと、映像が〉竹添舞子の困惑した声が聞こえる。〈ちょっとおかしいですかね」

 画面はコマ送りのようになり、そこでは巻島の表情に何か変化があったようにも見えたが、すぐに映像そのものが止まってしまった。

 通信不良のマークが出ている。

 プライベートのスマホでネット環境をチェックしてみても、Wi-Fiの受信状況に問題があるとは思えなかった。梅本はアプリを一度落としてから、立ち上げてみた。

 しかし、画面はフリーズしたままだ。やはり〔ネッテレ〕側のトラブルらしい。

 そして間もなく、映像は完全にブラックアウトしてしまった。

 何だ、これは……梅本は力が抜ける思いで、自習室の自席から動けなくなった。

 結局、巻島はあのコメントを見たのか、見なかったのか……。

 

 

(つづく)