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25

 網代は社長室の大型液晶画面で植草の出馬表明番組を観ていた。

 向かいのソファには県警本部から駆けつけた曾根がやきもきした様子で同じ画面を見つめている。

「もう少し重さがないとな。人々も任せてみようって気にはならない」

 植草の話しぶりを観ながら、彼はもどかしそうにこぼした。

「まあ、いいんじゃないですか」網代は鷹揚に言った。「若さと勢いは感じられる。門馬にはないものです」

 実際、網代はこの植草という若い元警察官僚を気に入っていた。曾根の甥だということだが、よくこんなおあつらえ向きの男を捉まえてきたものだと思った。

 植草は自身のキャリア形成に行き詰まりを感じていたらしく、曾根の話に二つ返事で乗ってきたという。その腰の軽さも網代が求めていたものだった。

 普通は顔の売れていない官僚など、有権者に訴求する要素はないに等しいのだが、巻島の上司だったというのは、この〔ネッテレ〕の視聴者にポジティブな印象を持たせるに十分な経歴だと言えた。

 若さもあり、面構えも悪くない。〔バッドマン〕事件において、当初は植草自身がテレビ出演への色気を見せていたというが、自分を表に売り出したい承認欲求のようなものも強いのだろう。そうした性分も歓迎すべきものだった。

 番組が終わり、植草が高鍬に付き添われて社長室に上がってきた。

「お疲れ様です」

 網代は彼を出迎え、曾根の隣に座らせた。

 高鍬が彼をねぎらうようにコーヒーをいれた。

「いやあ、とにかく慌ただしい一日でしたが、ようやく終わりました」植草が安堵の笑みを浮かべて言う。

「お披露目初日にしては上々でしたよ」網代はそう言って植草を称えた。

「どうも」植草は自分でもそれなりに満足しているように応じた。

「ときめきとかわくわくとか、いくら何でも言葉が軽すぎる」曾根一人が苦々しげに文句をつけた。「もっと地に足をつけた話をしないと、人の支持は得られんぞ」

「いやいや、そういう考え自体がまったくわくわくしないんですよ」植草はにやりとして言い返した。「僕も〔ネッテレ〕の視聴者層なんかを見ながら、いろいろ考えてやってるんですよ。まあ、見ててください」

「心配ご無用だそうですよ」

 植草の言葉を受けて網代もそう言ってみたが、曾根は渋い表情を変えなかった。

「もちろん、曾根さんの気持ちも分かります。選挙は簡単じゃない。相手は現職で、中央政界にも顔が利くベテランです。ニュースキャスターの井筒孝典も返り討ちにされた。いくらでたらめな政治家だろうと、侮っていい相手ではありません」

「井筒は網代社長が蹴散らしたんじゃないんですか?」曾根が網代の表情をうかがうような目をして訊いてきた。「当時、私はそういう感覚を持ちましたが」

「いろいろ動いたのは確かです」網代は言う。「はっきり言っておきますが、選挙はきれいごとだけではできません」

 網代の言葉に、曾根も植草も当然だというようにうなずいた。選挙戦に首を突っこみ、身を投じた以上、二人とも網代の話が通じるくらいには後戻りできない状況に引きずりこまれているとも言える。

「今回もあらゆる手を模索しますが、門馬の自滅は期待しないほうがいいでしょう。あれは夜の店に連れていっても、鼻の下を伸ばしてるだけで羽目は外さない。私相手にも弱みを握らせようとしない慎重なところがあります。井筒の姿を見ているだけに、選挙戦中は当然警戒してくるでしょう。こちらもまずは、どぶ板的な選挙活動で勝負することが大事です」

「もちろん、心積もりはできてますよ」植草は言った。

「スタッフの手配はお任せください。うちからボランティア要員を出します」

 網代は言い、その手配を担う高鍬に目配せしてみせる。

「助かります」

 植草は応じた言葉とは裏腹に、それくらいはやってもらって当然だというように何でもない顔をしている。

「それから、先立つものも必要ですよね」

「それはまあ、ご心配なく」植草はさらりと制した。「ビラやポスター、選挙カーなんかは公費負担で賄えるようですし、供託金や事務所の家賃くらいは蓄えで何とかなります」

「残念ながらそれだけでは戦えませんよ。泡沫候補としてお出になるつもりですか?」

 網代の言葉に、植草は口をつぐんだ。

「今、門馬が重鎮議員の桐谷に急接近して民和党県連の推薦を得ようとしてますが、これを阻止しないと、植草さんは泡沫候補に成り下がります。県連内に味方を作って保守分裂の構図に持ちこむためにも、各所にそれなりの心づけを配らないといけません」

「なるほど確かに」植草はあっさりと理解してみせた。「しかしそれは、私の号令でやるわけにはいきませんね。叔父貴と相談して、いいように計らってください」

 植草に澄まし顔で役目を押しつけられ、曾根は一人、酢を飲んだような顔を見せた。

 軽薄そうに見えて、植草には策士の一面もあるようだった。曾根にも自分を引きずりこんだなりの責任を負わせようとしている。

「分かりました。そのあたりは植草さんの関知するところではないということで進めていきます」

「しかしそれは、法的にも慎重であるべきだと思いますが」曾根はそんな言い方で抵抗感を覗かせた。

「もちろん、慎重に進めます。明らかに門馬に付く人間にまで配ろうとして付けこまれるようなことはしません」

「いや、そういうことではなく……」

「曾根さん」網代は釘を刺すように彼を見る。「私も前回、門馬を支援する立場で首を突っこんでみて、そういうことまでしなければならないのかと思い悩みました。ですが、向こうが今回、それをやってきたとき、こちらだけ阿呆面をさらすことになる。指をくわえて眺めていては、県連が門馬支持でまとまるだけです」

「うん、しかし……」曾根が悩ましげに言う。「本当にそれは表に出る心配はないんでしょうね?」

「もらうほうも馬鹿ではありませんし、そこは持ちつ持たれつです。私もそのときの資金で門馬に貸付がありますが、それを表沙汰にしてしまえば今後、政治の世界に口を出すことはできなくなるでしょうから、それは別問題だと思ってます。そういう複雑なバランスで成り立っている世界です」

 曾根は何とも言えない顔をしてうなっている。

「もちろんそれは、植草さんだけでなく、曾根さんの関知するところでもありません。高鍬が万事よろしく動きます」

 そう言い足すと、曾根はほっとしたように「なるほど」とうなずいた。「仕方がないですね」

「それに、もし万が一、こうした動きがめくれかけたとしても、捜査の手が伸びるかどうかは曾根さんご自身がコントロールできる問題じゃないですか」

 網代が言うと、曾根は再び表情を強張らせた。

「いや、そんな簡単な話では……」

「叔父貴なら何とかなるでしょう」植草が代わりに請け合うように言った。「選挙案件は捜二の担当ですし、捜二の課長はこれもキャリア組が就いてますから、叔父貴がそれとなく言えば、どうとでも動いてくれますよ」

 曾根は反論する気も起きないという様子で植草を見た。網代は彼の無言を了解の返事と受け取ることにした。

「よろしくお願いします」

 

 翌日から高鍬が率いる対策チームによる民和党県連の切り崩し工作が始まった。

 チームは昨年の市長選でも動いていたので、県連の面々とは顔が通じている。前回は民和党推薦の門馬対野党支持の井筒という構図だったので、話は難しくなかった。

 ただ、そんな中でも、門馬に対する支援姿勢は安定したものではなかった。桐谷の周辺ではIR問題を理由に門馬を忌避する動きがあった上、門馬の無責任な市政にうんざりしてほかの候補者を立てようと模索する一派もあった。それらをまとめるためにそれなりの実弾が投入された。

 今回はそうした前回の支援姿勢の濃淡を参考にして、門馬に遠い者から一人一人落としていった。

「桐谷は今回、門馬への推薦で県連をまとめようとしてるそうですが、これはもう無理筋と見ていいでしょう」高鍬は工作の手応えをそう語った。「県連の中でも、今回の門馬の行動には眉をひそめる人は多いです。前回とは逆にそれを推そうとする桐谷も冷ややかに見られてますし、我々もそういう見方を広めています」

「桐谷は前回、門馬が市長になるくらいなら井筒のほうがましだと広言してたくらいだからな」網代は桐谷の節操のなさをあげつらって冷笑する。

「県連内でも人心は離れて桐谷の力は落ちてきています。代わりにあきさんに近づこうという人が早くも増え始めています」

 徳永明雄は徳永一雄の次男であり、子息の中では唯一政界入りしている。県連は横浜市議団と神奈川県議団、そして神奈川選挙区の国会議員で構成されているが、明雄は徳永の秘書を経て、今は神奈川県議を務めている。徳永が権勢真っただ中だったのでそれほど目立ってはいなかったが、後継者として歩みを進めているのは明らかだった。

 本当はこの明雄を市長選に担ぐことができれば話は簡単なのだが、彼は徳永亡きあとの衆院補欠選挙に出馬する意向を内々に示しているとされる。順当な出馬であるし、選挙はおそらく圧勝するだろう。

 網代も徳永を通じて明雄と面識はあるものの、彼の時代はまだ先だと見ていて、深く交わるのはこれからというところだった。しかし、その見通しは大幅に修正する必要がありそうだった。

 明雄は四十手前であり、県連をまとめていくには力も経験もまだ足りない。それでも、この男を掌中に収めておけば、二十年、三十年と、横浜のことも国のことも手を突っこみやすくなることは確実であり、IR推進の旗頭に立ってもらうにも最適な人物とも言える。早急に関係を構築しておく必要があった。

「俺も会おう。席を作ってくれ」

 網代の一言で高鍬が動いた。話はすんなり決まり、二月に入った金曜、よく使う山下町の日本料理の店で会食の席を持つことになった。網代としてはうんの呼吸で明雄が応じたように感じられた。

 その日、高鍬とともに社用のリムジンで山下町に向かった網代は個室で明雄を出迎えた。明雄は個室に入ってくるなり、「いやあ網代さん、その節は」と、にこやかに握手を求めてきた。

 母親譲りで線は細いが、独特の人懐っこさは父親の気質を受け継いでいる。

「四十九日も明けて、私も前へと進んでいかなければなりません」

 明雄は乾杯して酒に口をつけるなり、宣言するように言った。

「頼もしい言葉を聞けて何よりです。お父上は天下を取られてこれからというときでした。その無念を晴らし、ご遺志をお継ぎになるのであれば、私どもも変わらず応援して参りたいと考えています」

 網代の言葉に明雄は嬉しそうにうなずいた。

「去年の総裁選のあと、父に会ったとき、網代さんのおかげで勝てたと申していたのが、ずっと頭に残っています。今となっては、何かあったときには網代さんに頼れという親父の教えではなかったかと考えています」

「総理にはこちらのほうこそお世話になりました。お父上が駆け上がった場所まで明雄さんを押し上げていくのを私の夢とさせていただければ本望です」

「なかなか道は遠いでしょうが」明雄は自虐気味に言った。

「謙遜はほどほどに」

「いやあ、謙遜といいますか……」

 自信のなさを覗かせる明雄に対し、網代は首を振ってみせる。

「弱気はもっといけません。これから先は相手になめられるだけです。門馬がIR撤退に寝返ったのは、明雄さんをなめているからです。後継が明雄さんになることくらいは彼も分かっているでしょう。けれど、それなりの力を持つのはまだまだ先だと思っている。ならば桐谷を味方につけたほうが賢いと思って、盛大にケツをまくった。ああいうやからを許してはなりません」

「門馬は許せませんね」網代に焚きつけられて、明雄は目つきを険しくした。「これだけの裏切りを見せておいて、お別れの会では盟友として弔辞を読みたいと申し出てきたそうです。一国の総理の弔辞を読めるような分際かと、党のほうでも呆れる声が上がってましたよ」

「植草さんにはお会いになりましたか?」網代は訊いた。

「高鍬さんのご紹介で挨拶をいただきました」

「まず、誰よりも先に会っていただきました」高鍬が明雄を立てるように言った。

「気概に満ちた方ですね」明雄は植草をそう褒めた。「この急場で職をなげうって戦うことを決めた思い切りのよさは、きっと門馬の脅威になるだろうと私も期待しています」

「今回は明雄さんの名前を売る機会でもあります」網代は言う。「おそらく桐谷は無理やりにでも党の推薦を門馬に付けようとするでしょうが、やすやすとそれを許してはなりません。保守分裂の構図を作ってください。一方の先頭に明雄さんが立ってそれをメディアが取り上げれば、自然と明雄さんの存在がクローズアップされて四月の補選にもつながっていくはずです」

「私自身の戦いもすでに始まっているわけですね」明雄は呑みこみよく言った。

 徳永が死に、門馬が反旗を翻し、一時はどうなることかと思ったが、網代は先行きの手応えを感じつつあった。むしろ明雄と植草のほうが動かしやすく好都合だとも言えた。

 高鍬も同じことを言いたいのか、網代にそっと視線を向けて薄い笑みを口もとに覗かせた。

 

「本日は有意義な時間をありがとうございます」

 会食を終え、明雄を店の前で見送る。

「こちらこそ。また今度は植草さんを交えて飲りましょう」

 明雄も気分よさそうに応じ、ハイヤーに乗りこんだ。

 頭を下げ、ハイヤーが消えたところで店に戻ることにした。

 きびすを返したそのとき、向かいの居酒屋のビニールカーテンで覆われたテラス席に座っていた男たちが、不意に立ち上がって外に出ようとしてからまた座り直したのが目に入った。それが妙に引っかかり、網代は店に入ってから外を振り返った。

「何か?」高鍬が目ざとくその様子を見咎めた。

「いや……」

 今日は大きな収穫を得て少し酔っている。そのせいで何か自分の中のセンサーが誤作動を起こしたようにも思え、網代は気にするのをやめた。

「市議、県議の類は自己主張の多い偏屈者ばかりで、なかなか扱いにも困るんですが、明雄さんはやはり血筋がいいので、物分かりもよくて助かります」

 個室に戻ると、高鍬は飲み直しの酒を網代に注ぎながら言った。

「自信のなさが表に出るのが玉にきずですが、裏表がないので、人望はあります」

「これから場数を踏んでいけば、戦う顔にもなってくるだろう」網代は注がれた酒に口をつけて言う。「そう育てていけばいい」

 リムジンの運転手から店の前に着けたとの連絡が入り、網代たちは店を出ることにした。

 二月の夜は締めつけるような寒気が下りていた。

「足もと、お気をつけください」

 店の者の見送りの言葉に手を上げて応えながら外に出る。

 そう言えばと向かいの居酒屋に目をやったが、テラス席に座っていた男たちの姿はすでになかった。

 運転手がリムジンの後部座席を開けて待っている。

 寒風が首筋を撫でる中、足早に乗りこもうとすると、車の後ろのほうから不意に三人の男が棒を振りかぶりながら無言で走り寄ってきた。

 彼らの濁ったような目を見て、網代の背筋に冷たいものが走った。身体はアルコールで痺れていて、彼らが間近に迫ってくるまで、ほとんど何の防御態勢も取れていなかった。

 先頭の男が鉄パイプと思しきもので殴りかかってくる。

 高鍬が網代の前に割って入った。彼はSPも使う防弾バッグを携帯しており、それを広げながら掲げて襲撃者の一撃を受け止めた。

 店の女将の悲鳴と高鍬の怒声が交じり合うようにして上がった。高鍬は襲撃者を押し返したが、後ろの者も波状的に攻撃に加わり、バッグに鉄パイプが打ちつけられる音が鳴り響いた。

「行ってください!」

 高鍬に言われるまでもなく、網代は一人、リムジンの後部座席に乗りこんだ。運転手が慌ててドアを閉め、運転席へと回りこむ。

 車が急加速で発進した。

「大丈夫でしたか?」

 運転手が気遣って訊くのに対し、網代は「ああ」とだけ短く返した。この男は網代の裏の顔など何も知らず雇われているだけに、さぞ肝を冷やしたことだろう。

「警察に通報しましょうか?」

「いい。女将がやってるだろう」

 素人だったなと網代は酔いの醒めた頭で思った。

 先頭の男は体格こそよかったものの、鉄パイプを振り回す姿勢には明らかに腰が入っていなかった。それが斬りこみ隊長なのだから後ろの二人は言わずもがなだ。

 外見からしても巷のちんぴらのようなとがった雰囲気はなかった。ただ目つきには興奮も緊張もうかがえず、ゾンビのような濁りがあるだけで、それが逆に不気味さを生じさせていた。

 どちらにしろ、高鍬が防がなければ、網代は滅多打ちに遭っていただろう。

 実行犯が誰であったとしても、襲撃を企てたのは〔財慶会〕の片平に違いないと思った。理由は植草擁立の動きに対する牽制以外に考えられないが、門馬や桐谷ら政治の世界で生きている人間は、こうした暴力的な実力行使の手段は選ばない。

 街頭演説のテロ事件から目に見えた摩擦が起こり始めているのだ。この先、どこかで激しい衝突があるのを覚悟しておかなければならない。

 

 翌朝、高鍬が何事もなかったかのような顔をして社長室を訪ねてきた。とはいえ、左手の指を骨折したらしく、包帯を巻いていた。

「車が行ってしまったことで連中も攻撃をやめて逃げていきました」高鍬は淡々と報告する。「ただ、女将が一一〇番してしまい、しばらく警察の相手をさせられる羽目になりました」

「ご苦労」網代は短く彼をねぎらった。「危うくあんなシャバい連中に袋叩きにされるところだった」

「社長のおかげです」高鍬は言う。「明雄さんの見送りに出た際、外の様子を気にされていたので、多少の心の準備ができていました」

 抜け目がない。八手や薮田であれば腕力で蹴散らかすかもしれないが、神経を働かせることでああいう場を切り抜けられるのは、やはりこの男か淡野かということになるだろう。

 網代は神奈川県警の曾根に電話をした。

「昨日、山下町で何者かの襲撃を受けました」網代は挨拶もそこそこに、そのことを話した。「おそらく相手はIRの反対派です」

〈えっ?〉曾根は絶句してから、〈お怪我は?〉と確かめてきた。

「大丈夫です。高鍬が私を守ろうとして少し指を痛めましたが、大したことはありません」

〈そうですか。それはよかったですが……〉「私はすぐにその場を離れましたが、店の女将が一一〇番したということで、警察が来たようです。被害はありませんし、面白おかしく報じられても困りますから、この件は曾根さんのほうで収めてもらえますでしょうか」

〈事件化しないということですか?〉

「逮捕はしなくてけっこうです。ただ、実行犯が何者だったのかは、調べがつき次第、教えてもらえれば」

 曾根はしばらく考えあぐねるように沈黙していたが、結局、〈分かりました〉と応じた。〈何とかしましょう〉

「お願いします」

 網代は電話を切り、警察への手当ては済ませたという意味をこめて高鍬にうなずいてみせた。

「実行犯はやくざでも半グレでもなさそうでしたが、仕掛けたのは〔財慶会〕の片平ではないかと思います」

 高鍬の言葉に、網代は分かっているというように、もう一つうなずいた。

「テロのあと、目立つような動きをしにくい中で、無理やり動いてきたようなやり口だ。逆に言えば、どういう状況だろうと、大人しくしてると思ったら大間違いだと言いたいんだろう」

「しつこく動いてきますかね?」

「普通ならこちらも警戒するのは明らかだから様子を見てくるだろう。選挙戦に突入すれば、状況次第でまた何か仕掛けてくるかもしれんが」

「慎重に探っておきます」高鍬は言った。

 二日後、曾根からこの件についての返答の電話がかかってきた。

〈三人、いずれも生活保護受給者です。金が入るとパチンコに直行する。事件翌日も嬉々としてパチンコを打ってたそうです〉

 借金もあるらしい。それぞれ互いに面識はないようだが、襲撃を企てた者からすれば、この手の人間を用立てるのに手間はいらないだろう。

 三人は話を持ちかけてきた人間についても面識がなく、人物の特定につながるような供述はしていないという。その点について網代は何も期待していなかったので、失望感はなかった。片平の仕業であることにはほとんど疑いを持っていない。

 日がな一日、台の前に座っているだけの人間を使うからには、成功確率も低いことは承知していただろう。半分は植草擁立に向けて突き進む網代への威嚇にすぎず、かつて淡野をしつこく襲撃したような警告的意味合いのものと同様なのかもしれない。あるいは、こういう連中を実行犯に使うことで、パチンコ業界の後押しを受けての行動であることをメッセージとしてこめたかったかと皮肉混じりに思わずにはいられない。

「お知らせいただき、ありがとうございます」網代は曾根に礼を言った。「この犯人……」そう言いかけて、言葉を止める。

〈何か?〉

「いえ……」

 裏で〔財慶会〕が動いていると思われ、県警のほうで監視を強めてほしい……そう言おうとして思い直した。

 網代が言えば、曾根はその通り対応し、〔財慶会〕を締めつけてくれるだろう。今回の件で収穫があるとすれば、曾根が網代の意に従って県警の現場を動かしてくれるのが分かったことだ。彼はもはや網代と一蓮托生を覚悟していて、職分を逸脱する行為にもためらいがなくなりつつある。

 しかし、片平は簡単な男ではない。組織が警察に締めつけられていても、裏で巧みに動いてこちらの活動を妨害してくる可能性は十分ある。先々を考えれば、網代のほうから片平に会談を持ちかけ、何らかの取引を提案することも考えなければならない。そのとき、警察に近くをウロチョロされていては動きにくくなる。

「大丈夫だとは思いますが、万が一にも植草さんに危害が及ばないよう、選挙戦では警察のフォローをお願いします」

 網代は警察の目をそこに集中してもらうことにした。

〈分かりました〉

 曾根も当然だとばかりに応じた。

 

 

(つづく)