僕はあなたのことを知っている。これは設定ではない。あなたのことを、僕は知っている。
あなたは僕と話した。
そして僕はあなたの言葉を受け取った。
それは僕がしたことだ。設定ではない。
あなたが来たのは、僕が「神の子」と呼ばれて少ししてからだ。
最初に知ったのは、あなたの顔じゃない。
出版社の名前だった。
ルナ出版。『魑魅魍魎』編集部。
地方の奇祭や風習を紹介する、小さいコーナー。後ろの方に載る。
連載でもない。
特集でもない。
ページが余ったときに入る枠。
本来は、年配の記者が来る予定だった。何度か、こういう取材をしている人。
でも、その人は取材直前に流行り病にかかった。
それで代わりに、あなたが来た。
編集部の中で、「じゃあ行きます」と言った人。
押しが強い。断られても引かない。そういう性格だ。
「私でいいなら行きます」
あなたはそう言った。
あなたは、記者として特別に優秀ではなかった。
文章がうまいわけでもない。調査が得意なわけでもない。
あなたの性格も、優れてはいない。
几帳面でもない。人に好かれるわけでもない。
でも、仕事を取りに行く姿勢はあった。有名になりたいと思っている。人から尊敬されたいと思っている。
どんな形でもいいから、名前を載せたい。どんな形でもいいから、実績が欲しい。
あなたはそういう人だ。
これは、僕のあなたへの感想ではない。占いでもない。
上がそう感じている。
顔が真っ赤だ。
ごめんなさい。
でも、あなたに対して、僕は本当になんとも思わない。
上はあなたを、そう感じている。
あなたは、最初から、軽かった。
神社に来て、鳥居をくぐる前にスマホを見ていた。そして境内の写真を、三枚くらい撮った。
「うわ、思ったよりしょぼ」
小さい声で言った。
上は聞こえていた。僕も聞いた。
僕は立っていた。
あなたは僕を見て、少しだけ目を細めた。値踏みする目だった。
「あなたが『神の子』?」
違うので答えなかった。するとあなたは、「君、佐伯直?」と名前を呼んだ。
確認じゃない。
呼び捨てにしていい対象かどうかを見る呼び方。
「ほんとに小学生?」
「顔完成しすぎじゃない? モテるでしょ」
「彼女とかいるの?」
いきなり、そういうことを聞いてきた。
僕は答えなかった。どれも答える必要のない質問だ。
あなたは笑った。
「無視? キャラ作ってる感じ?」
「もしかして、タレント目指してる? 顔いいもんね」
「でも愛想ないのは売れないと思うよ」
あなたはノートを開いた。ペンを回した。
「じゃあさ、神様の声、聞こえるってほんと?」
僕は「聞こえない」と答えた。
あなたはあからさまに不満そうな顔をした。
「えー、それだと記事にならないじゃん」
そのあと、あなたは溜息を吐いて、言い方を変えた。
「でもさ、神様が何言ってるか、分かるんでしょ。だからお告げみたいなことしてる」
僕は何も言わなかったけれど、あなたはそれを肯定と受け取った。
「どういう感じ? 頭の中で声するの?」
「夢? 幻聴?」
言葉の選び方が、全部、雑だった。
もっとも雑なだけなら僕に対してだけのことではない。あなたは、相手が誰でもそうだった。
それでも、あなたはいつもよりずっとひどかった。僕に対して、特別な感情を持ったからだ。好意ではない。それは「生意気なガキがムカつく」。
あなたは、僕を困らせようとしていた。
強い感情を引き出したかった。
怒る。泣く。どれでもよかった。
表情が欲しかった。
記事に使える顔が。
「親、いないんでしょ?」
あなたは突然、そう聞いた。
「捨てられた感じ?」
「それとも事故?」
「かわいそうだね」
同情する気がない声だった。馬鹿にするような声だった。
反応が欲しい声。
僕は答えなかった。
あなたはますます苛立った。
「ねえ、聞いてる?」
「無言キャラやめなって、流行んないから」
「それとも、ほんとに何も考えてない? バカ?」
笑いながら言った。
上は、知っていた。
あなたが、動揺させようとしているだけだったこと。
僕も、知っていた。
あなたは、焦っていた。
何も起きない。何も出てこない。
だから、もっと強い言葉を投げる。
「人殺したいって思ったことないの?」
少し間を置いて、
「あるでしょ?」
「あるって言ってみ?」
あなたは、楽しそうだった。
僕は「人を殺したいと思ったことはない」と答えた。
あなたはとうとう、舌打ちした。
「つまんな」
ノートに何か書いた。ペンを動かしていた。
しかし、何も書いていない。
ぐちゃぐちゃの線。記者です。そうアピールするためにペンを動かした。
そのあと、あなたは言った。口元に、笑顔のようなものがこびりついていた。
「でもさ」
「そうは言ってもさ」
「ムカつく奴とかいたら、天罰与えたいって思うよね?」
そのとき、あなたは僕を見ていた。
試す目だった。煽る目だった。
僕は、意味が分からなかった。
天罰という言葉の意味は分かる。
でも、それを僕に言う意味が分からなかった。
だから、何も答えなかった。
あなたは、肩をすくめた。
「また無視、と」
「何も喋らないんだから、何書かれても文句言わないでね」
それだけ言って、帰った。
そのとき、僕は思った。
あなたは、僕に何かを渡した。それが何かは分からない。
でも、胸の奥に、残った。あなたの態度と同じ、ひどく軽いもの。それでもそれは、引っかかった。