私は、良い子でした。正確に言うと、ずっと良い子であろうとしてきました。こう言うと、良い子を演じて辛かったのだと思われそうですが。
それ自体は、別に苦じゃなかったんです。元々、決まりごとを守るのは当然だと思っていましたから。大人が——社会が決めたルールには反発心は湧きません。
幼稚園のころから、先生に言われたことはきちんとやりました。ものを忘れたことはありませんし、お道具箱の中もいつも整っていました。小学校に上がってからも、それは変わりませんでした。
忘れ物をしない。提出物は出す。宿題は早く終わらせる。
授業を真面目に聞き、行事には積極的に参加する。
掃除当番のときは率先して動いて、隅々まで綺麗にしました。
当然、褒められました。
『ミカちゃんはしっかりしてるね』
『偉いね』
『矢田部さんがいてくれると助かるわ』
そういう言葉は、何度ももらいました。
でも、それで話が終わるんです。
『しっかりしてるミカ』以外の言葉に、発展しないんです。
頭のいい子がいました。テストで百点を取り続けるみたいなことじゃなくて、それよりもっと、みんながざわつくような、明らかに分かりやすい利発な子。
それと、運動が得意で、みんなのヒーローになるような子。
絵がうまくて、夏休みのコンクールで賞を取る子もいました。
何も言わなくても皆ついて行く、リーダーシップを発揮する子もいますよね。
そういう子には、役割とストーリーが与えられます。
確かに、優等生でした。でも私は、そういうタイプではありません。
テストで九十点台を取り続けるようなタイプです。リレーの選手にもなれない。芸術の才能だってない。
だから、みんなの中での私はいつも、そこそこ出来が良くて、手伝いをしてくれて、忘れ物をしない、それだけの人間でした。
たとえば、学級委員を決めるとき。
私の名前が挙がることもありました。でも、それは「委員長」の役割を持つ子が嫌いな子が、私に入れているだけ。
教室の空気が『あの子に任せておけば大丈夫』という方向ではないんですよ。
私が任されるのは、もっと面倒な、校外学習で大人の人に話を聞く係、とかです。
『ミカなら、やってくれるよね?』
そう言われることはあっても、
『ミカにお願いしたい』とは言われない。
その違いに気づいてから、胸のあたりがずっと——モヤモヤ、というと軽い。でも、痛いわけではない。
私は、家の中でも、同じでした。
兄がいます。年は二つ上で、少し……いや、かなり素行が悪い、と言われていました。とはいえ、凶悪犯罪者ではありません。万引きとか、夜遊びとか、そういうよくいる悪い子です。
家の中の会話の九割は、兄の話題でした。
『また先生から電話が来た』
『なんであんな子に育ったのか』
『お父さんに恥をかかせている』
両親は、兄のことでいつも頭を抱えていました。
記憶の中の両親は、怒っているか、ため息をついているか、そのどちらかです。
私は、その横で、静かに勉強をしていました。
テーブルの端っこで、教科書を開いて、ペンで印をつけていました。
テストで多少いい点数を取っても、兄の問題行動の前には、ほとんど空気みたいなものです。
『ミカはしっかりしてるから』
『ミカに手がかからなくて助かった』
両親が私に言う言葉は、たいていそういうものでした。
何度も言いますけれど、それ自体が嫌だったわけではないんです。
『助かる』と言われることは、悪いことじゃない。『しっかりしている』と言われるのは、嬉しい。
でも、あるときから気づいたんです。
私は、理解されていない。
私が何を考えているか。
何を好きで、何が嫌いで、何を怖いと思っているか。
そういうことを、誰も、知ろうとしませんでした。
兄のことは、詳しく分析されます。
『なんでそんなことをしたの』
『どういう気持ちだったの』
『どうして、ちゃんとしないの』
兄の気持ちは、問い詰められ、解析され、反省を要求される。
そのたびに、両親は兄をよく見ていました。
どんな目でも、見ていることには変わりがありませんでした。
私は、見られることも、問われることもありませんでした。
『ミカは大丈夫』
『ミカはどうすればいいのか分かってる』
『ミカに心配はいらない』
最初は誇らしかった。
でもね、よく考えてみて下さい。
これは、
『ミカのことを考える必要はない』
ということです。私のことは、どうでもいい。だって、放っておいても、何も変わらないから。
学校でも、勿論、同じですよね。
係決めや、イベントの準備のとき。
クラスの誰かが揉めます。やりたくないとか、面倒とか、そういう理由で。
そういうとき、先生が最後に頼るのは、たいてい、私です。
『ミカ、悪いけど、これもやってくれない?』
私は、断りません。
断ったことがありませんでした。
自分でやりたいと言ったわけではないけれど、断ると、面倒ごとが増えることは知っていましたから。
私が引き受ければ、教室の空気は落ち着きます。
先生もほっとした顔になります。
その場は、うまく回ります。
でも、あとには何も起こらない。
『ありがとう』と言われても、それ以上の繋がりにはならない。
私の机の周りが賑やかになることはない。
放課後、教室で遊ぶグループの中心に、私はいない。
私はいつも、『いないと困るけど、なくてはならないわけではない』位置にいました。
それは、分かる人にはきっと分かる感覚なんだと思います。
でも、分からない人には、一生分からない種類の、薄い痛みです。
薄いんです。そうです。だから、そこまで不平があるわけではなかった。
世の中には、そういう立ち位置の人間も必要なんです。
主役じゃなくても、端役として舞台に立てることは、素晴らしいこと。悪いことをして他人に迷惑をかける奴らなんかより、ずっとずっと、良い役。
実際、私はこの役割に向いています。
人をまとめるより、人の話をまとめる方が得意でしたし、何かを企画するより、準備や後片付けをする方が楽でした。
わざわざ自分から「さびしい」と言葉にするほどの悲しみでもない気がしていました。
世の中には、もっとひどい目に遭っている子がたくさんいます。虐められていたり、殴られていたり、家に帰れなかったり。
そんな低いところと比べるまでもなく、私はほとんどの子たちより運動も勉強もできるので、この気持ちなんて、些細なもの。贅沢な悩みかもしれません。
でも、やっぱり、消えません。どうしてだろう。
もちろん、悪役にもなる気はなかったです。
悪いことをして注目を集めるなんて、思いもしなかった。
それをするのは、兄の役割です。というのもあるし、非行するほど強い感情がなかったんです。
だから、私の中にずっとあるのは、諦めの気持ち。
このままずっと、生きていくんだろうな、という。
でもね、ある日、それが終わりました。