この連載も今回でおしまいである。ということで、本誌を発行している双葉社にまつわる秘話で、最後の幕を下ろすことにしよう。

 時は2009年、双葉社に勤める友人から電話をもらった。彼の先輩社員が社内で自身のロッカーを片付けたところ、古びたビデオテープを見つけた。その表紙には「TBS 同棲時代」と書いてある。何が録画されているか観たい。だが、テープの型式が今とは異なるので、家庭用のビデオデッキでは再生できない、という。

「TBS 同棲時代」。そう聞いた瞬間、胸が激しく高鳴った。それは、弱冠25歳の沢田研二が初めて主演したテレビドラマの題名であり、制作したTBSにも映像が残っていない「幻の番組」だと知っていたからだ。

『同棲時代』は1973年放送の単発ドラマ。内容は青春恋愛もので、互いに惚れて一緒に暮らし始めた若い男女の日常と、その平凡な日々のなかで起きる、小さな気持ちのすれちがいを描いている。

 主人公のカップルに扮したのが、ソロ歌手として歩み出して2年目の沢田研二、そしてその前の年に、映画『女囚701号 さそり』で復讐に燃える囚人を演じて気を吐いた梶芽衣子。脚本は、頭角を現して間もない山田太一が書いた。放送は日曜の夜で、難攻不落と言われた、NHKの大河ドラマにぶつけた意欲作だが、視聴率は11パーセントで関係者の期待を下回った。

 このドラマが作られた当時は、まだビデオカメラは大きくて動きが悪く、屋外での撮影は難しかった。しかし、スタッフはラストシーンでカメラを屋外に持ち出して、主人公のカップルが陸橋で会話する様子をとらえた。

 その映像は臨場感たっぷりで、真冬の澄み切った空気が画面から伝わってきた。早朝のやわらかな日差しを浴びながら、楽しげに語らう沢田研二と梶芽衣子。その横顔が、ぞくぞくするほど美しかった。以後、沢田は歌手だけでなく演じる仕事にも積極的に取り組んだが、その原点が『同棲時代』である。

 また演出を手がけたりゆう政美(当時TBS)は、沢田の才能に惚れこんだようで、9年後に彼の主演で『陽のあたる場所』を企画演出。原作はT・ドライサーの小説『アメリカの悲劇』で、沢田は、その野心の強さゆえに破滅してしまう貧しい青年を見事に演じ切った。

 話を『同棲時代』にもどそう。

 私は見つかったテープをTBSで働く知り合いに預け、何が録画されているのか確かめてもらった。

 すると、中身はやはり沢田主演の『同棲時代』だった。しかも、36年前に録られたとは思えないほど、映像が鮮明だという。テープはそのままTBSの映像資料室に収められ、保存されることが決まった。

 では、なぜテープが双葉社で見つかったか。

 同社が発売している雑誌に、『同棲時代』の原作である、上村一夫の手になる同名の劇画が連載されていた。それは「同棲」が流行語になるほどの大人気で、その劇画がドラマ化された際に、録画テープが資料としてTBSから双葉社に贈られたらしい。

 しかし、そのころはホームビデオが普及する前でそのテープを鑑賞する手段がなく、テープは担当編集者のロッカーに仕舞われたまま、長い年月が過ぎてしまった。

 かつてはビデオテープが高価なために、テレビ業界では、番組が放送されると、その上から新たに録画して使っていた。そのために、1970年代の後半より以前のビデオ番組は、再放送の機会がなかったものほど、どの放送局にもテープが残っていない。加えて「番組を後世に残す」という発想も、そのころのテレビ業界には欠けていた。

 とはいえ、遅まきながら古い映像の収集を始めた放送局もある。

 NHKはかなり前から専用の窓口を設けて、同局が作った番組を録画したテープの提供を視聴者に呼びかけているのだ(ただし、1981年以前に録ったものに限定)。また、制作スタッフや出演俳優が寄贈したテープも数多く、公式サイトで最新の情報を発信している。近くは俳優の桃井かおりが、自身の出演したドラマの録画テープを何本も提供した。

 大勢の協力により映像が見つかった番組たち。そのなかから連続人形劇の『プリンプリン物語』が、去る1月から地上波のEテレで再放送され、往年のファンを喜ばせている。

 さて『同棲時代』のその後だが、うれしい展開が待っていた。発掘された映像が、2013年5月に、CSのTBSチャンネル2にて放送されたのだ。例のテープがTBSに収められて、4年目のことである。

 またその際に、映像が見つかったいきさつを紹介したミニ番組も制作放送され、テープを救い出した友人が証言者として登場した。彼の名は、中島かずき。演劇ファンはその名をご存じだろうが、私より1歳上の元書籍編集者で、観客動員数日本一を誇る、劇団☆新感線の座付き作家でもある。

 彼いわく、テープの箱に貼られた「TBS 同棲時代」の文字を見た瞬間、貴重なものかも知れないと直感し、中身を確かめた方がよいと思ったという。彼も、沢田研二主演の同名ドラマを覚えていたのだ。

 もしテープの発見者が彼よりうんと若い人だったら、その価値に気づかぬまま、テープを捨ててしまったにちがいない。そう考えると、今回の映像発掘は「幸運」の一語に尽きる……と、ここで紙数も尽きてしまった。

 では、またどこかで!