若き日のビートたけし、明石家さんま、島田紳助らお笑い芸人たちが、絶対王者の裏番組『8時だョ!全員集合』(TBS)に戦いを挑んだ。そしてついに視聴率で上回ったのが、フジテレビの『オレたちひょうきん族』だった。1982年のことである。

 一番のお目当ては、特撮ヒーローものをパロディ化した「タケちゃんマン」。正義の味方タケちゃんマン(たけし)と、悪の化身ブラックデビル(さんま)が毎回、ギャグをちりばめつつ戦った。ところがブラックデビル(以下BD)は、登場して1年ほどで急死。まだまだ人気があったので、本当に驚いた。

 その回の主人公は、某テレビ局の北野プロデューサー(実はタケちゃんマン)で、彼が担当する番組の視聴率が、裏番組の猛追により急降下。そこで北野は、番組が生んだスターであるBDが死んだ、とのニセ情報を流す。すると視聴率は劇的に回復するが、テレビ局の社長は裏工作の発覚を恐れ、北野にBDの抹殺を命じる。それを知ったBDは怒りに震え、タケちゃんマンを倒すべく立ち上がる。

「タケちゃんマン」を演出した三宅恵介さんに会って、舞台裏について取材した。

「演者はリハーサル、本番をやって、さらにさんまさんは放送も必ず観たので、視聴者より先にBDに飽きていた。でも、さんまさんはその後も番組に出るので、気分転換も兼ねて、BDを殺すことにしたんです」

 BDは、タケちゃんマンとの激闘の末に息絶える。口から流れるひとすじの鮮血を見たタケちゃんマンが、悲しげにつぶやく。「お前にも、オレと同じ赤い血が流れていたんだな……」。自らの保身のためにBDの命を奪ったことを悔やむが、時すでに遅し。そして宿敵のなきがらを抱え上げると、彼が生まれた星へ飛んでいった。このくだりはコントとは思えぬ重々しい展開で、画面に引き込まれた。

 当時の雑誌記事には、たけしがその年に映画『戦場のメリークリスマス』に出演して〈泣きの芝居〉に開眼し、「タケちゃんマン」でもそれをやりたくなった、とある。

「ええ、そんな話をたけしさんとしましたね。だから、BDが死んでからの展開は、きわめてシリアスに演出しました。BDの遺体を運ぶ際に流したオフコースの『さよなら』は、さんまさんが希望した曲です」

 BDが命を落としたことでクビを免れた北野が、窓の外に目をやる。すると黒い雪が降り始め、それを見た彼の顔に哀しみが浮かぶ。

「死んで故郷に帰ったBDが降らせた雪だ、と感じてね。このくだりは自分で演出していても、泣けてきましたよ」

『ひょうきん族』のディレクターは5人の青年だったが、三宅が「タケちゃんマン」担当になったのは、別の番組でドラマっぽい演出を経験したのが理由だった。

「演出の基本は、俳優の石坂浩二さんから教わりました。あの方は、若いころに劇団四季で演出の経験があるから。実は石坂さんは兄の大学時代の同級生で、フジテレビに入る前から可愛がってもらっていたんです」

 三宅の一族には日舞や演劇を仕事に選んだ人が多く、本人も幼いころからピアノを習い、音楽とミュージカルを愛した。『ひょうきん族』でも、初回のエンディング曲にディズニー映画の『星に願いを』を選び(翌週から別の曲に)、「タケちゃんマン」でも、名作ミュージカルを下敷きにした回を何本も作った。

 BDの最期を描いた「タケちゃんマン」は、別の点でも衝撃的だった。それまでのバラエティー番組で、これほどテレビ界の視聴率競争を、大胆かつ自虐的に描いたものはなかったからだ。しかもBDは、その非情な戦争の犠牲者になってしまったのである。

「確かにぼくらスタッフはBDが今、死ねば話題になるだろうと考えた。残酷ですよね。タケちゃんマンはフィクションだけど、あえてドキュメンタリーの要素も入れたんです」

 笑いはドキュメンタリーである。この考え方は三宅が師と仰ぐ萩本欽一の教えで、『ひょうきん族』の構成作家、技術スタッフの大半も、萩本の番組に参加してきた人々だった。

 台本を作った上で、リハーサルや本番で予定外の面白いことが起きれば、それを放送で使った『ひょうきん族』。BDが死んだ2ケ月後には、「番組の内幕を暴く!」と題した緊急企画を放送した。絶好調の『ひょうきん族』が実は赤字続きで、視聴者にはわからない形で〈手抜き金抜き〉が行われているというのだ。「局が出す弁当のおかずが、トンカツからハムに変わった」と出演者が文句を言うと、スタッフが慌てて否定するなど、まるで報道番組のような緊迫感が漂っていた。

「実際に番組はずっと赤字でした。特に美術費に金をかけており、タケちゃんマンだけで、毎回八つのセットを作っていたので」

 スタッフはみな怖いもの知らずで、横綱の『8時だョ!全員集合』に胸を借りる気持ちで、面白ければ何でもやってやる! と燃えていた。だから本来は隠すべき〈赤字〉という事実も、臆せずに取り上げたのである。

「『ひょうきん族』は視聴率が良かったから、局が守ってくれた。たとえば営業局は、あえて提供企業の数を増やして、番組への影響力を分散してくれた。一社提供だったら、スポンサーからこちらの意に沿わない要望が出ても、受け入れざるをえなかったでしょう」

 BDが死んだ翌週に、タケちゃんマンの新たな敵が姿を現した。その名はブラックデビル・ジュニア! しかも外見までBDにそっくりな怪人である。たけしが「前と同じじゃねえか!」とツッコミを入れたが、それはお茶の間の声でもあった。その後も『ひょうきん族』は勢いづき、快進撃を続けたのだった。