今は亡き俳優・渥美清の代表作は? そう問われたら、ほぼ全員がフーテンの寅さん、映画『男はつらいよ』と答えるだろう。そのことに異論はないが、『男はつらいよ』がシリーズ化されてからも、実は渥美はかなりの数のテレビドラマに主演している。私が渥美を初めて知ったのも、その中の一本だった。

 題名は『こんな男でよかったら』(1973年)。渥美が演じたのは、自称作詞家のあまり七五郎で、その外見は銀ぶちのメガネ、口にパイプ、襟元にスカーフ、妙に丈の長いコートと、いかにもうさん臭い。この四十男を細い目、四角い顔、もじゃもじゃ髪の渥美が演じるのだから、面白くないわけがない。

 物語は、七五郎が母を捜して岐阜の郡上八幡に現れるところから始まった。このころ『男はつらいよ』は、年に2本作られるほど好調で、ドラマ『こんな男で~』も「映画『男はつらいよ』のコンビ渥美清と山田洋次監督に、脚本の早坂暁、音楽の高石ともやが加わって描く喜劇」と当時、毎日新聞が紹介している(1973年4月2日付)。制作を請け負った国際放映の担当プロデューサーだった、中山和記さんに舞台裏を聞いた。

「その新聞記事は間違いですね。山田洋次さんはドラマには関わっていませんよ。そのころ『寅さん』が当たっていたので、放送した大阪の読売テレビが読者の興味を引くために、そう宣伝したのでは?」。

 だが、企画の段階から『男はつらいよ』を意識したフシもある。故郷や家族がある寅さんに対して、主人公の七五郎には帰る場所がなく、生き別れた母をひたすら捜しつづける。七五郎は、いわば寅さんの裏返しなのである。また配役を見ると、七五郎が実母と信じる相手にミヤコ蝶々、ひと目惚れする美女に栗原小巻と、いずれも『男はつらいよ』で同じ役柄を演じた女優が起用されているのだ。出演者選びには、渥美が全幅の信頼を置いた、高島幸夫マネージャーが関わったという。

 全26回の放送予定で撮影は始まったが、途中で大事件が起きる。脚本の早坂暁が病気で倒れたのである。中山は病室へ通って早坂からあらすじやセリフを聞き書きし、どうにか10話までの脚本が完成した。だが早坂は病が癒えず、降番してしまう。「ドラマの先行きを心配した渥美さんが、俺もストーリーを考えようかと言ってくれました」(中山)。困り果てた中山は新人脚本家だった鎌田敏夫を半ば強引に口説き、どうにか最終回まで書いてもらって難局を乗り切った。

 早坂と渥美は、互いに売れる前からの親友だった。毎年2本ずつ作らなくてはならない『男はつらいよ』の撮影に忙殺され、ほかの仕事を断るようになっていく渥美。その友に、早坂はくり返し呼びかけた。「渥美ちゃん、寅さんだけじゃもったいないよ」。俳優としての才能を出しきれていないと感じた早坂は、渥美のために『こんな男で~』を書いた。だが志半ばで番組を離れ、悔いを残した。

『こんな男で~』で初めてプロデューサーを務めた中山和記はその後、実績を積み、同時に渥美、早坂と公私ともに交流を深めていく。そして5年後に、再び2人と組んでドラマを作った。2時間ドラマの先駆けとなった、テレビ朝日の『時間ときよ とまれ』である。

「ぼくがテレパックという制作会社に移ったお祝いとして、渥美さん、早坂さんが参加して下さった。渥美さんは仕事を引き受けるかどうかを決める際に、必ず台本をもらって読む。それは盟友の早坂さんについても同じで、このときも台本を読んだ上で、出演を快諾してくれました」(中山)。

 渥美が演じたのは、犯人逮捕に執念を燃やす、うだつの上がらぬ中年刑事の杉山。特に容疑者に自白させようと自宅へ押しかける場面は見せ場で、渥美は『男はつらいよ』では見せなかった、緊迫感たっぷりの芝居で圧倒した。また映像と脚本と見比べると、アドリブの名人である渥美には珍しく、全編にわたってセリフをほぼ変えていない。それだけ早坂の脚本に惚れこんでいたのである。

 だが映像を注意深く見ると、笑いを誘う動きを自ら足した場面があり、例えば部屋を出てトイレへ行く際に、「こっちですか?」と指を差して尋ねると、うっかり指先をドアにぶつけ、痛みで顔をゆがめる。この芝居は単に笑いをとるだけでなく、杉山という男の性格もうまく際立たせている。お見事である。

『時間よ とまれ』は好評で、同じ渥美・早坂・中山のトリオで、「田舎刑事」シリーズとして続編が2本作られた。「あのドラマは初めから3本と決めており、実際その通りになった。その後も、渥美さん主演のドラマを作りたくて早坂さんと何度も企画を考えたが、実現しませんでした」(中山)。その後の渥美は、病と闘いつづけたが力尽き、大切にしてきた『男はつらいよ』も48作目で終了。その1年後に68歳で亡くなった。

 渥美と早坂が組んだテレビドラマに共通するのは、太平洋戦争で受けた心の傷を密かに抱えながら、戦後の日本を生き抜いた人たちが登場すること。『時間よ とまれ』で渥美が演じた刑事も、彼が捕まえた犯人も、戦争で肉親を失った孤児だった。渥美と早坂は1歳ちがいで、敗戦を迎えたのは10代半ば。その後の日本が、過去を忘れて先へ先へと進んでいくことに憤りとむなしさを感じ、そのことが2人の絆をより強くしたのだろう。

 一世一代の当たり役に出会った俳優は幸福だが、一方で、そのイメージに縛られて損もする。渥美清もその1人である。だが早坂暁と組んだテレビドラマでは、俳優としての幅を広げようと、果敢に冒険を試みた。そこには寅さんとは異なる渥美清が、確かにいる。