音楽を取り上げたドキュメンタリー番組は、国内外に数多くある。だが、テーマを「名曲」に焦点を絞ったものは珍しい。なかでも放送が13年も続いた、BS-TBS制作の『SONG TO SOUL~永遠の一曲~』は内容が濃く、多くの音楽好きから愛された(以下、『STS』と略す)。
『STS』は、2007年から計138回を放送。1960~80年代の洋楽ヒットを毎回一曲選び、それが誕生するまでの物語を、関係者の証言を交えて紹介した。この一時間番組を企画し、計59回でディレクターを務めた、TBSスパークル所属の寺内重孝さんに話を聞いた。発想の原点は、NHKテレビで放送中の長寿ミニ番組『名曲アルバム』だという。
「『名曲~』は毎回クラシックから一曲取り上げ、その曲が生まれた土地を訪ねるという、音楽と旅がテーマの番組ですが、そのポップス版を作ろうと考えました」
企画が採用され、海外での取材と撮影の準備を始めた。だが、会いたいバンドやシンガーに取材を頼んでも、なかなか応じてもらえなかった。「現役で活躍中の人ほど、過去を語りたがらないようでしたね」(寺内さん)。そのため番組のスタート当初は、関係者のインタビューだけで構成するようにしていた。
初めて歌手本人が登場したのは、フランス人のシルヴィ・バルタンが出演した第7回の「アイドルを探せ」。さらに第8回の「ホテル・カリフォルニア」では、米国の高名なロックバンド、イーグルスのドン・フェルダーが出演し、しかも印象的なギターソロまでスタジオで弾いてくれたのだ。寺内さんは「この回で番組に弾みがついた」と語るが、初回から番組を見ていた私も、当人による「名曲の再演」には大いに興奮させられた。
アーティストへの取材依頼は、海外在住のコーディネーターなどに仲介してもらったが、当初は人脈が限られた。だが回を重ねるごとに協力者が増え、インタビューが実現する機会が多くなっていった。番組が終わってみれば、およそ6割の回にアーティスト本人が出演してくれた。加えて、国内のプロモーターやレコード会社との連携も活発になり、ロックバンドのキッスや名ギタリストのジミー・ペイジほか、新作などの宣伝で来日した人気ミュージシャンにも取材できるようになった。
現在62歳の寺内さんは大の音楽好きで、とりわけ十代を過ごした70年代には、世界中で大人気だった、英国のハードロックに熱中した。『STS』で特に思い出深いのが、そのころから敬愛している二つのバンドを取り上げた回だという。
「レッド・ツェッペリンの『天国への階段』では、録音のために使った古い屋敷の主人を、ディープ・パープルの『スモーク・オン・ザ・ウォーター』では、録音をする予定だった移動式スタジオのすぐ近くにあるカジノで起きた、大火事の目撃者を取材できました。どちらも貴重な証言で、大きな収穫でした」
もしそれが書物などで知られた事実であっても、当事者がそのことをカメラの前で語ることによって、真実味と説得力が増す。『STS』の魅力は、徹底した調査と取材、そして世界各国を飛び回る行動力にあった。
撮影は3回分を同時に進めることが多く、1回あたり5人ほどに取材したが、特にトラブルもなく、むしろうれしい誤算が多かった。
「デレク&ザ・ドミノスの『いとしのレイラ』の回では、元メンバーのボビー・ウィットロックに米国の自宅で話を聞いたが、『レイラ』に関する思い出を、非常に熱を込めて語ってくれた。その途中で、あの曲のピアノソロも弾いてくれたし。取材が終わったのは、予定の時刻をかなり過ぎていましたよ」
基本的に取材の場では、昔話を語ってもらうだけの約束。だが、アーティストが話しているうちに気分が高まり、思わずその曲を口ずさんでくれることが何度もあったという。
「そういう時はとてもうれしかったですね。もちろん番組にとってもプラスだし、一人の洋楽ファンとしても、得をした気分でした」
また作曲家や演奏家は、ほとんどの場合、楽器の前に座って取材に応じ、話の途中で曲を弾いてくれることも多かった。そのように自然体を見せてくれたのは、ディレクターによる取材現場の雰囲気作りが上手で、インタビューの進め方にも無理がなかったからだ。
寺内さんには、番組を作る上で貫いたことがある。必ずその曲が録音されたスタジオを訪ねて内部に入り、映像に収めたのだ。「すでに取り壊されている場合も、その場所を撮影して番組で紹介しました。何といっても、世界中の人たちが愛した曲が誕生した聖地ですから」。また番組内で紹介するレコードは、できる限り発売当時の物を選んだが、手に入らない場合は、インターネットなどで探し出して購入した。寺内さんの熱い語り口から、強烈な「音楽愛」が伝わった。それこそが『STS』の内容が充実した理由だと思った。
どんな名曲にも、私たちの耳に届くまでには紆余曲折があり、劇的なドラマがある。『STS』は、名曲が生まれるまでの道のりや、奇跡のような瞬間を追体験させてくれる、とても貴重な番組であった。その後、再放送もDVD発売もないのが、実に惜しまれる。
番組の公式サイトは今もあり、そこで詳しい放送内容を知ることができる。寺内さんいわく「ぜひ『STS』を再開したい。取り上げたい洋楽の名曲が、まだたくさんあるので」。夢がかなうことを期待したい。