毎回、物語の冒頭で犯行が描かれ、その時点で犯人がわかってしまうのが、実に新鮮だった。〈倒叙〉というミステリーの形式である。

 その魅力を初めて教えてくれたのが、米国製の連続ドラマ『刑事コロンボ』だった。日本ではNHKが1972年から放送。ドラマの内容だけでなく、警部補コロンボの「ウチのカミさんがね」「最後にひとつだけ」などの口ぐせも話題になった。評判はうなぎ上りで、74年から翌年にかけて大量の〈コロンボもどき〉がテレビに出現した。いつ洗ったのかわからないヨレヨレのコート、手入れをしていないモジャモジャの髪の毛。口ぐせだけでなく、中年男コロンボの冴えない外見も大げさに物真似されて、笑いを誘った。

 まずはコント番組から思い出してみよう。ドリフターズのいかりや長介は〈刑事ネコロンボ〉を演じたが、映画『犬神家の一族』が話題になると、今度は金田一長介を名乗った。なんて流行に敏感な長さん。またアイドル歌手の野口五郎は、ダジャレが得意な〈ゴロンボ刑事〉に扮したが、この名前は、自身の〈五郎〉からも取られている。

 コマーシャルでは、タレントの井上順がコロンボ風の扮装で登場し、視聴者に向かって「ウチのかみさんがね、東芝の北斗星がほしいって言うんですよ」と話しかけた。「北斗星」とは冷凍冷蔵庫のことで、これを買った人がメーカーにハガキを送ると、抽選で抱き枕がもらえた。その名前は〈ネコロンボ〉。またしてもダジャレである。

 次にドラマだが、何といっても愉快だったのが、『非情のライセンス』の左とん平である。演じた右田刑事は、風貌もしゃべりもコロンボそっくり。だが頭脳の方は、本家ほどの明晰さはなかった。この刑事が好評で、なんと、その年のNHK『紅白歌合戦』にゲスト出演。しかも火のついていない葉巻を口にくわえ、司会者から鉛筆を借りて、手帳に何やら書きこむなど、本家の細かな特徴まで真似ているではないか。さらにとん平コロンボは、長身の歌手・和田アキ子を見上げながら質問した。「あなたは男ですか?」。和田が「女です!」と気色ばみ、とん平を張り倒すと、彼はその衝撃で床を転がった。それを見て和田が「刑事コロンダ!」。コロンボは、とにかくダジャレにしやすかったのだ。

 その外見だけでなく、キャラクターにも感化された〈コロンボもどき〉が、テレビドラマに現れた。のちに長寿番組となった『太陽にほえろ!』に出演していた、山さんこと山村刑事である。

 番組が始まったころの山さんは髪が短く、感情が先走りやすく、仕事中でも雀荘で賭けマージャンに興じる無頼派だった。ところが『刑事コロンボ』が話題になると、変化が起きた。まず髪が伸び、身ぶり手ぶりが大きくなった。さらに性格も冷静沈着になり、本家も顔負けなほどの観察眼と推理力で、犯人を自白させるようになったのだ。なお山さんに扮した露口茂は、コロンボの吹き替えの候補に挙がっていたとのこと。もし露口がそのことを知っていたとすれば、どんな思いで、山さんをコロンボ化させたのか。いろんな妄想をかき立てる話である。

 本家コロンボの吹き替えを担当したのが、露口とは1歳違いの俳優・小池朝雄だ。風采の上がらぬ中年男。家族への愚痴をこぼす小市民。だがいざ捜査となると、鮮やかな手口で犯人を追い詰める正義の味方。凡人と天才という2つの顔があったコロンボに血を通わせたのは、間違いなく小池の功績である。

 その小池がTBSのドラマ『夜明けの刑事』にゲスト出演した時は驚いた。劇中でコロンボ風の刑事を演じたのだ(1975年4月放送の第27回「夢の新幹線殺人事件」)。

 女が自宅マンションの風呂場で殺され、主人公の鈴木刑事が現場を調べる。そこへ突然現れた謎の中年男(小池)。身に付けたコート、Yシャツ、ネクタイはどれも薄汚い。男が勝手に部屋を調べ始めると、鈴木がその顔を覗きこみ、声を上げる。「本庁の船越さんじゃないですか! あの名刑事で有名な!」。船越が少し照れて、右手でおでこを掻きながら言った。「とんでもない、名刑事なんて小説やテレビ番組の中にだけいるもので、そんなもんどこにもいやしない」。コロンボ人気を意識したセリフに、思わず笑ってしまった。

 物語の後半で、鈴木刑事の職場に、また船越が現れる。被害者の女は1人で風呂に入る際に、なぜ玄関に鍵をかけなかったのか不思議だと言う。さらに続けて「ウチのかみさんは男まさりのガラッパチで、住んでる家もあばら屋だけど、風呂に入る時だけは、玄関に鍵をかけますよ」。もはや完全に刑事コロンボである。他局のドラマでも当たり役を演じた、小池朝雄のしゃれっ気がうれしかった。

『刑事コロンボ』は多くのパロディーを生んだが、倒叙ミステリーを取り入れたドラマは、鮎川哲也原案の朝日放送『チェックメイト78』(1978年)ぐらいしか作られなかった。冒頭で犯人がわかってしまうと、その後の物語(刑事と犯人の対決)を作るのが難しかったのだろう。倒叙型式を大々的に使ったドラマは、フジテレビの『古畑任三郎』の登場まで待たねばならなかった。

 そういえば『スーパー刑事ボロンゴ』という米国アニメがあった。主人公である犬の私立探偵は古びたコートを着ており、名前はマンブリー。ところが、日本語版ではなぜかボロンゴと呼ばれ、探偵なのに刑事扱いされた。番組名を考えたのは、その日本語版をコロンボ・ブームの最中に放送したNHK。本家で大当たりを取った放送局も、ちゃっかりパロディーをやっていたんですね。