今から56年前に劇画として誕生し、その後『ルパン三世』はアニメ化がくり返されてきた。ところが、1971年放送の初のアニメ版は視聴率が伸びず、途中でテコ入れが行われた。そのひとつが主題歌の変更で、その新しい曲、通称「主題歌3」を歌ったのは、初代テーマ曲も担当したチャーリー・コーセイである。長らくそう思われてきたが、ある取材で当人がこれを否定した。では、歌ったのは果たして誰なのか。
2001年、私は「映画秘宝」編集部の依頼で、「主題歌3」を歌った人物を探し始めた。だがテレビ画面に歌手名が出ず、レコードも未発売。さらに音楽担当の山下毅雄は闘病中と、手がかりすら見つからない。
ダメ元で関係者たちに取材するなかで、ある人物の名が浮上した。よしろう広石。わが国初の本格派ラテン歌手、と呼ばれる人だという。しかも、アニメ版の放送から9年後に作られた、『ルパン三世』の再録音アルバムにも参加している。しかし、だからといってアニメ版でも歌ったとは言い切れない。
よしろうは本名を広石吉郎といい、1940年に大分県で生まれた。ラテンを歌い始めたのは十代で、単身で南米に渡って修業。現地で人気歌手となり、家を4軒持つほど成功した。数年ごとに日本へ帰るというよしろうに、ご自宅で話を聞くことができた。
「帰国した際に、六本木のスタジオでデモテープを作っていたら、隣のスタジオでたまたま山下毅雄先生が仕事をされていた。そのとき廊下で私の歌声を聞いて、面白い! と思って下さったようで、ある曲を歌ってほしいと頼まれました。それが『ルパン』でした」
さっそく本人に「主題歌3」を聴いてもらった。すると即座に、力強く断言した。「これ、間違いなくぼくの声ですね」。知られざる事実が明らかとなり、思わず興奮した。
「録音には少し手間取りました。ぼくはずっとスペイン語で歌ってきたから、どうしても言葉が後ノリになる。ところが山下先生は、リズムと歌詞を合わせてほしいとおっしゃるので、どうにかそのように歌いましたが、また問題が起きました。ぼくの歌声は澄んでいるので、ラテンには合うが、『ルパン』を観る子どもたちの心はキャッチしにくい、と。それで山下先生から助言をもらって、ルパン~の「ル」を巻き舌で歌ったんです」
「ルパン」の海外での表記は「LUPIN」。ところが、スペイン語では「L」を巻き舌で発音しない。しかも「主題歌3」は歌詞がわずかで、あとは「ルパン! ルパン!」と連呼するだけ。歌うのが難しく、録音に時間がかかったのも無理はなかった。
その後、よしろう証言を含む私の書いた記事が、「映画秘宝」の2001年6月号に載った。これがきっかけとなって、「主題歌3」を歌ったのはよしろう広石、という新事実が世間に広まった。
同年の9月に、よしろうが「主題歌3」を再録音することになり、その様子を見学した。都内の杉並区阿佐ヶ谷にあるスタジオに入ると、エレキギターが爆音でうなるハードロック調のカラオケに合わせて、よしろうが歌っている。小柄な人だが、歌う姿はより大きく見える。初めて聴く彼の歌声に耳を奪われ、聞き惚れてしまった。
だが当人は、速いリズムに乗り切れず、巻き舌にも苦戦している。しかし、さすがは百戦錬磨のプロである。何度か歌うと、ディレクターからOKから出た。間奏では、ラテン語で威勢よくかけ声を発したが、あれは何か。あとで本人に尋ねたら、「かけ声はすべてぼくのアドリブ。日本語で言うと、ルパンはセクシーな男だ! ルパン、もっと腰を揺らしなよ! といった意味ですね」。ラテンポップスに不可欠なのが、エロスとダンスだという。
休憩中によしろうが、偶然の再会を果たした。相手は、同じアルバムに参加していた伊集加代。彼女は、アニメ『アルプスの少女ハイジ』の主題歌などで知られる歌手で、スキャットの達人としても有名だ。よしろうと彼女は、共にジャズ歌手の水島早苗の門下生。会うのは久しぶりだそうで、しばらく昔話に花を咲かせていた。なお、このときよしろうが録音した2曲は、アルバム『ルパン三世・REBIRTH』で聴くことができる。
その後、活動の軸足を日本に移し、アルバムもこれまでに7枚を発表。収録された曲は海外の作品ばかりだが、なかにはサザンオールスターズの「いとしのエリー」を、ラテン語で軽やかに歌ったものもある。私はラテン語はしゃべれないが、日本人が歌っているとは思えぬほど発音が自然で、透明感のある声が気持ちよく響く。
3年前には、初の自伝本『YOSHIRO』を発売。波乱万丈だった海外での活動などが語られているが、そのなかで『ルパン』に対する複雑な胸中も明かしている。いわく、ぼくはあくまでもラテン歌手であり、代表作は『ルパン』ではない、と。
とはいえ、『ルパン』とは切っても切れない縁があるらしい。83年に彼が日本で作った初アルバム『センスアール・ポップス』。その全曲のプロデュースと編曲を手がけたのが、アニメ版『ルパン三世』を第2シリーズからすべて担当している、大野雄二だった(よしろうは、その事実を知らなかった)。また昨年発売のシングルCDには、新たに歌ったラテン風味の「主題歌3」を収録した。
よしろう広石、現在82歳。今も現役で、ときどきステージに立って歌っている。「主題歌3」を今一度、生で聴いてみたいものである。