日本テレビ系で放送中のドラマ『ホットスポット』が面白い。脚本はバカリズムこと升野英知、49歳。お笑い芸人の彼は、10年ほど前から脚本執筆でも才能を発揮し、連続ドラマは今回で10作目を数える。
その彼を初めて意識したのが『ミツバ学園中等部 入学案内』いう本だった。作者はお笑い芸人のふかわりょう。この初の著書のためにネタをすべて書き下ろした意欲作である。
バカリズムはデビュー3年目の23歳で(当時は二人組)、先の本では、マスノヒデトモ名義でイラストを描いた。その発想のなんと斬新で、面白いことか。例えば海パン姿のおじさんたちが様々なポーズを見せるのだが、その足首やひじなどの角度を答えよ、というのである。なおこのイラストを使った笑いは、のちに升野を人気者にしたネタ「トツギーノ」を生み出すことになる。
それから14年後。ふかわが一人でしゃべる深夜の生ラジオ番組に、升野がゲスト出演した。対話に加わった構成担当の平松政俊も、升野が新人だったころから親しく、のちに彼の単独ライブやラジオ番組にも多数参加。なごやかな雰囲気のなかで会話は盛り上がり、『ミツバ学園』の思い出話になった。
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升 野「22、3歳であの内容はすごいですよ」
ふかわ「世界で一番、自分らが面白いと思ってたから」
升 野「粗いけど、自由な発想をしてるというか」
ふかわ「頭に浮かんだこと、全部載せてる」
升 野「そうそう」
ふかわ「引き算してないからね」
(J-WAVE『ロケットマンショー』2012年6月16日放送分より)
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このときの音源を久しぶりに聴き返したが、二人の信頼関係を改めて感じた。
ふかわは、深夜番組で出会った升野と意気投合。関西芸人のようにボケツッコミの漫才はできないから、発想で勝負しよう。二人とも短い言葉で笑いをとるのが好きで、しかもそれが得意だった。先ほどのラジオ番組でも、ふかわがある話題を持ち出すと、感想を求められた升野がすぐに面白い答えを返すという、大喜利のような展開も飛び出した。
『ミツバ学園』のネタ作りは、いつも仕事終わりの深夜に、都内原宿のジョナサンで行われた(本のなかにも、店の外観を描いた、升野作のイラストが登場する)。疲れると気分転換のために外へ出て、ふかわの提案で路上ナンパを試みたが、気の弱い二人はいつも空振りだったとか。二人の絆はその後も切れることはなく、近いところでは、ふかわのエッセイ集『ひとりで生きると決めたんだ』のために、升野が推薦文を寄せている。
升野は31歳から、自作自演の一人コントを毎年舞台で披露。ここで彼の才能が大きく花開き、お笑いファンのみならず、多くのマスコミ関係者からも注目される。
さらにブログで書き始めた「日記」で、彼の文才を知ることになる。平凡なOLになりすました彼が、同僚たちとの日常を記したもので、くすっと笑える瞬間が毎回あった。例えば、やせるために時々ジムへ行く主人公だが、彼女はいつも使う器具について、必ず「自転車のやつ」「ランニングのやつ」と書く。このひと言だけで、彼女がいかにずぼらで大ざっぱな性格であるか、わかるのである。
ほどなくドラマ制作者から声がかかり、脚本を書くように。その作風は主に二つある。
一つは、優秀なドラマ脚本に与えられる向田邦子賞を得た『架空OL日記』のように、ありふれた日常から小さな笑いを拾い上げるもの。もう一つは「もし××が××だったら」という切り口で、奇妙な状況に置かれた人々の姿を描くもの。その典型が出世作の『素敵な選TAXI』、SNSでも話題になった『ブラッシュアップライフ』だ。どの作品でも登場人物の言動を笑いにまぶして描いており、しかも、そこから私たちが共感できるような人間味が伝わるのも素晴らしい。
では、彼はどのように脚本を書くのか。それまで興味がなかったテレビドラマを、勉強のために見たら、違和感を抱いた。「なんで人がしゃべってる時に、ドラマって相槌を打たないんだろうとか」。だから自分が脚本を書くときは「事細かく『うん』とか『そうだね』とか全部入れてます」。ほかにも貫いているのは「最初に状況説明をしないとか。いかにセリフの中でわからせるかでやる。独り言を言うとかはないんです」(以上、いとうせいこう著『今夜、笑いの数を数えましょう』での発言)。彼の書くテレビドラマが新鮮に映るのは、ドラマ脚本の「当たり前」に囚われていないことも大きな理由なのだ。
ふかわは、4年前に自身のブログに書いている。升野が初めて脚本を書くと知って、不安になった。果たして彼の「シュールな笑い」への愛着が、テレビの前の不特定多数に受け入れられるのか、と。だが放送を見て、彼の成長に驚いた。「お茶の間に合わせに行ってる!」。無名のころからバカリズムを追いかけてきた私も、まったく同感だった。
バカリズムを「とことん考え抜く男」と評する人も多い。確かに与えられた「宿題」をいつもきっちりとこなして、タレントとしても脚本家としても、表現の場を開拓してきた。さて、次はどんな課題に取り組むのか。彼が長めの小説を書いたら名作が生まれる予感がするので、大いに期待したい。