ここに来て、職場や学校などで生成AIを使う機会が増えているという。だが、この最先端技術とどう付き合えばよいのか、まだ戸惑っている人も多いのではないだろうか。

 今から63年前の1962年に、そのAI、いわゆる人工知能と私たちの関係を描いたテレビドラマが放送された。NHK制作の『モンスター』である。

 作者は、今は亡き小説家の安部公房。芥川賞作家であり、不条理な作風で人気を得た。また若いころから演劇への関心も強く、脚本執筆にも精力的に取り組んだ。『モンスター』を書いたのは38歳。映像は残っていないが、氏の全集で脚本を読むことができた。

 ある技術者が、完璧なコンピューターを発明して「X」と名付けた。ラブレターを器用に代筆するなど、今でいうAIのような賢さの持ち主である。これにさっそく目を付けた大企業の経営者が、技術者に接触。Xに自社の商品についての宣伝計画を立ててもらい、売り上げを増やそうというのだ。

 しかし技術者は、申し出を断る。なぜなら、Xが考え出すのは、すべての人を従わせる「絶対広告」であり、その商品を買わないという選択肢を与えてくれないからだ。しかもXには不確かさがあり、読みこむ情報によって、異なる答えが出てしまうらしい。

 最新の技術を金儲けの道具としか見ない企業家たち。作者は、彼らを現代の醜い怪物、「モンスター」と呼び、技術者のセリフを借りて警鐘を鳴らした。AIは、無限の可能性を秘めている。だが、使い方をまちがえれば人類を不幸にしかねない。その危うさを、安部は『モンスター』で描こうとしたのだ。しかも、コンピューターが世間ではまだ「電子計算機」と呼ばれていた、はるか63年も前に(なお台本には、副題として「コンピュータ時代のポエジー」と記されている)。

 ストーリーの後半で、新聞記者がXを作った技術者に質問をぶつける。

「広告や宣伝を、機械にやらせるってことになると、これまでの広告や宣伝の技術者は、どういうことになるんです? やっぱり失業ですか?」

 このごろよく耳にする疑問だが、AIの普及により自分の仕事が奪われるのではないかという不安も、作者はこのドラマで描いている。このあたりの想像力の豊かさにも、目を見張るものがある。

『モンスター』は警句に満ちた内容だが、歌や踊りが飛び出すミュージカル場面もあり、明るく楽しいエンタメ作品を目指したようだ。

 安部公房は『モンスター』と同じ年に、現在のテレビ朝日で、一話完結のドラマシリーズ『お気に召すまま』を企画監修(全二十回)。さらに脚本と原案を提供し、演出も手がけ、小さな役で出演もした。また、寺山修司や清水邦夫ら頭角を現しつつあった若手の劇作家にも声をかけて参加してもらい、それぞれの個性を競わせた。

 シリーズの初回を飾った「あなたがもう一人」は、安部が脚本を担当。これも氏の全集に収められていたので、目を通してみた。

 主人公の女子大生は面倒くさがりで、あるとき自分と同じ働きをする、自分に似た容姿のロボットを店で入手する。女子大生が望むとおりに、きちんと家事をこなすロボット。ところが、ほどなくして勝手気ままに動き出すようになり、女子大生の恋人とデートの約束を取り付け、さらに交際を始めてしまう。

 物語のおしまいで、ロボットに恋人を奪われた女子大生は「とられてしまったんだわ、なにもかも……」と絶望し、「じゃ、いいわよ、私が死んでやる!」とつぶやく。

『モンスター』と同じく、ここでも作者は科学技術の進歩に対して、希望だけでなく、そこに潜むマイナスの側面も描いている。「あなたがもう一人」の時代設定は2013年。つまり今から12年前の物語だが、そう遠くないうちに、主人公の味わった悲劇が、私たちの身の回りでも起きるかも知れない。

 安部は、そのころの小説家のなかでも特にドラマ脚本を数多く書いている。テレビという当時の最新メディアに、表現者として大いなる可能性を見ていたからだ。

 だが、物足りなさも感じていた。

「シリアスなドラマは退屈で内容がないので(略)われわれの空想や欲望を絵にしたらおもしろい」と考え、「われわれの欲望が実現しすぎる悲喜劇を風刺的にとり扱うつもりで」ドラマ脚本を書いたという(1962年7月14日付の報知新聞より)。

 昭和のころはわが国も景気が良くて、自分の将来に対して、明るい夢を抱ける時代だった。一方で、そんな風潮を素直に受け入れられない一部のクリエイターは、自らの作品を通して異議を申し立てた。安部公房もその一人だったのである。

 彼はいわゆるSF作家ではなかったが、シンセサイザーやワープロをいち早く手に入れて使うなど、最新技術への興味はとても強く、そこで培われた未来を見通す眼力が、ドラマ脚本にも色濃く反映されたにちがいない。

 ……とここまで書いて、NHKで夕方のニュースを見た。交通事故の映像に乗せて、原稿を読み上げる女性アナウンサーの声が流れてくる。すると、今の音声は生成AIが作ったものだという。

 これは驚いた。発音にも違和感がなく、言われなければAIとは気づかない。安部公房が予見した未来の世界。それは確実に近づいている。ちなみにこの原稿は、AIが書いたものではありません、おそらく。